【B】


今日7月2日は私にとって特別な日。



彼と出会った喜びも別れの悲しさも教えてくれたのは全てこの日だった。



2年前の7月2日は雨だった。


お天気お姉さん曰く、一日晴れだと言っていたのに授業が終わって校舎を出るとどしゃ降りの雨が降っていた。


私の学校は山の上にあって学校から駅までは歩いて20分もある。


学校の周りにはなく、バスもタクシーもいないと言うような立地の悪さだったのでどうする事もできず、私はお天気お姉さんを信じてしばらく待つ事にした。




一時間くらい待っただろうか。しかし雨はなかなか止む気配もない所か雨足はさらに強くなっている気さえする。



お天気お姉さんへの小さい憎しみを胸にしまい込み、意を決して帰ろうと駅に向かい歩き始めた時、突然目の前に傘が出てきた。



ふと横を見ると男の人が私に自分の傘を差し出している。それが彼だった。



彼はきれいな青色の傘を私に差し出し、



「これ、どうぞ。」



子供のような無邪気な笑顔でそう言うと彼は去ってしまった。



突然の事に私は何もできないまましばらく立ち尽くし、意識が働くようになった時には彼はもういなくなっていた。



その後、彼に傘を返そうと晴れの日も毎日、私は彼の青色の傘を持って学校に行ったけど彼はしばらくいなかった。



一週間後、やっと見つけて傘を返すと彼はびっくりした顔で



「もしかして毎日持ってきたの?」


と言ってにっこり笑った。


それからしばらくして私達は付き合うことになった。
彼はちょっと変わった人だった。雨が好きらしく雨が降ると外に出掛けたがった。いつも決まった服装で。

「なんでいつも一緒なの?」

と聞くと


「やってみればわかるよ。」
と言った。

雨が好きな事を直接私に言った事はなかったけど雨の日になると「あーあ」とか言いながら窓を見ては嬉しそうな顔をしていた。

そして彼と出会ってちょうど一年経った7月2日、私の携帯電話が突然鳴った。

彼のお母さんからだった。もう何度か彼の実家にはお邪魔していて彼のお母さんの番号は知っていた。

「もしもし、お母さん?どうしたんですか?」



「あっ!リサコちゃん!?大変なの!今警察から電話があってサトシが、サトシが、」



「お、お母さん!落ち着いて!サトシさんがどうしたんですか?」



「事故にあって今意識不明だって!」



私はそれを聞いてかーっと胸が熱くなった。


私は電話を切り、とにかく夢中で走った。


今日、彼はアルバイトに行ったはずだった。


急いで病院に行くと彼はあおじろい顔でベッドに横たわっていて彼のお母さんが私の顔を見て泣き崩れた。

彼が好きだった雨の日に彼は帰らぬ人になった。





今日7月2日はそんな日だった。



今日は朝から大学で授業があった。

彼が事故で死んだあの日以来、私は精神的に立ち直れず休学届けを出し大学には丸一年行ってなかった。



大学には彼との思い出が多すぎるし彼との時間がまだそこにある気がして胸が苦しくなる。

でも家に居たら嫌な事ばかり思い出すしさすがに親にこれ以上迷惑をかけるわけにもいかないので私は一年ぶりに授業に出た。



一年前は彼と一緒に受けていた授業。

彼と座っていたいつもの席に座り、一人で授業を聞いていると突然涙が出てきた。

あの日からずっと、泣かないように頑張って振舞ってきたけど無理だった。

次から次に涙があふれ、もうどうしようもなくて教室を抜け出すとさっきまで晴れていたのに外はどしゃぶりの雨だった。

