「忘れませんねーあの日の事は。」

又次郎はゆっくりバーボンを回しながら遠くを見つめてそう言った。

「朝起きた時から今日は何かあるなっていうか胸騒ぎっていうか?そういう予感はあったんだよ。起きて目を開けようとしたら目やにで開かなかったり卵焼き作ろうと卵を割ったら双子だったり。」

又次郎はバーボンを指で少しかき混ぜるとそれをゆっくりねぶった。

「君は、超能力って信じるかい?」

又次郎は軽くドヤ顔でこちらを見てポール牧のように指を鳴らすとバーテンを呼び、飲み終わってないうちから追加でカルーアミルクを頼んだ。

「昔から割とそうでさー。何かが起こる前には必ず何かそれを予感させる出来事があるんだな。まぁ例えば茶柱が立ったりだとか同姓同名の人にあったりだとかね。それを超能力というのか偶然というのかは人それぞれだろうけど僕はそういう星の元に生まれてるんだろうなーきっと。」

遠くを見つめそういうとバーテンに何やら話し始めた。向こうに座っている女性にカルーアミルクが届き女性がこちらを向いたのを確認するとそっちに向かって派手にウインクをした。

「ところで君は普段からこういう店にはくるの?君ぐらいの年だとどうせ居酒屋か。わたみんちかやっぱり。」

ペンを取り出し、コースターに何やら書いた後、

「ちょっとトイレに行ってくる。あー大丈夫。すぐ戻ってくるよ。大事な話はCMの後でってね。」

と私の肩に手をポンと叩いてから席を立った。

それから10分ほど時間が流れただろうかなかなか又次郎は帰ってこない。やることもないので店内を見回してみると先程の女性に話しかけている又次郎の姿を見つけた。女性は少し怪訝な表情を浮かべていたがしばらくすると緩んだ表情を見せ始め次第にその笑い声はこちらにまで響いていた。しばらくすると又次郎はその女性と席を立ち肩を組んで店を出た。
最初はやんちゃだなーと思って見ていたが本来の仕事を思いだし私はあわてて彼を追いかけ、店を出た。

彼を見つけて
「又次郎さん!」
と叫ぶと彼は後ろを向いたまま右手を二三度こちらに振り夜の街に消えていった。

僕の名前は山田博士。年は20歳。出身は鳥取県だが今は東京に大学に通っている。


兄弟は3人で僕はそのなかの3人目だ。





山田という平凡な名字の分を取り戻すかのように、僕の両親は子供に珍しい名前をつけた。長男は太陽と書いてあさひと読み、二男は創始と書いてはじめと読んだ。


そして僕も博士と書いてひろしと読む。そのせいでとくに勉強ができるわけでもないし眼鏡をかけているわけではないのだが昔からあだ名ははかせだった。





そんな僕は昔から恋愛というものに関してずっと関心はなかった。だいたい中学くらいになると周りはエロ本やエロビデオなどに興味を持ち、それから周りにいる身近な女性に興味を持つようになると思うのだが僕は一向にそういうものに興味がわく気配がなく、女性と話したことも覚えているだけで2,3回しかなかった。






そんな僕が一人の女性に猛烈に恋心を抱いてしまった。


いや、正確にはこの感情を恋心と呼ぶのかどうかもわからないのだが、とにかくぼーっとしていると彼女のことばかり考えてしまうのだ。


そのせいで最近はバイトの店長にも怒られてばかりだ。


こんなことになったのもあんなことがあったからだ。










あれは今から2週間前のことだった。


僕は東京で一人暮らしをしているので普段ご飯は食べたり食べなかったりと適当だったりするのだが大抵は近くにコンビニがあってそこでお弁当やカップラーメンを買って食べている。





その日は駅前の吉野家で簡単に済ませてから帰りにお茶を買って帰ろうと思い、そのコンビニに寄った。


お茶を買ってお金を払い、去り際に「ありがとうございます」と言って行こうとした瞬間、「いえいえ、それはこちらの台詞です」といって彼女はにこっと笑った。





その笑顔を見た瞬間に自分の中に今までにない衝動が走り、それから帰ってもずっと彼女の笑顔ばかり考えてしまっている自分がいるのだ。






彼女はおそらく最近バイトで入ったのだろう。今まであのコンビニにはたびたび行っていたが見たことはなかった。おそらく年も自分と同じくらいであろう、まだ何も汚されていないような無垢な雰囲気からは彼女の若さが感じ取れた。






それからというもの僕は毎日、コンビニの前を通って彼女がいるのを確認すると中に入り何かものを買った。レジに人が並んでいるときにはわざと空くのを待って彼女のレジで買い物をした。あまり変なものを買って嫌われないように今まで読んだことのないようなオシャレなファッション雑誌やオシャレなカクテル、スミノフアイス等を買った。


