
絵画『都市は生命』
徳村慎
都市は生命だ。何故今までそんなことに気づかなかったのか。都市は生命。
人間が生きているのではなく、都市自体が生命なのだ。
人間は生命の赤血球なんかなんだろう。
おかしな落書きだと思うが、この落書きが楽しくてやめられない。
TVを観た。オセロで世界2位の小学生を育てた父親が言っていた。好きなことが1つあれば人生は楽しい、と。
オセロという勝敗のある世界で2位とは、すごいことだ。でも、番組には世界1位を3度獲ったオセロ9段の人が居た。そしてその9段に世界2位の小学生は負けてしまうのだ。なんて奥が深い世界なんだ。
好きなこと。絵を描くことだ。上手くなくても好きだ。好きなことが1つあれば人生は楽しい。確かにそうだ。
絵画というのは、勝負の世界からは遠いと思う。何をもって良い絵とするかの基準が難しいからだ。それに、絵画のコンテストに出しているわけじゃないから、僕の絵は、勝負の世界からは、すごく遠い。
僕の絵画は具象だと思うのだが、ピカソを抽象だと言う人にならえば抽象画ということになるだろう。
美術の大学を中退したが、仕事も美術(那智黒石)だし、趣味でも、こうして絵を描く。しかし、僕は勝負することなく一生を終えても幸せなんだと思う。
こういう絵なら、高性能のスマホにタッチペンで描けるんじゃないだろうか?
しかし、そんな新しい物は必要ない。
古い物。それで良いんだと思う。鉛筆と紙さえあれば世界は創れる。貧乏でも鉛筆と紙ぐらいは買えるだろう。DAISO100円均一は、画材の宝庫。まあ、それさえ買えない貧乏になったら、大地に絵を描くことにするか。
などと書いてみて、どうにも論点がズレた気がする。油画を描く体力など、もう無いのだ。だから、僕は、鉛筆で描いているのだ。
しかし、都市が生命ならば、人間の人生は何だろう?
赤血球が吐き出した酸素に、都市が感動することなどあり得ない気もする。
それでも楽しければ良い。
終わりよければ全て良し。