小説『ガルムスと少女の旅』1 | まことアート・夢日記

まことアート・夢日記

まことアート・夢日記、こと徳村慎/とくまこのブログ日記。
夢日記、メタ認知、俳句モドキ、詩、小説、音楽日記、ドローイング、デジタルペイント、コラージュ、写真など。2012.1.6.にブログをはじめる。統合失調症はもう20年ぐらい通院している。

小説『ガルムスと少女の旅』1
徳村慎


髪の毛を引っ張られて足を掛けられた。なすすべもなく朝早くに降っていた雨で出来た水たまりに尻もちをつく。少女は涙目だが歯を食いしばって耐えた。何度も繰り返された事だ。別に今に始まった事じゃない。香里奈(かりな)ちゃんが好きな男子の数人から同時に告白されてから虐めが始まった。去年のバレンタインからだ。今では男子からチョコを渡す事もあるんだよね。友チョコじゃ満足出来なかったんだ。香里奈ちゃんがチョコを奪ってトイレに捨てた。それがはじまりだった。

葉奈(はな)が悪いんじゃないもん。そう呟(つぶや)いてみたものの、何も変わらない。雨上がりの青空にスピードを上げて大きな白い雲が飛んで行く。あの白い雲は私なんかおいてけぼりで旅をしてるんだ。この世の悲しみなんかどうでも良いって感じで。葉奈も雲に生まれたかったな。

家に帰って1人の時間を過ごす。今日は香里奈の似顔絵を描いて黒く塗り潰した。黒く。もっと黒く。暗黒よりも、もっと黒く。それでも鉛筆は一定の黒さからは黒くならなかった。葉奈にはどうにも出来ないんだよね。

酔って帰ったお母さんが「グズグズしてないでお風呂に入ったらどう?……誰に似たのかしら?……あのダメ親父にでも似たのかしらね?……だったら、家を出てお父さんに育てて貰ったらどう?」と言ったから夢中で家を飛び出した。

暗いというより塗り潰したように黒い夜。葉奈を守ってくれる人なんか居ないんだよね。死んじゃえ。そうだよ。皆んな死ねば葉奈だって死んで良いんじゃん。黒さが心に満ちて返って良い気分だ。「どうにでもなれ」小さな声で呟く。

「ふふん。お嬢ちゃん。どうにでもなれってかい。じゃあオジさんと旅でもするかい?」夜の黒い闇から現れた黒いマントの男。確か近所でお母さんにちょくちょく声を掛ける井戸さんは50代だ。だから、たぶん、この人だって、そのぐらいの年齢だ。「僕の名前はガルムスだ。君の名前は?」50代の男性が変わった名前を言っている。芸名なのかな?「私は……葉奈です」

「ここらに神社が有るだろう」手を引いて歩くガルムスが言う。「葉奈の知ってるのは、熊野神社だよ。こっち」2人で夜の神社に入って行く。狸(タヌキ)みたいな人間が居た。いや、狸だろうか?……服を着た狸だ。「久しぶりだな、ガルムス。右に行きゃ熊野の森に出られるぜ」服を着た狸に手を上げるガルムス。「thanks」

熊野の森……?
こんなに深いんだ、神社の森って。「コんニチワ」中国人っぽい発音の人に声を掛けられた……と思ったら岩だった。「Oh, I can んん noォオッtお speak English.」怪しげな英語でnotをことさらに強調してガルムスが喋る。ってか英語じゃなくて日本語で声を掛けられた気がするよぉ?……だいじょーぶなの?……その英語力も。

「ちゃうやん。オレやん、オレ。オレ、日本人やでぇ」岩が焦(あせ)る。

「What's your name?」とガルムスが言いながら煙草(タバコ)を取り出して火をつける。

「だから、オレやん?……岩本岩鉄(いわもとがんてつ)やぁん。忘れんといてぇ。ってか変な英語使うなよぉ」岩の身体からスライム状の手が伸びて湯のみのお茶を飲む。その姿は異様だ。

「いや、まあ、この美少女に紹介しようと思ってさ」煙草の煙を吐き出しながら言う黒マントのガルムス。さっきから不思議に思ってたけど、月明かりみたいな明かりが森の中の霧に漂っているのだ。表情だってちゃんと見える。