そして僕が「ありがとうございます」と言って帰ろうとすると彼女はそのたびに毎回「こちらこそいつもありがとうございます」と言って微笑みかけてくれた。




もう僕は完全に彼女の虜だった。今まで恋愛経験のない自分でもわかった。好きだと。




3日間色々考えた結果、自分の気持ちを素直に伝えよう。そう意を決した。




次の日、コンビニの前まで来て彼女がいることを確認する。とたんに胸の鼓動が高鳴り、息遣いが荒くなってどうも落ち着かない。やっぱり今日はやめて明日にしよう。そう思って少し引き返したがまた立ち止まる。はたから見てたら完全に不審者だなとなんかそんなことをふと思ったりしていたらなんだか気が楽になってきた。何も付き合ってほしいなんていうわけではない。今度ご飯でも行きませんか?たった13文字の言葉だけでいいのだ。大事なのは軽い気持ちで言ってるんですよ感を出すことだ。よし。行こう。




僕はいつものコンビニに入った。「いらっしゃいませ!」元気な彼女の声に少し緊張する。


店内をぶらっと周り、お菓子とジュースを適当に手に取り、レジに彼女しかいないのを確認する。チャンスは今しかない。


「いらっしゃいませ!袋はご利用ですか?」

「あ、はい」


「お会計356円になります!」


「あ、はい」


「400円のお預かりで44円のお返しです!ありがとうございました!!」


「あっ!!」


「はい?」


「あー、あのー最近入られたんですか?」


「え?…はーそうですね、はい!」


「あーなるほど、大学生の方ですか?」


「はい、そうですけど…」


「あーなんかすみません!!!!あのー違うんです!」


彼女は明らかに不審な顔をしているしもう自分で何を言っているのかわからなかった。とにかく頭の中がぼーっと熱くなり体がふわふわしていた。しかしここまできたらもうとりあえず気持ちを伝えるしかない。


「あのー好きです!!だから今度一度お食事にでも行きませんか!!」


もうとにかく無茶苦茶だということはわかっていたが言いたいことはとにかく言いきった事で少し心は落ち着いていた。

おそるおそる彼女を見ると彼女は想像していたのとは少し違ったリアクションだった。

少し驚きと理解できないような顔をした後、


「あのー、私ですか?」


と言った。言っている意味が理解できなかったがとりあえず僕が無言で首を縦に振ると、彼女は少し困ったような怪訝な顔をして


「すみません。それはちょっと無理です…ごめんなさい」


と言うと今あった事実をかき消すかのようにいらっしゃいませと次の人の接客を始めた。


その瞬間、目の前が急にぐらぐらと揺れだして上と下がごっちゃになったかと思うと僕は気を失っていた。













目が覚めるとそこにはどこか見慣れたような天井があった。窓には格子がかかっていて格子越しに外をみると外は見渡す限り山だった。

耳を済ますと外からは何やら声が聞こえている。




「きーー!!きーーー!!おしっこおしっこーーーーー!!」


「前野さーん。静かにしましょうねー。周りの方に迷惑ですからねー。はいはい清水さんご飯はさっき食べましたよー。また夜になったら食べましょうねー。」



そんな声がしばらく聞こえていたがしばらくすると静かになり、僕の部屋の前で足音がとまると声が聞こえてきた。


「あっそういえばこの301号室の山田のじじい、また逃げ出して大変だったのよ。また自分の事を大学生だとかバイトがどうとかわけのわからない事を言ってたし。ほんと次逃げられたら私が婦長にまじで怒られるからちゃんと見張っててよ。」






















「うーんそうじゃなー。初めてエッチボンを見たのは小学3年生の…ってこれもう回っとるんか?リハなんか?え?え?」


と言いながら勇吉はカメラに話し出した。
少し禿げながらもそれでいてパワフル。芸能人でいうならば泉谷シゲルの様な風貌だ。


「やっぱり今ではキヤンドウ?とかダイソ?とかで100円?とか安価で大量に買えてしまうからなーわしらの需要もなくなったもんじゃよ」


と自信なさげに勇吉は横文字を並べ、カメラ目線で作業にとりかかっていた。
もう今年で90歳というのにその手つきは正確で勇吉の目の前には次々に綿棒の山ができていた。


「昔はこれでもモテたんじゃよ。もう女共が棒師さん棒師さんいうてな。夜の棒も大人気じゃった。見たところ兄ちゃんもまだ若いんだろう?どうだいこっちの方は?」


とイヤらしく立てた小指はしわしわだった。



「将来の夢?そうじゃなー今までたくさんの有名人の耳を掃除してきたがやっぱり今は憧れのアンジェリージョリーの耳を掃除したいかのー。ちなみにお前の右横の使用済みの綿棒はマイケルジャクソンが使ったやつじゃ。そしてその左隣のは勝新さんの使用済み綿棒なんじゃよ。」




そういって誇らしげな勇吉だったが辺りには同じような綿棒が山のようにあってもはや信憑性はなかった。




「最後に俺がテレビを見ている視聴者に言いたいのはー俺が今、日本の伝統を受け継いでいるということ、そしてそれを今の子供たちや後世に伝えたいということ。その気持ちがリリックになってるしそれをメロディーに乗せて伝えられれば最高かなと思ってる。」




最高のドヤ顔でそういいながら勇吉はまた綿棒を作り出した。