星の軌跡 Sylvie Guillem シルヴィ・ギエム Ⅳ | 華月洞からのたより

華月洞からのたより

ひとこと多い華月(かげつ)のこだわり


 

 「引退を決めたのは自分に失望したくないし、見る人も失望させたくないから」


ギエムが2015年末を持って引退する、という報道を見たのはいつだったか。
正確には思い出せない。

オペラ座の女性ダンサーの定年は43歳だったように記憶しているが、多くのダンサーが40過ぎるあたりで進退を考える。ギエムは「フリー」の特権を生かして演目を選び、スケジュールを調整して慎重に身体をケアしながら50歳まで現役を続けてきたのだろう。

手元にある公演パンフレットを見ると、私が集中的に劇場通いしていたのは80年代最後から2000年くらいまでで、ギエムの舞台からは10年以上遠ざかっていた。
情報はチェックしていたけれど。




2015年の大みそか。
カウントダウンから2016年年明けの瞬間にかけて演じられたギエムの「ボレロ」。
私はTVで見た。


まず、大まかなプロフィールがその時々の写真とともに紹介された。
初めて見た可愛い子供時代の写真、金屏風を背にして引退会見するギエムの
映像もあった。
相変わらず「どっかの姉ちゃん」みたいな早口のフランス語をしゃべっていた。
この人自分を繕うことも良く見せようということもないんだな~、いや、もうちょっと「年相応」の貫禄なりエレガンスを見せてくれても困らないんだけど・・・
それがギエムなのだ。




・・・・・・・・
「ボレロ」が始まる。
暗闇のなか、まずスポットに浮かび上がる手。
細面の顔には、確かに年齢が刻まれていた。
厳しく、すべてをそぎ落とした顔。

裸足なのに、トウシューズを履いているかのように美しい動線を描くつま先。

ああ、そうだ。
これがギエム。

身体能力の高さ、筋肉の強靭さは「男性化」ではなく
どこまでも女性としての美しさに融合できるものだと自ら示してきた人。

装飾も、媚とも無縁の美しさ。



早い音取り。
明快な素早い所作。
空中で止まっているかのようなくっきりとした跳躍。
前へ、前へと自分自身を、周囲を迷いなく鼓舞する。
10年以上前、実際に見た時より一層美しい。


踊ることにすべてをかけてきた誇りが結晶した、最後の「ボレロ」だった。

円卓に崩れ落ちるフィニッシュと共に、紙吹雪が舞う。

観客総立ちのカーテンコールで、ギエムは涙をこらえていた。
選ばれた者の孤独を誇りとしたまま、彼女は舞台を去った。


・・・・・最後まで、カッコよすぎる。
私はTVの前で、泣いた。




・・・・・・・
今、すこし時間がたって、ギエムの舞台に思いを馳せている。
どの時代の彼女も好きだった。

真っ先に思い浮かぶのは、超絶技巧ではなく彼女のちょっとした仕草。

例えば「白鳥の湖」のオデット姫が、ジークフリート王子に初めて会ったとき
自分の身の上を語りながら、顔を両手で覆って嘆くときの消え入りそうな脆さ。

ヌレエフ版「シンデレラ」で、自分を探しに来た王子(映画スター)に、おずおずと
手元に残った片方のガラスの靴を差し出し、自分のみすぼらしい身なりが恥ずか
しくて泣くシーン。

不思議とギエムの「脆さ」(演技上であるとしても)に惹きつけられていたことに
驚く。

強烈な自我と自負心は、言動や行動から充分うかがわれたが
観客の差し出す花束を受け取るときに見せる、嬉しそうな笑顔の自然さ、
気取りなさも魅力だった。
一面識もない、言葉も通じないであろう観客が自分に寄せてくれる思いを
真正面から受け止める純粋さが、全身から溢れていた。



・・・・・
「100年に一度のダンサー」
彼女に与えられた称号を、彼女自身はどう思っていたのだろうか。
「チケットを売りたいから、そういう惹句も思い付くのよ。あはは・・・」と
笑い飛ばしそうな気もするのだけれど。


同時代を、より鮮やかなものにしてくれた才能を見送るのは悲しいが、
同時代を生きたことに今は感謝するばかりだ。 (了)



・・・・・・・
PS
ネットでギエムの舞台を見ることが出来る。


「シルヴィ・ギエムづくし 美しすぎる動画10選」 など、
多数の動画があがっている。


「シンデレラ」
1996年ヌレエフ版、全幕。
「シンデレラ」の童話と「シンデレラストーリー」を掛け合わせた新作で
舞台は古き良きハリウッド。
巨大な「見返りモンロー」のセット、キングコングの撮影風景など出てくる。
2時間以上の全幕ものゆえ、全編見ようとすると大変だが、楽しめる。
おススメ、ギエムのソロは
25’~
59’40~
1h40’~など。

youtubeさまさま、である。