本米大リーグ、マリナーズのイチロー外野手は1日、当地でのエンゼルス戦で6打数4安打をマーク。今季155安打、大リーグ通算では1509安打となり、オリックス時代の通算1278安打と合わせて日米通算2787安打とした。日本のプロ野球に当てはめると、王貞治(現ソフトバンク監督)がマークした通算2786安打を上回り、歴代3位に相当する記録となった。

 日本の通算安打トップは3085本の張本勲、2位は2901本の野村克也(現楽天監督)。大リーグ最多はピート・ローズの4256安打。本

今日のエンゼルス戦の勝利は大きいですね音譜プッツが打たれて負けたらちょっと精神的に苦しかったでしょうドクロ

本松井秀喜の打球を、スタンドの金沢リトルの少年たちは身を乗り出して見ていた。「いい思い出になってくれれば僕もうれしい」。前日、日本政府国連代表部を訪れた松井は、金沢リトルの少年たちから「ホームランを打ってください」とお願いされていた。きれいな放物線を描いた打球は右中間後方のフェンスを越えた。

 松井はゲーム前に来年ヤンキー・スタジアムで開催されるオールスターのロゴ発表式典に参列。「長いこの球場の歴史の、最後の大きなイベントですから。出られればうれしいですけれど、だいぶ先の話なので…」と、地元開催となるオールスターに思いを馳せていた。

 この日2本目となる月間13本目の本塁打も、打った瞬間にそれと分かる当たりだった。「最初のホームランは若干詰まったが、風がフォロー気味だったので、高く上がって入ってくれた。2本目は完ぺきです」。ダッグアウトでは、通算500号を前に足踏みが続くアレックス・ロドリゲスがハイタッチで松井を出迎えた。

「Matsui, on fire!!(松井は手が付けられない)」。ヤンキースが自ら運営する放送局の実況アナウンサー、マイケル・ケイがこう叫んだ。自信満々にダイヤモンドを一周する松井に、トーリ監督は「これからも数字を重ねてほしいと願う。いまは打席で楽に立ち、ボールがよく見えているから、いい打席が続いている」と称賛する。

 1939年6月28日にマークした球団記録に並ぶ、8本のホームランが乱れ飛んだ。「試合は途中から楽な展開でした。ホームランもたくさん出ましたし、今日は珍しい試合でした」。松井は2004年8月6日のブルージェイズ戦以来となる、1試合2発で記録に貢献した。

 松井は打率3割4分5厘、13本塁打、28打点で7月を終えた。月間としては自己最高の数字だ。「(日本で月間13本があるが)遠い昔のことなんで忘れましたけれど。確かにたくさん打った感じはします。いいところに(ボールが)来たら、やはり(打つのは)難しいです。(好調の)要因としては、失投をちゃんと打っていること」。松井はこう分析した

 メジャー通算100号まで、あと1本となった。「アレックス・ロドリゲスの500号より早く打ちたいですね」と、笑わせた松井。少年たちの願いを本当にかなえた男の後姿は、どこか誇らしげだった。本

 松井は少年たちと約束すると本当にホームラン打ちますね!!月間MVP取ったでしょうかね音譜

本第89回全国高校野球選手権大阪府大会は30日、大阪市の舞洲スタジアムで決勝が行われ、高校通算本塁打記録(87本)を持つ中田翔投手の大阪桐蔭は金光大阪に3-4で敗れ、3年連続出場はならなかった。
 大阪桐蔭は初回、先発・中田が先頭打者にいきなり本塁打を浴び、さらに適時三塁打などで一気に3点を奪われる苦しい展開。大阪桐蔭は九回裏に2点を返したがあと一歩及ばず。金光大阪は初の甲子園出場。
本イチローの1500本安打達成にも、微妙なものが漂っていた。

 2回、センター前ヒットを放って、記録を達成。ファンはスタンディングオベーションでイチローの偉業をたたえたが、記録のとらえ方が難しい。

 イチロー本人は、「2000(本安打)ではないので、数よりもスピード」と話した。しかし、1060試合目での達成です、と伝えられても「難しいですよね。日本でもない数字なんで」と、首をひねった。

 唯一、人と比べるのが分かりやすい。1060試合は、アル・シモンズ(元アスレチックスほか、1040試合)、ジョージ・シスラー(元ブラウンズほか、1048試合)に続いて、史上3番目の速さだが、イチローの感想は「一番じゃないのが、腹が立つ」ぐらいだった。比較対象の選手のプレーがイメージしにくい上に、当時の野球とは全く別のもの。そこに自分自身の姿を重ね合わせる難しさがあるのは当然だ。

 ただ、そうした60年以上も前に活躍した選手と比べられることには、悪い気はしていないようだ。「そもそも、それが事実かどうか分からないから比べられないけど、5年ぐらい前の選手と比べられるより、気持ちがいい」と微笑んだ。

 ところで、ペースについて言えば、こんな記録がある。日本で1本目から500本目までの到達試合数は403試合だったが。501本目から1000本目までは354試合。

 メジャーでは、1本目から500本目が、偶然にも日本で放った501本目から1000本目までの試合数と同じ354試合で、501本目から1000本目までは342試合。1001本目から1500本目までは、364試合となっている。