私は急いで校舎の外にでた。学校は私には辛すぎた。

校門の外まで出る頃には雨が全身を覆っていた。雨は涙を隠してくれた。



それはまるで彼が私を包んでくれているような気がして、私はその優しさの中で泣いた。

しばらく泣いた後、私は空を見上げ彼にお礼を言うと



もう泣くのはこれで最後にしよう。



そう決めて雨の中を歩きだした。

【A】

雨は優しい。



家に一人でいる時の静寂程孤独をかきたてるものはない。



雨はそれを自然に消してくれる。雨にはそんなつもりはないのだろうけど。





朝、携帯のアラーム音で目を覚ます。

僕は朝には強く、目覚まし時計なんてなくても携帯のバイブレーション程度のもので起きる事ができる。だから今まで目覚まし時計というものを買った事がない。



いつものように食パンをオーブントースターに入れてカーテンを開ける。



お天気お姉さんは梅雨は明けたといっていたのにすごい雨が降っていた。



「うお。」



そう呟きながら、ベランダに出てみると前は何も見えないくらいに雨が降っていた。ベランダから手を伸ばしてみる。手のひらは一瞬で水滴に覆われた。もう片方の手を添えて即席のお椀を作るとみるみる水が溜まっていく。



「こりゃやみそうにないなー。」



そう言ったかどうか、まぁ同じくらいのタイミングでトースターが任務完了を告げた。



フライパンで目玉焼きをさっとつくり、それをパンに乗せて頬張る。



ゆっくり味を楽しみたかったが時計を見るとリミットは刻一刻と近づいている。



今日は午後から大学で授業があるのだ。



普通の大学生ならこんな日は「さすがに行くのは無理」だとか適当な理由をつけて休む所だろうが僕は雨が好きなので全然問題はなかった。

もちろん最初から好きだったわけではない。

むしろ最初は大嫌いだった。

その後、好きになるにはどうすればいいかずっと考え一つの仮説に至る。



雨の日は雨の日用の服を全身揃えれてしまえばいいのではないか。

そうすれば濡れても問題はない。

むしろ濡れれば濡れるほど楽しい気分になるはずだ。

狙いは的中。



さらにこれによって雨の日は着ていく服を考えなくていいという嬉しい特典までついてきた。



パンをコーヒーで流し込むといつもの服に着替える。



最後に雨の日用の青い傘を手に取り外に出ると、思っていたより雨は降っていなかったが地面にはたくさんの水たまりがあり、たくさんの水たまりは所々川になっていた。

普通の靴ならたちまちにびしょびしょになっていただろう。



しかし雨の日靴がしっかり水をはじいてくれていたので僕は水たまりの川も果敢に登る事ができた。



駅から僕の通う大学までは山道を20分近く歩かなくてはならない。大学自体が山の中にあることもあって周りには何にもなかった。だからその道自体、大学生以外が通る事は少なかった。



こんな日なのでいつにも増して人気のない山道を登り、学校までもう少しというところまで来た時に前から女の子が歩いてくるのが見えた。



遠目から大学生である事はなんとなくわかったが僕は彼女になんとなく違和感を感じた。

その違和感はどこからくるものか最初はわからなかったが近づくにつれ、その理由は明らかになる。



彼女は傘をさしていなかった。



この大雨で傘をさしていない事にすぐ気がつかなかったのは彼女の美しさに見入っていたこともあるが、雨なのに傘をさしていないという事が彼女にとってすごく自然なことのように思えたからだ。むしろこの雨をどこか楽しんでいるようにさえ見えた。