「なあ、ガルムスって、まだ、探しとるんか?……ロクリアンウクレレを持っとる女の子を」岩鉄がお茶をすする。

ガルムスが砂時計を取り出して逆さにした。すると太陽が頭上に輝いていた。昼になったのだ。

「葉奈ちゃん。お腹が空いたろう。食事をしようか」ガルムスは5mの高さのあるキノコが生える場所へと進んで行く。

キノコの上からサイコロを振って遊びながら声を掛けるアゲハ蝶の幼虫。ただし、物凄く巨大。2mぐらいの大きさだと思う。「お嬢ちゃん、学校に恨みがあるのかい?……呪いを放つ者よ。呪いの中に生きよ。呪いの中で死に行く事こそ天の運命(さだめ)である」

「葉奈は、誰も呪っていないもん」ぎゅっと両手で服を握った。

「嘘だね。君は呪いだらけさ。虐められた女の子を呪って、原因となった男の子にも呪いをかけてる。君の人生は呪い呪われるのさ」アゲハ蝶の幼虫は足で器用にサイコロを転がしている。

「気にするんじゃない。君の心を読んで得意がっているだけだ。行こう」ガルムスが道を示す。でも。葉奈は悪くないもん。呪っていないよ。「あんた、病気じゃないの?」

「病気のような闇を抱えているのはお前の方だ。呪いに満ちている者よ」アゲハ蝶の幼虫はサイコロを振った。「どうやら、君の運命は怒りによる滅びらしいな」

「あんたも、どうせ、それが分かるんなら、呪いまくってんでしょ!」叫んじゃった。

アゲハ蝶の幼虫は何も答えない。

「無視すんなッ」
やっぱりアゲハ蝶の幼虫は何も答えない。悪い奴の中でも最悪の奴だよ。向き合って喧嘩するんじゃなく、言いたい事を言って、こっちの言い分は聞き流して。……まるで、まるで、お母さんみたいだ。

「行こうか」ガルムスが笑って言った。岩鉄も「あないな野郎は、ほっとくんが一番でっせ」と言う。私はボソッと呟く。「葉奈みたいに、大好きな人に無視されたら、ガルムスだって岩鉄だって辛いと思う」

岩鉄が言った。「お母さんの事でっか?……葉奈ちゃんは気持ちをかわして避(よ)けられるのが辛いんやなぁ。でもなぁ。葉奈ちゃんの気が強過ぎてな。誰も正面から受け止める事なんてせんのよ。めんどいやんか?」

何でも分かるのか。この不思議な世界の住人たちは。

ガルムスがキノコの森を抜け出た時に言った。「君は強さを演じなければならない。それが嫌でたまらないんだね?」

沢に沿って歩いて行くと白い肌の女性と眼鏡を掛けた老婦人が座ってお酒を飲んでいた。近くには私と同じくらいの歳の女の子。やっぱり白い肌をしてるから、女性の娘なのだろうか。

「ガルムス。あんた、やっぱロリコンやったんか?……えらい小さい恋人連れとんなぁ」と白い肌の女性が言う。

「違います。この子は才能があるんで熊野に連れて来たんだよ」ガルムスは私の頭の上に手を乗せた。

「呪いの才能じゃないやろな?」お酒をぐっと飲み干すと20cmぐらいの身長の二足歩行のパンダたちが新たな酒を持って来る。

「その才能以外、この世界では必要無いね」とガルムス。

「どの世界や?……昔、私に教えてくれたんは、もっと輝く世界の事やったやろ」白い肌の女性がガルムスを睨(にら)む。

「バラスラ。その輝く世界へと入るには少しの不幸が必要なんだよ」ガルムスがバラスラと呼んだ白い肌の女性に優しく語る。「小さな傷を集めて、旅立ちの資金とするんだよ。バラスラも、そうだったろう?」

「確かにな。私はアンタに救われたよ。不登校になりそうだった私にギャグで人気者になれって言ってギャグを教えてくれて。しょーもないギャグばっかやったけどな。ホンマ、しょーもない」お酒の入ったグラスを見つめて悲しそうな笑い方で笑うバラスラ。

「保健室登校だと聞いて、ギャグをやるなら、保健室にするか、教室にするか、どっちかにした方が大人しいキャラそのままで居られる場所があるから楽だ、とか言ったっけかね?……バラスラ。お前ももう大人になっちまったけどな」ガルムスが揚げた沢ガニの皿を二足歩行のパンダから受け取る。

バラスラがお酒を飲んで言った。「ありがと。ガルムスが私の事を、この子は本当は勉強がしたいんだと思います、そう言ったから私は少しだけ勉強する事が出来た。全ての事は繋がっていて、意味があるんだって知って、本当に勉強が面白かった。……でもさぁ。アンタ、この子、恋人にするワケぇ?……『源氏物語』の紫の上みたいな」

