この間は電車の眼鏡について話したが今日は電車に立って乗っていたら目の前にとてもふくよかな女性が座っていた。

彼女は2人分の座席を占領しながら、気持ちよさそうに寝ていた。
その顔から食べ物の夢を見ているのは明らかだった。

彼女はまっすぐ正面を向いて目を閉じていたがその内に首が上下にゆっくり動き始め、うとうとと心地よい睡眠に入ったかと思った瞬間、今度は雪崩のように横に崩れ始めた。
右にある程度いっては左、左にある程度いっては右という風に左右に揺れ始めたのだ。
一定の周期で左右に揺れる様はまるで巨大なメトロノームのようだった。


そんな状態がしばらく続いた時に電車は次の駅に着き、到着を告げるアナウンスが車内に流れた。

すると巨大メトロノームは突然その目を大きく見開き、すっと真っ直ぐに立つと頬の脇を流れるよだれをそっと拭きながら颯爽とその場を立ち去った。

電車に立って乗っていたら目の前にサラリーマン3人組が座っていた。

全員眼鏡をかけている。

全員が眼鏡越しに会話をしている。

眼鏡越しにボケて眼鏡越しにツッコんでそして眼鏡越しに手を叩いて笑っている。


全員自分が眼鏡越しな事にまるで気づいていない。


一人の眼鏡が「今度みんなで銭湯に行こう」と提案した。これに対して二人は顔を見合せ微妙なリアクションだ。眼鏡ストにとって眼鏡をとることはすっぴんを見せるに等しいらしい。そんな空気だった。

空気を察した提案者は「なんか…ごめん…」とつぶやき眼鏡を少し上にあげた。
僕の名前は原田圭吾。今年、小さい頃から憧れていた警視庁に入社した。
配属先は警視庁の花形である捜査一課。
重大な刑事事件を担当する部署だ。つまり、警視庁の中でも一番のエリート集団ということなのだ。

今回も、とある殺人事件を追っている。といいたいところだったが、現実はそんなに大した事件なんて頻繁に起こらないし新人の僕にそんな大きい事件を任してもらえるわけなんてない。

今日、任されのは不法侵入で逮捕された電車オタクの取り調べだった。初めて任された取り調べだったのでテレビドラマのようにすぐにかっこよく自白でもさせてやろうと思っていたが実際は1日取り調べて「彼女に会いに来ただけだ」とかいうわけのわからない証言を引き出せただけだった。

意気消沈し、次の事件で取り返そうと思っていた矢先、泥棒に入られたと百貨店から署内に通報があり、ここで取り返すしかない!と僕もすぐにパトカーで駆けつけた。

「初めまして。捜査一課の原田です。あなたが店長さんですか?」

「はい、そうです。私がこの百貨店の責任者です。」

「で、泥棒に入られたということでしたが現場はどこですか?」

「それが…あのーここなんです…」

と店長が指差した所は盗難現場というには綺麗すぎるという所か何も荒らされた形跡すら何もない所だった。

「えっ、ここですか?盗まれたものって一体…」

「あのー、それがマネキンが一体盗まれておりまして…」

「はー。マネキン…?それだけですか?」

「はい。私も出勤した時から少し違和感はあったが特に気がつかなかったんです。しかし開店準備をしている時にマネキンが一体盗まれている事に気づきまして。そしてあわてて通報したんです。けどその後、警察の方が来る前に色々調べて見たんですがどうやら金品等は全く盗まれてないんですよねー。」