彼女は特に急ぐようすもなければ雨を避けようともせず、ただ空を見上げながらゆっくりと歩いていた。



雨に濡れて肌にまとわりついた洋服が歩いている彼女のかもしだす不思議な雰囲気に妙に合っていた。



その空を見つめるあまりにさびしく、強いまなざしに僕は息を飲み、知らず知らずの内に自然と足を止めていた。



そして彼女が自分の横を通り過ぎようとした時、

「あの!!」

と思わず声をかけてしまった。



彼女はゆっくりと振り返り、何も言わずこちらを見た。



真近で見た彼女の瞳はまっすぐにこちらを見つめていて、僕は心まで見透かされそうだった。



とっさに目を反らすと妙な間の沈黙が二人の間に流れる。



なにか話さなくてはと思った僕はとっさに



「これ!どうぞ!」



といって自分の傘を差し出していた。



あとから考えれば本当に意味不明だがそう言った僕を見て、彼女は少し驚いた顔をしたがそのあとに小さくありがとうと言って微笑んだ。



そしてありがとうと言ったその目からは少し涙が光っているように見えた。

「まぁできない事はないですよ。ただし、戻るのは自分ではないですが」



「えっ?どういうことですか?」



私は天使の言っている事がわからなかったので聞き返した。



「つまりやり直せるというのは過去の自分に戻ってやり直せるというわけではありません。なにせあなたはあの世界ではすでに一度死んでいますからね」



「はぁ。では何をやり直せるんですか?」



「まず、最初に説明しておかなければならないのは天国に行くには生きている間に『天国ポイント』を取得していなければいけないんです」



「天国ポイント?」



「そうです。天国ポイント。まぁ人間はそれを『徳』等と呼ぶようですが。つまり良い行いですね。たくさん良い行いをしていれば天国に行けます。まぁ普通にしていれば自然に貯まるものなんですが。ただ、ここにいる人たちは何かしらの理由で天国に行けたものが行けなくなくなってしまったんですよ。だから泣きの一回という事で天国に行くために必要な天国ポイントをもう一度稼ぐチャンスを与えています」



「でも自分に戻ってやり直すわけではないんですよね?」



「ええ。戻ってもらうのはあなたのいた世界の並行世界の一つです」



「並行世界?」



僕はもう何が何やらわからなくなった。



「そうです。並行世界です。あなたがいた世界の他にも何千、何万の並行して存在する世界があるんですよ。だからその中の一つにいってもらってやり直してもらいます。」



「はぁ。で、自分ではないとなると一体誰になってやり直すんですか?」



「それは今から決めるんです。そこの横にあるボタンを押してもらっていいですか?」



自分の座っている横を見ると赤いボタンが付いていた。僕はおそるおそるボタンを押した。すると目の前に巨大なルーレットらしきものが出てきた。中には色々な事が書いているようだがあまりよく見えない。



「それではルーレットスタート。」



天使がそういうと点滅しているところがくるくると回りだした。



「では、もう一度そのボタンを押してください。」



僕は言われるがままにもう一度ボタンを押した。すると点滅は次第にゆっくりになっていき斜め右下あたりで止まった。



「さぁ、ここが運命の分かれ道。果たして斎藤さんの運命はいかに……」



天使はそういうと席を立ち点滅が止まったところに近づいた。



「斎藤さんにやり直して頂く人物は……国際指名手配中のテロリストリーダー、黒田勇気(38)です!」



「はっ?国際指名手配?テロリスト?」



「そうです。国際指名手配中のテロリストのリーダーです」



「えっ、そのテロリストになっていい行いをして天国ポイントを稼がなければならないんですか?」



「そういうことになりますね」



「それって大丈夫なんですか?」



「さぁ。どうでしょうか。こんなケース今までなかったですからね。ただ言えるのは、斎藤さん、ツイてないですね。ミュージシャンとか引いた人はあっという間に天国ポイント貯めてすぐ戻ってきましたからね。」



「貯めればすぐ戻ってこられるんですか?」



「あっ、そこいい忘れていましたね。そうです。目標の天国ポイントを貯める事ができればすぐにこちらに戻ってこられますしそのまますぐに天国へいけます。ただし、その反面、悪い行いをすれば今あるポイントさえ減っていってしまいますので注意してください。あと一番最悪なのはその体で死んでしまった場合です。こちらは問答無用で地獄行きになってしまいますので気を付けてくださいね。斎藤さんの場合、職業的に両方気をつけなければならないと思うので慎重に。では時間もあれなんでそろそろ参りましょうか」



天使は立ち上がり、僕の手を引っ張るとドアの前に立たせた。



「ちょ、ちょっと待ってください!」



僕はあまりの展開の早さに何が起こっているのかよくわからなかった。



「まぁさすがに今回のテロリストは厳しいと思うのでせめてといいますか、極力前世と同じ並行世界にしときますから。斎藤さん。では検討をお祈りしていますよ。グッドラック!」



そう言って天使はドアを開けると勢いよく僕の背中を押した。真っ暗やみの中をどんどん落ちていく。振り返ると天使がにこやかにほほ笑みながら手を振っていたがそれもみるみる小さくなり、僕はそこで意識を失った。