本日もご訪問
誠にありがとうございます。
「楓坂四駒堂」
耄碌妄想日記
日曜版No.103でおます!
当ブログは
日・木曜日 午前0時
週2回更新です。
♪Hold me tight
大阪ベイブルース
今日でふたりは終わりやけれど
♪Hold me tight
あんたあたしの
たったひとつの青春やった~
※詞・康珍化
猪爪はる に捧ぐ
朝ドラの話です。
「伊藤沙莉」を始め「森田望智」「土居志央梨」など
魅力的な女優陣の中にあって
この4月の放送開始以来
私にとって「虎に翼」は
只々「石田ゆり子」のドラマでした。
ほぼ三ヶ月…
現在、おおいなるロスを感じているほど
女優「石田ゆり子」を堪能してきました。
「吉田恵里香」の見事な脚本…
あるいは共演者の力もあるでしょうが…
ともかく
「石田ゆり子」史上
最も素敵な「石田ゆり子」でしたね
って、同意、求めちゃだめだけど…
う~ん…
最新作こそ代表作…
常にこうありたくても、そうはいかないのが
俳優という仕事。
いやぁ…あのシーンも、このシーンも…
彼女が培ってきたキャリアという財産が
亡くなるその瞬間まで
魅力となって耀いていました…。
冒頭…「上田正樹」の♪悲しい色やね
なぜこの曲かと言えば…
この曲をモチーフにした映画「悲しい色やねん(1988)」
こっち「ん」があります!
監督「森田芳光」・原作があの「小林信彦」
知る人ぞ知る「石田ゆり子」の映画デビュー作?
多分、観てるんですけどね…
たしか…主演「仲村トオル」の恋人役?
映画そのものも、あまり記憶なくて…
ちょっと、また観返してみたくなった
今日この頃…
今回第5週なんで
爺ィたちの井戸端会議…「3G」でおます。
次回4コマ
木曜版になりますので
「桃黒伝説」です。
助っ人、一名足りぬまま
「鬼が島」へ向かうのか?
第2章
「豊饒の海へ」
青年誌は荒野をめざす
「ビッグコミック」Ⅱ
創刊号を飾った5人の漫画家たち…。
他誌に比べれば、たしかに少ない…つまり厳選した5人?
個人的に言えば…「伊賀の影丸(週刊年サンデー)」「片目猿(ボーイズライフ)」などの「横山光輝」…「小学館」でもおなじみだったし…
あるいは好みで言えば、「永島慎二」とか…
「ちばてつや」「望月三起也」も入れてよ!…と思いつつ
枠が7人、8人ならば、当然名前が上がる作家は他にもいた筈。
どういう経緯で5人が選ばれたのか?
何人かに執筆依頼をし、結果5人になったのか?
ともかくその「ビッグ5」…
「白土三平」「手塚治虫」「石森章太郎」
「水木しげる」そして「さいとう・たかを」。
やっぱりそうかもなぁ…
これは、それぞれの好みとは別に…この当時の大方の漫画好きが納得するラインアップだったと思う訳です。
そこらあたりが、当初からこの新雑誌の確固たる位置付け…
幕の開いた「青年コミック誌時代」の…
「№1コミック誌」と自負するに足る拘りだったと思います。
この新編集部の意気込み同様、5人の漫画家たちもそれぞれ、想いを込めた…力が入った創刊号だった筈…。
特に…と言うのもなんですが…こんな時、「負けてたまるか!」…
誰より熱い「神様・手塚治虫」。
「地球を呑む」には、もう扉タイトルロゴからそんな熱気を感じました。
尤も地球を呑んじゃうんですから…。
連載当初から、やや掛かり気味と思うくらい…。
当時…「創刊号」を手に取って、何故か居住まいを正してページを繰った記憶があります。
そんなのは…おそらく、若い世代の皆さんには理解不能だろうと…。
で、仮に今…仮にです。
こうした新雑誌が生まれ…現在のビッグ5は誰だろう?とか考えてみるのですが…
とてもとても絞り切れません。
大げさでなく、ゆうにビッグ100くらい名前が挙がります。
あれ以降…日本の漫画は次々と新たな才能を生んできた…そういうことですね。
少し時代を遡って…そうですね…四半世紀前…2000年くらいだったら…
ここらあたりだとわかる方も多いかも…。
えー…ビッグネーム…それでも多すぎて迷うけど…
「井上雄彦」「浦沢直樹」…えー…やっぱり「かわぐちかいじ」「鳥山明」「大友克洋」…
待てよ…女流は「高橋留美子」…もう一人入れたいけど「萩尾望都」?
