【2020.11月14日】母退院と母不在時の一致団結力
2020.11月14日
母の股関節手術は無事終わったが、入院は一か月となった。
コロナの関係で本人には全く会えない一か月。
母と交換日記をした。
術後数日は母の字が乱れ、文字を書くのもつらいとわかり、涙が出た。
どれだけ苦しいリハビリが待っているのか。
最初は母の不在に落胆していた父も、交換日記に参加し、率先して洗い替えを病院に持って行ってくれた。
歩行器でデイルームに行けるようになった母から、父へ電話もくるようになった。
この一か月、実に家族は一枚岩だったと思う。
父は毎朝洗濯をしてくれた。
旦那は食料の買い出しに行ってくれた。
私は父の糖尿病の数値が悪化しないよう、食事や間食を考えた。
抗がん剤治療4クール目の旦那は、少し体力が戻ってきたのか、小さなパンやフルーツを一生懸命食べていた。
父と旦那と私、いつも以上に会話を持ち、関心を持ち、乗り切った。
退院の日、迎えに行った母は上手に杖を使い歩いていた。
「入院中の食事で一番テンション上がったのは、かき揚げ丼」と母が言い。
「俺も!あれ本気でうまいよね」と旦那が答えていた。
なにそれ、総合病院での入院生活あるあるなの?
【2020.10月26日】旦那抗がん剤治療4クール目前日
2020.10月26日
旦那の体力づくりの朝散歩は、寒いと顔や手指がしびれる副作用により中止となった。
その代わり、朝は職場に行き可能な限りの仕事をする事に。
家でパソコン作業も始まった。
私は、出勤前に洗い替えを届けに母の病院に行き、仕事を終え帰宅後すぐに父の食事作りと翌日の父と旦那と私のお弁当作り。
「昨日寝ぼけて真夜中にお風呂に入っちゃった。お湯が冷たくて、そこで気づいたんだ」と、父からの衝撃発言におののき。
まだ隠して黙っていられるよりはマシか。
いや、まて、何年か前も寝ぼけて夜中掃除機かけてたぞ、おい。
と、色んな不安がごうごう流れ。
週末は旦那の実家に行き、犬にダニやフィラリアの薬を飲ませ、犬と二人暮らしの旦那のお父さんの近況を聞き。
町内会の草刈りにも一人参戦し。
正直、自分のする事でいっぱいになっていた。
明日は抗がん剤治療4クール目。
今日が一番調子がいいはずなのに、旦那は朝から横になっていた。
食事も全然食べない。
何が何だか、わからなかった。
帰宅した私に、布団に入ったままの旦那が言った。
「明日から、またあのつらい日々が始まっちゃう・・・」
抗がん剤治療は、大の男をこんなに弱くさせるほど、つらいんだと実感した。
私は、何をするべきだったのだろう。
【2020.10月6日】旦那抗がん剤治療3クール目と母親の人工股関節手術
2020.10月6日
朝早く河川敷まで散歩をし、お湯を沸かし、道すがらコンビニで買ったドーナツを食べる。
体力回復のため、旦那が毎日始めた朝散歩に付き合ってみた。
・・・私は、もう遠慮しよう、寒い。
倦怠感、膨満感、喉や手足のしびれ、起き上がっているのがつらい、便秘や下痢など、副作用が旦那を襲う。
数年前から膝にヒアルロン酸注射を受けている母親だが、股関節の軟骨が急激に減り、人工股関節置換手術を勧められ紹介状を持って、旦那が通う総合病院へ受診。
10日後に手術をすることになった。
20年前に白内障の手術をしたっきり、病院にはなるべく行かない方向で生きてきた母親の不安は、とても大きかったろう。
入院までの数日、母は空回っていた。
【2020.9月15日】旦那退院 抗がん剤2クール目
2020.9月15日
旦那退院。
前日に抗がん剤の点滴を受け、2クール目突入での退院。
信じられないほど、弱まっていた。
お腹の張り、喉のしびれ、倦怠感、食欲不振。
クロワッサン1個が精いっぱい食べられる限界。
起き上がっていられる時間は午前中まで。
消化のいい食事を作っても、一口も入らない。
インスタントのコーンスープは飲めた。
もはや栄養なんて、どうでもいい。
旦那が食べられる物を食べられる時に食べられるだけ、食べればいい。
旦那が何をどれだけ食べられたか、ノートに書き記す事にした。
私は、PCR検査は陰性だったが、約1週間自宅待機を余儀なくされていたので、旦那とふたり、少しの散歩をしたり、15時にココアとバウムクーヘンを食べたり。
パソコンもスマホもテレビも見ず。
今までにないくらい、ゆっくり。
【2020.9月2日】嫁、一人旅からのPCR検査
2020.9月2日
毎年一人旅をさせてもらっている。
さすがに迷った。
でも、旦那が退院したら当分一人旅は出来ない。
旦那の衣食住が足りている入院中の今こそ、絶好のチャンス。
行った。
3泊4日、軽いノイローゼになるくらい感染対策旅だった。
使い捨てマスクとアルコール関係の小物で、バッグがパンパンだった。
帰宅した翌日、発熱した。
保健所に連絡し、発熱外来を受診。
2日後にPCR検査。
その2日後に陰性の連絡がきた。
この間、約1週間、地獄のような日々だった。
同居している私の両親に感染しないよう、必死だった。
毎日真夏日だったが、お風呂も一切入らなかった。
トイレに行く際には、新しいビニール手袋とマスク。
毎回使用後には捨てた。
コロナかも知れない不安、後悔。
コロナ云々よりも娘の体調を案じて、階段に食事を置いてくれる両親。
毎日励ましのラインをくれた旦那。
陰性の結果が判明したすぐに、家族に謝罪と感謝を告げた。