小説『怪奇と夢の日記』2016.6.9.
徳村慎
1.虫の声
虫の声が実は霊的なメッセージだとお気づきだろうか?
あのリズムの取れないリズムの中に隠された数字の謎はカバラよりも深いかもしれない。
すべての音に耳をすませるのだ。鈴虫などの虫、冷蔵庫の音、TVの音。きぬずれ。……この中に不自然な耳鳴りが混じる時がある。
虫の声などの音を脳内で解釈しようとしているのではないか?……それとも?
猫の声が聞こえたと兄が言う。網戸を開けても猫の気配はない。5月に死んだ僕の飼い猫。やって来ていたのか。
虫の声がひときわ強い声になり、死んだ飼い猫が虫の声を借りて笑っているように思えた。
2.とある消費者金融のCM
とある消費者金融のCMの女優が、あの日出てきた幽霊に似ていると気づく。
ということは、あの幽霊は童顔の美人だということか。
TVの中の人物があれもこれも数々の幽霊に似ていた気がする。そう気づくと世の中は幽霊だらけだ。仕事休みには何をしようか。それとも出掛けられないくらい僕の周りには幽霊がいますか?
誰か教えて下さい。
そう念じるとすべてのちょっとした闇に幽霊が感じられるように思えた。それが僕が絵を描く時の霊感でもあるのだ。
今日、女優はTVの中から僕をにらんだ。怖さのあまり身動きできなかった。
3.廊下の幽霊
廊下の幽霊は笑っているような悲しんでいるような目で僕を見た。Oでないのか。それとも。Oならば生霊だ。
部屋に入ると暗闇にたたずんでついてきた。彼女は目が見えなくなったのだろうか。急にそんな気がした。
目が黒く塗りつぶされたようなイメージだ。光が怖いのかもしれない。
いや、彼女なら、もっと強く生きているだろう。光が怖いのは、むしろ僕ではないか。
だとすればキーボードの隙間にも顔があるこの幽霊はいったい何なのか。
今では顔が闇に溶けて2つの輝く目だけが見える。瞬間、家の近くの川がバシャリと音を立てた。
今度は寝そべっているように横からニュッと顔を出した。髪が伸びて蛇のようにうごめき、次の瞬間にはさらりと風に吹かれて消えた。
憎悪のあまりに殺してしまいそうになったり、次の瞬間には優しくなったり。
この幽霊は僕の恋人になりたいのかもしれない。恋人幽霊と名づけよう。また会いたい。……殺されることがないだろうな?
今はうつ伏せの僕の腰の上に乗っている。恋人幽霊は僕と寝たかったらしい。
そして僕の首に細い指を回したりする。僕の身体の中に入って直接心臓を舐める。コイツに取り憑かれているから、僕は恋人ができなかったのか。いや、違う。生きた人間への興味が薄れたのだ。
そう思ったとたんに死体が見える。幾人もの死体。その中のボスらしき人はお婆さんのようだ。それとも若い女性も死体になれば、あんな姿になるのか。
地獄の業火はこの世にあるわい。
そんな声が聞こえた気がする。
恋人幽霊は僕の身体の中に入って僕を乗っ取ろうとしている。もう何日かで乗っ取られるのかもしれない。
4.金髪先生
金髪先生が車を貸してくれと家にやって来た。母がマゴマゴしているので僕が車は貸せないと断った。
後で家族から話を聞くと車ではなく、「電話を貸してくれんかいね」と言ったそうだ。金髪先生の自宅までは近い。なぜ電話を貸さねばならないのか。以前、「薬を買ってきてくれんか」と言われて母が買いにいかされたことがある。それに車を貸せと言ってきたこともあった。
僕は65歳ぐらいだという金髪先生を見るたびにゾッとする。何かに取り憑かれているのかもしれない。黒い服を好んで着るのだが、その周りにも黒い影が見えたりする。
あの黒い影が何なのか知りたくないような気もする。だってあれは確実に悪いものだから。
僕が金髪先生と呼ぶお婆さんは、ザッザッザッザッとスリッパのような靴を引きずり歩く。
あの足音は誰かに足をつかまれているのでないことを祈るばかりだ。
5.映画サークル
マダムとヤって殴ったのが僕だったなら今、裁きを受けているんだろう。モエに道具の味を教えたのが僕なら神仏は僕を許すまい。
そして包丁で首を切ったりしても捕まらない事故処理だとしたら。あれがすべて映画だったのかもしれない。映画サークルの作った映画の中のドッキリ。しかし、僕は本気で人を殺そうとした。おそらく頸動脈は僕の弱い力では切れなかったんだろう。
Tさんヒド過ぎるで。ホントはアッチとヤりたかったのに。
僕は貧乳の子が交換を拒んだのでヤり続けた。巨尻とは別の機会にヤった。革ジャンが見事な肉体で巨尻とヤるのをボンヤリ見ながら貧乳の子にピストン運動を続けていた。
貧乳の子が自殺したらしいと聞いたけど、僕の責任なのかな?