 つまり、日本での最初の500安打を除けば、ほぼ平均して350試合ごとに、500本のヒットを、ペースを崩さず10数年にわたって刻んでいるのである。

 その部分に関しても、「自分のペースに関しては分からない」と答えたイチローだが、その安定感こそが、ある意味、この記録の裏に潜むすごさといえよう。

 さて、連敗も止まり、記録関係も一段落。落ち着いたところで、チームは明日から西地区の首位エンゼルスを迎える。この日、先に試合を終えたマリナーズは、0・5ゲームだけゲーム差を縮めて3・5ゲーム差。

 明日からの試合の位置づけを問われたイチローは、「大きいね。大きい」と同じ言葉を2回繰り返した。

本米大リーグ機構は29日、ダブルヘッダーの2カードを含む17試合が行われた28日の合計入場者数が、史上最多の71万7478人だったと発表した。1試合平均は4万2205人で、これまでの1日あたりの記録だった1999年7月3日の64万412人(17試合)を上回った。
 米大リーグは盛況が続き、4年連続で年間の総入場者数を更新するペース。28日まで4999万9879人の観衆を数え、昨年の同時期より4.4%増となっている。本

大リーグ人気すごいですねアップ日本では一年で2000万人位の入場者ですからちあせるなみに韓国では300万人くらいです目

本(第89回全国高校野球選手権大会、8月8日開幕、甲子園)28日の神奈川の準決勝で、東海大相模は四回、菅野智之投手(3年)の振り逃げであげた3点が決勝点となり、横浜を6-4で下した。

 無人のダイヤモンドを、3人の走者が周囲を見回しながら走り抜ける。歓声、どよめき、怒号…。球場全体が騒然とする中、次々と生還。最後に打者走者の菅野が、半信半疑の表情でホームイン。守備から引き揚げ、すでに一塁側ベンチ前で円陣を組んでいた横浜ナインは、その光景をぼう然と見つめていた。

 「(門馬)監督から“走れっ”て言われて、何がなんだかわからないまま走りました」と菅野。四回、3点先制し、なお二死一、三塁。菅野は、カウント2-2から、外角低めのワンバウンドのスライダーをハーフスイングした。球審が一塁塁審に確認を求め「スイング」の判定。だが…。

 「スイングのコールはしたがアウトは宣告していない。(捕手の打者への)タッチもなかった」と斉藤仁史球審(53)。捕手が(ワンバウンドで)完全捕球していないことで(記録は暴投)、三振アウトは成立せず、打者は振り逃げできる。三振でチェンジと思い込んだ横浜ナインはベンチに引き揚げ、その間に、2人の走者と菅野がダイヤモンドを一周してしまった。

 結果的にこの振り逃げが決勝点となった。横浜・渡辺元智監督(62)は猛抗議も実らず、「捕手はタッチしたといっていたが…。あれで十中八九、流れが向こうにいってしまった」と肩を落とした。

 投げては10安打4失点ながら8奪三振で完投勝ちした菅野。力強い応援があった。ネット裏には、OBで伯父の巨人・原監督の姿。試合前、原監督からメールで『30年ぶりの扉を開いてくれ』という激励を受けた。

 「いままで以上に気合が入りました。あと1つ勝って、甲子園へ行きたい」。菅野が、1977年以来、30年ぶりの夏の甲子園へ突っ走る。本

これで夏の大会が終わってしますのはかわいそうですね汗今年の横浜は強いって聞いていたのに爆弾

本ホワイトソックス井口資仁内野手(32)がフィリーズに移籍することが、27日(日本時間28日)決まった。両球団がこの日の試合前に発表を行った。
 井口は2005年にダイエー(現ソフトバンク)からホワイトソックスへ移籍。1年目にワールドシリーズ優勝に貢献するなど、チームの2番打者、二塁手として定位置を確保してきた。
 フィリーズの本拠地はフィラデルフィアでナ・リーグ東地区に所属する。今季は26日まで52勝49敗で3位、首位メッツまで5ゲームの位置にいる。
 監督のチャーリー・マニエルは、日本では近鉄などでプレー、その風ぼうから“赤鬼”のニックネームがあり本塁打王になったこともある。 本

メジャーは急に移籍になりますねビックリマーク

本怨讐「日本」とこのような形で出くわすようになろうとは、一体誰が予想しただろうか。

 韓国は2007年アジアカップの3位決定戦(28日午後9時35分、韓国時間)で宿敵日本と対戦する。2005年8月7日に大邱で行われた東アジア大会で対戦(1-0で日本が勝利)して以来、2年ぶりに行われる運命のAマッチだ。


 このニュースは、試合が行われるインドネシアのパレンバンでもひときわ注目されている。なぜなら決勝戦よりも韓日戦により大きな関心が注がれているためだ。もはや韓日戦はアジアといった地域的レベルを超越してしまっている。イングランド-アルゼンチン戦、ブラジル-アルゼンチン戦、イングランド-フランス戦、ドイツ-ポーランド戦などとともに、国際サッカー連盟(FIFA)が指折るライバル戦として成長したのだ。しかしこれとは裏腹に、決勝戦が行われる首都ジャカルタは早くも静まり返っている。