「はぁ。じゃあとりあえずマネキンの盗難事件として少し捜査させてもらいます。」

それからくまなく現場を調べたが大した証拠も見つからず捜査は終了した。

署に帰り、僕がデスクで溜め息をつくと

「おい!どうした若いの!溜め息なんかついて!」


と横に座っていた長さんが話しかけてきた。長さんはこの道30年で数々の難事件を解決してきたベテラン刑事だ。

「あっ、長さん。いやー、なんか最近担当する事件が変な事件ばっかりで。捜査一課ってもっとびしっと凶悪犯を逮捕するもんだって思ってたもんですから。」

「まぁそんな大きい事件ばっかり起こらねぇよ!それに俺達に仕事がないって事は世の中が平和って事じゃねえか!」

「まぁ、そうですけど。」

「じゃあお前には今俺が追ってる事件に参加してもらおうかな。」

「えっ!なんの事件ですか?」

「実は先日、ある企業の社長が政治家に不正献金、つまり賄賂を渡しているというタレコミがあった。まぁ今んとこ確実性は薄いが今俺はそのヤマを調べてるんだ。」

「なんかすごいじゃないっすか!長さん!僕も参加させて下さい!で、そのある企業の社長と政治家って誰なんですか?」

「ある企業の社長ってのは半田自動車の半田宗一郎。そして政治家ってのは富山鴈治郎だ。」

「えっ!!半田宗一郎ってあの世界のHANDAを一代で世界の大企業にまで成長させた有名人じゃないですか!?しかも相手は梅田大火災の件以来急激に力をつけ、次期総裁確定とまで言われてる政財界の超大物富山鴈治郎!?これがもし本当の話ならすごいニュースですよ!」

「そうだ。今んとこ怪しい気配はないがなんか匂うんだよなー。」

「刑事の勘ってやつですか?」

「まぁそういうことだな!」

その日以降、僕と長さんは徹底的に半田と富山の身辺を調査し、ついに僕は二人が年末密会をするという事までは掴んだ。

「おー若いのよくやったなー!年末に密会するってのは俺でも掴めてなかった情報だ!」

「ありがとうございます!これは半田が通ってるキャバクラに通いつめ、ママからなんとか聞き出した情報です!」

「よし!足で稼いだ情報は嘘をつかねぇ!さっそくその日に俺とお前で半田と富山を張り込むぞ!」

「はい!」

密会当日。
僕は富山を、長さんは半田を見張っていた。
僕はその日、終日富山を見張っていたが富山に特に怪しい動きはなく、あてが外れたかと思ったが夕方に事態は急変した。
秘書の運転する車に乗っていた富山は突然車を降り、料亭に入っていったのだ。
中までついて行こうにも一見さんはお断りになっていて普通には入れない。仮に警察手帳を見せて入ってもその異変に気づかれれば全てが終わる。
僕は急いで長さんに電話した。

「長さん!原田です。富山が料亭に入ってしまいました。どうしましょう?」

「どうやら半田もその料亭に今から行くようだ。とりあえずお前はそこで待ってろ。また連絡する。」

「はい。わかりました。」

15分程すると長さんがやってきた。

「で、どうだあれから?」

「動きはありません。半田はどうなんですか?」

「もうすぐ来る。来た!」

長さんがそういうと料亭にリムジンが止まり、半田宗一郎が中に入っていった。

「よし。やっぱり今日が密会の日で間違いないみたいだな。ところでお前、富山は手ぶらだったか?」

「え?あ、はい。何も持っていませんでした。」

「今入った半田も何も持ってなかったな。」

「はい。でもそれが何か?」

「よし。じゃあとりあえずここで待とう。料亭に押し掛けるのはあまりにリスクが大きすぎる。女将はあちらの肩をもっていて警察が来たら知らせる可能性もあるしな。で、出てきた時にアタッシュケース等何かしら荷物を持っていたら賄賂を持っている可能性が高いからそこで任意同行をかけるぞ。」