初めてが無理やりやったからじゃなくて、帰りに乗ったタクシーの運転手にヤられたってさ。
あれが妄想だといいけど。僕を呪っているのは貧乳の子だったのか。それとも違うのか。大学1年生の時から20年が過ぎようとしている。
呪いが続くのか、僕の思い込みなのかは分からない。
6.ゾクリ、S先輩
ゾクリ。背筋が凍りつく。
あれはやっぱり幽霊の近づいた証拠だろう。
夢を思い出した。修学旅行で楽器を盗まれる夢だ。修学旅行で男子がギターを持ってきて好き勝手に弾いている。
僕もギターを弾いて楽しんだ。
ところが朝になるとギターは盗まれているのだ。僕は男だらけの世界で盗んだのは男だと決めつけていたが。本当は誰が盗んだのか分からない。
ゾクリとしたら夢を思い出すなんて不思議だ。音楽は神仏にささげるものだ。だからなのだろうか。
あべのばしでリコーダーを吹いていた男性はどうなったのだろう?
あれは宗教の勧誘らしかった。文明の研究が大事なんだと声高に言っている。
僕が暗い顔で歩いていたらしくビラを渡されそうになった。その宗教でS先輩は大学ともめたらしい。正確なところは分からないが手広く勧誘したからだろう。
数年前に再会したあの人の絵画から生気が抜けていて僕は取り憑かれたんだとも考えそうになった。
しかし、実際は生気が宗教に吸い取られたのだ。宗教を続ければ良かったのかもしれない。
そうであれば、夢の中でギターが盗まれて良かったのかもしれない。宗教と距離を置けるから。
しかし、ゾクリとさせた正体は、宗教をすすめる人物S先輩だとは思えない。生霊ではないのなら死霊だろうか。
S先輩が死んでいなけりゃ良いけれど。絵画の個展のその後のことは聞いていない。
7.元カノの元カレ
元カノの元カレはドラッグをやっていたという。文学をやっていたらしいが僕の中で話が混乱しているのかもしれない。
これが正しいと思う本は彼女にも必ず読ませるという性格の持ち主らしい。
僕もブログで小説を書くようになり、似ているのなら改めなきゃな、と思う。
小説の世界の構築は確かに楽しい。特にSFファンタジーが好きだ。自分の想像力の限界を描くことで次の作品は必ず次の限界へと行ける。それでも、想像力の限界は見えるが文章自体はちっとも上手くならない自分に苦笑したりする。
ドラッグをやることで見える世界などたかが知れている。誇大妄想を身につけて安心したいなんて、なんて弱い人なんだろう。ドラッグ中毒、ヤク中なんてそんなもんだ。
その彼のような黒さは、この世の中にそこらじゅうに、はびこっている。
黒く黒く沈んだ世界のヤク中小説家に何が見えたのか。底辺であるのだと知った時の彼の哀しみ。底辺にしてドラッグの翼で空を飛び。ドラッグのおかげで墜落したのだろう。
ヤク中小説家が僕に取り憑きませんように。死んで僕の足をひっぱりませんように。
ただでさえ、似たような数々の死霊が見えるようになってしまったのだから。
(おそらく続く)
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