 こうしたことからも、この試合は3、4位決定戦とはいえ、決して負けることのできない一戦となった。その上、今大会の3、4位決定戦には、2011年アジアカップ本戦行きのチケットが懸かっている。アジアサッカー連盟(AFC)は最近、2007年のアジアカップで1-3位に入賞したチームには、2011年アジアカップでの本戦進出を約束するとした。


 客観的な戦力では日本が一枚上手といえる。ピム・ファーベーク監督も「今大会では日本が一番印象的だ」と称賛している。組別リーグでC組を1位(2勝1分け)通過した日本は、ベスト8で優勝候補筆頭のオーストラリアと1-1で引き分け、これをPK戦(4-3)の末、下した。準決勝ではサウジアラビアに惜しくも2-3で敗れたものの、5試合で実に11得点をたたき出す力強さを発揮した。


 一方の韓国は1勝(3得点)しかしていないにもかかわらず、ベスト4(総合成績1勝1敗3分け、PK戦はFIFAの公式記録では引き分けとされる)進出を果たした極めて「まれなケース」とされている。


 これに加えて、韓国はイングランド・プレミアリーグ(EPL)に属する朴智星(パク・チソン)、李栄杓(イ・ヨンピョ)、ソル・ギヒョンといった主力を欠いているのに対し、日本には2006-07シーズンのスコットランド・プレミアリーグで年間最優秀選手(MVP)に輝いた中村俊輔(セルティック)や高原直泰(フランクフルト)などヨーロッパ仕込みの主力が布陣している。


 しかし、Aマッチでの歴代対戦成績は、38勝12敗18分けと韓国が大きく勝ち越している。両チームは、1998年フランス・ワールドカップ(W杯)の予選で対戦して以降、アジアカップの本選で一度対戦しただけで、FIFAやAFCが主催する大会では一切対戦していない。このほか、アジアカップでは88年のカタール大会で対戦しているが、このときはファン・ソンホンとキム・ジュソンが相次いでゴールを決め、韓国が2-0で勝っている。


 とにかくサッカーは、相対性が大きく影響してくるスポーツだ。特に韓日戦では、こうした傾向が強いといえる。 28日、勝利の女神は果たしてどのチームに微笑むだろうか

本25日、KBS2で生中継された2007アジアカップの韓国対イラク戦が瞬間視聴率58.9%を記録した。

 視聴率調査機関AGBニールセン・メディアリサーチの調査によると、この日の試合は34.6%の視聴率を記録した。これは今年生中継されたスポーツ競技の中では最も高い視聴率だ。


 また、PK戦で勝負が決まる決定的な瞬間午後10時1分には、全国の瞬間視聴率が58.9%まで上昇し、首都圏では午後9時58分に62.1%まで上昇した。

ミズノのマークがなぜかわったのかずっと気になっていたけど謎が解けましたにひひ

本
■【新100年ブランドの構築】
現在ミズノでは、『よりよいスポーツ品とスポーツの振興を通じて社会に貢献する』という経営理念を、より進化させていくための「新100年ブランド」構築に取組んでいます。この活動を具現化していくために、各マーケティング部責任者、商品開発部、広報宣伝部などを中心としたブランド開発委員会(委員長:常務取締役 加藤昌治)を組織し、ミズノへの信頼、愛着、満足度を高めていくためのブランド戦略を立案していますが、今回のブランドマーク統一はその活動の一環です。

■【ブランドマーク<ミズノランバード>への統一】
現在使用している<MIZUNO>、<M>は、1980年のCorporate Identity System(CIS)導入時に制作しました。企業の考えや概念を、商標化したデザインで表し、カラーを統一することで消費者の目にも社会の目にも一目でミズノと認識できる"標識"としてのブランド戦略を展開してきました。そして1997年には、陸上やサッカーなど球技の商品のブランドマークとしていち早く<ミズノランバード>を採用しました。<M>、<ミズノランバード>という2つのブランドマークを共存させることで、"安全性"、"信頼性"を示したのです。
そして現在、企業に必要な戦略はグローバルレベル、ステークホルダー目線に立ったブランド戦略です。経営理念をどのように推進しているのか、社会に対してどのような責務を負っているのか(CSR-Corporate Social Responsibility)、また、消費者にどのようなプロフィットを与えているのかなど、あらゆるステークホルダーに"付加価値"を感じてもらうためのブランド戦略が重要となりました。
ミズノでは、このステークホルダー目線に立った活動を実践していくために、ミズノの支柱事業である野球、ゴルフのブランドマークを<ミズノランバード>に統一していくことにしました。これにより、アスレティック事業を含む全ての商品で同一のブランドイメージを構築し、また、商品だけではなくトップ選手から店頭に至るまでのコミュニケーションツールとしての整合性を表現することで、これまでにない新たな価値観や世界観、スケール感をステークホルダーに提供していくことが出来ると考えています。