あれもこれもと…いやいや、誰か忘れてるぞ…「あだち充」?
ま、要するに…その時代、厳選された5人の人気漫画家が同じ漫画誌で、それぞれ同時に連載 をスタートさせる。
わくわくしませんか?…
まあ…そんな感じでした。
とにもかくにも、おそらくこうした編集部の戦略は功を奏し…
ま、爆発的に売れた訳でもなく、部数の伸びはゆっくりでしたが、それでも確実に…。
ここから何年も、多くの中堅、若手の漫画家にとって、「ビッグコミック」での連載が、ひとつの目標、ステータス…そんな時代がたしかにあった気がします。
歌手にとっての「紅白歌合戦」…あるいは「日本武道館」?
「ビッグコミック」のもうひとつの拘り?
いわゆる「漫画原作者」が次々と登場してきた1960年代後半~
「ビッグコミック」にはしばらくの間「原作○○」という表記はありません。
原則、「漫画家」のオリジナルのみ。
敢えて。「原作者」を表記しなかったかも知れませんが…
漫画はあくまでも漫画家の作家性によって生まれるもの…
「手塚治虫」などのそうしたポリシーが尊重されていたのかも知れません。
したがって、「梶原一騎」「小池一夫(当時・一雄)」といった、当時のビッグネームも、「ビッグコミック」本誌ではついぞ見なかった気がします。
例外的には「さいとう・たかを」作品…ま、「さいとうプロ」作品ですから…
クレジットには初期から脚本担当の名前はありました。
ですから「ゴルゴ13」の初期には「小池一雄」という名前もありました…。
「原作者」が扉に明記されたのは、おそらく80年代に入ってから…
記憶が実に怪しいのですが…多分「上村一夫」の「ゆーとぴあ(1982~)」かなぁ…。
「梶原一騎」の実弟、「ワル」などの「真樹日佐夫」だったと思うのですが…。
そんな中で、1972年に「ビッグコミック」の増刊として出された「ビッグコミックオリジナル号」…1974年には独立し姉妹誌「ビッグコミックオリジナル」となる訳ですが…。
ここでは早くから原作者を表記…
「小池一夫(当時・一雄)」の名前も、1973年からの「サハラ 女外人部隊(平野仁)」に…。
アフリカ・アンゴラ独立戦争を舞台にした戦争アクションでした。
私、とても懐かしいんですが、初めての本格的な医療漫画の「メス」もこの「オリジナル」の連載載作品。
原作「柿沼宏」、漫画は「松森正」でした、
1979年に連載開始、現在も続いている「やまざき十三」原作の「釣りバカ日記(北見けんいち)」もこの「オリジナル」ですね。
創刊当初の「ビッグコミック」…
5人に続く作家は?…とか思ってて
…と、これが意外でした…「えッ!」
このビッグ作家5人に欠けているとしたら?
そういう発想だったのでしょうか?
ずばり「エロ」!
そっち方面の読者層も広げたいという意図なんでしょうか…
創刊2号から登場したのは「笠間しろう」。
前にも紹介しましたが…たしかに画はうまい
ちょっとアメコミ風味もあり、エロさに品もなくはない…。
人気もありました…けどね…う~ん。
そんな「ビッグコミック」の健全なセクシー路線…
私の待ち望んだ「望月三起也」の「ビタミンI」の登場は1971年。
「ヒゲとボイン(ビッグコミックオリジナル)」の「小島功」の「まぼろしママ」は1984年まで待たねばなりません。
で、以下次週。