「なるほど!わかりました!」

「ところで富山は今日何か変わった事はなかったか?」

「いえ、特に何も変わった様子はありませんでした。」

「半田はどうでした?」

「特になかったよ。強いて言えばやつは競馬が好きらしく、自分でも馬主をやってて、その自分の馬がいる厩舎に顔出してたくらいだな。」

「あーそういえば資料に書いてましたね。てか半田ってあの無敗三冠馬ユメカラサメタラの馬主なんですね。昨日の有馬記念にも出て勝ってましたよ。」

「その馬はそんなに強いのか?」

「いやーそりゃもう強いなんてもんじゃないですよ!でも昨日のレースなんて単勝で1.0倍ですよ。G1レースで1.0倍はあり得ないですよ。」

「そうなのか?」

「そうですよ!だって賭けても同じ額が返ってくるだけですよ!相当人気がないとそうはなりませんよ!」

「へーそうなのか。っておい!出てきたぞ!」

料亭に目を向けると半田宗一郎が入り口から出てタクシーに乗り込もうとしていた。

「意外と早かったですね。次に出てくる富山が何か持っていたら出ていくんですよね?」

「そうだな。富山が何か持っていたら任意同行かけるぞ!」

「はい!」

それから5分すると富山が料亭から出てきた。

「あれ?何も持ってませんね?あれじゃあどこにも隠しようがないですよ。」

「ほんとだな。今日じゃなかったか。まぁこんな事もある。ただ、富山はお金の工面に困っているという話もあるしいつか必ず賄賂は渡すはずだ。だから引き続き見張り続けるぞ。」

「はい!」

それからしばらく僕等は半田と富山を共に監視しつづけたがその思惑とは裏腹に何も進展もなく、というよりもあれから富山は半田と会うこともなく富山は総裁選で見事勝利し総理大臣になってしまった。


「富山、総理大臣になっちゃいましたね。しかし資金繰りに困っていた富山がどうやってお金を工面したんでしょう?」

「半田から不正献金を受け取った形跡はなかったし、そもそも接触したのはあの料亭一回だけだったしな。」

「そうですよねー。あのー、実はひとつだけ少し気になる情報はあるんですけど…。」

「なんだ?」

「いやね、資金繰りをどうやってしたのか?っていう問いに富山が周囲には競馬でちょっと当てたのさ、って言ってるらしいんですよ。周りは冗談だと笑ってたんですけどなんかちょっとひっかかって。」

「競馬で?………ん?待てよ……おい!それもしかしたらあながち嘘じゃないかもしれないぞ!そしてもし、俺の考えが正しければやっぱり富山はあの料亭で多額の賄賂を受け取っていたんだ!」


「えっ!?でもあの日料亭から出てきた富山はそんな鞄なんて持ってませんでしたよ!?」


「そんな大層な鞄なんていらなかったんだ。なぜなら受け取ったのは現金ではないからな。」

「えっ…じゃあ一体…」

「それは馬券だ。」

「馬券?」

「そうだ。あの日、半田は富山に有馬記念の当たり馬券を渡していた。お前、前に言ってたよな?相当人気が集まらないと単勝倍率が1.0倍になることなんてあり得ないって。人気が集まる、それはつまりその馬に多額のお金が集まっているって事だ。つまり半田本人がユメカラサメタラの馬券を、あの規模ならまぁ少なく見積もっても数億円分買いこみ、その当たった馬券を富山に渡したんだ。」

「なるほど!だから手ぶらで出てきたんだ!でも…なんでそんな回りくどい事を?」

「理由は簡単だ。まず、賄賂を送るにもどうしても証拠が残るし合法的に贈与しても多額の贈与税を支払わなければならない。だから半田は競馬に目を付けた。競馬なら一度馬券になってしまえば誰が買った馬券かなんて事はわからない。そして仮にそれを誰かに渡し、そいつが換金したらもうそいつのお金になってしまってもつじつまは合うんだよ。証拠は一切残らないししかも競馬で得たお金は国営のギャンブルで得たお金だから税金もかからない。正に一石二鳥の夢の作戦なんだ。」

「な、なるほど。でも、それだともう今から捜査をしてもやつらを捕まえる証拠は出てこないってことですか?」


「そうだな。賄賂についての証拠を探すのは難しいだろうな。ただ、諦めるのはまだ早いかも知れない。」

「えっ!どういう事ですか!?」

「この話がもし事実なら一つ、どうしても解せない点がある。」


「なんですか!?」


「簡単な話だ。いくら自分の強い馬とはいえ、リスクを背負って数億円ものお金をギャンブルにつぎ込む人間がいるとは思えない。つまりあのレースは最初から必ずユメカラサメタラが勝つようになっていたとしか思えないんだ。」


「まさか…八百長?」


「その可能性は高いな。まぁそうじゃないにせよ何かしらの不正があった事に間違いない。」


「な、なるほど。そうとわかればさっそく捜査しましょうよ!」


「そうだな。よし、行くぞ。」


こうして僕等は新たな捜査に乗り出した。