ガルムスが言う。「光源氏の君みたいなロリータから年増まで幅広い恋愛するわきゃねーだろッ。俺は、こう見えてもなぁ。ロリータひとすじ。スジって言ってもロリータのアソコの事ではないよ」

バラスラが引きまくる。「アンタ、ホンマにロリコンやよねぇ。毛も生えそろわぬ若僧が、みたいな?」

岩鉄が大汗をかきながら言った。「歯も生えそろわぬ、やね」そしてビールを飲んだ。私もパンダの運んで来たコーラを飲む。岩鉄が私に言った。「バラスラはな。野生動物の保護運動に参加しとるんやで。まあ、この熊野の森やと人間の方を保護せなあかんようにも思えるけどな。ま、冗談は、さておき。獣医さんとかな、なりたかったらしいんやけどな。あの頃のバラスラは可愛いかったでぇ。『シートン動物記』を胸に抱いてニコニコ笑っとんのよ。んでな、ある日、獣医さんトコ行って弟子にして下さいって言うたんや。そしたら、こう言うたんやで」岩鉄を声色を変えて語る。「バラスラちゃん。君も若いのになぁ。でも、ええ心掛けやで。やっぱ豚に近いんかなぁ。煮干しと合わせてダブルスープにしよかな。ちょっと腕出してみ。うん。やっぱ豚骨に近いんちゃうかなぁ。楽しみやなあ。君のような自己犠牲心の塊やったら世界の飢餓も救えるなぁ」岩鉄はビールで喉を潤す。「そう言って獣医さんは、寸胴の鍋を用意してやな。バラスラに入れと命じた。バラスラは変やな、と思っ
て、なんでですか?……みたいに訊いたんやな。したら、獣医さんは、こう答えた。君、言うたやないか。出汁(ダシ)にして下さいって。まあ、熊野の森の獣医さんは食人文化に興味があったんやな」私は吹き出した。「こ……怖いッ」言いながらも笑いが止まらない。

岩鉄さんの話は続く。「それで、まずはカラスの行動から探れ、いうて獣医さんに課題を与えられたんや。カラスの食べ方なんやけど、クルミを自動車に轢(ひ)かせて殻を割ってから中身を食べる行動をするヤツとか、枝を木の穴に突っ込んで虫をほじくり出して食べるヤツとか。道具を使って食べるカラスがおるんやて。そいつらは文化を持っとるんか、どうかっちゅうのを見極めろ、言うてな。ところがバラスラは、来る日も来る日も調べたんやが、生ゴミを漁るトコにしか会わへんでなぁ。鳥の観察が一朝一夕に出来んいう事を知ったワケよ。だから『シートン動物記』とかもな。どれだけの歳月を掛けて動物の行動を観察しとるんか、いう事なんよな。ただ、バラスラも、やり遂げた観察があるんよ。鳥の渡りや。冬鳥とか夏鳥とか。温暖化でな。夏鳥や冬鳥の中には留まるようになったりもするんや。年々気温が上がっとるから、頭数調査で僅かながら何%かは変化が見られたそうや」

岩鉄さんの言葉が途切れるとガルムスとバラスラさんの話が聞こえて来た。ガルムスが言う。「やっぱり、男女の恋愛こそが地球最大の謎であり神秘ですよね」

バラスラさんが言った。「うん。まあ、あんまりガツガツして変な病気移されんようにな。でも、日本の美ってチラリズムやんか。『源氏物語』の明石の上もチラッと琴の音を聴かせて切り上げる事で、もっと聴きたいって思わせるんよね」

ガルムスが柿の種を食べてお酒で飲み下す。「明石の海は源氏には寂しかったらしいね。丁度、都を離れて誰とも会わんような生活しとるからなぁ。海の音が寂しく聞こえただろうね。孤独を噛み締めてさ」

バラスラが言った。「孤独の中に女性の琴の音が聞こえて恋が深まるんも、無理無いわな。男って次を求めるもんなんかもね。この次は、何が待っとるんか、この次は何が、その繰り返し。探究心のある女性って大抵男っぽいやろ」

ガルムスが笑う。「バラスラ。お前もな。恋愛なんかにかまけとる暇無いって言って次を求めて。海を渡って島々を冒険する漫画があったけどさ。お前があの漫画に憧れて、ずっと読み続けているのは次を求めるからだろうな」

バラスラは笑う。「私は海賊王か。ってか、やっぱ男気性なんかいね?」

ガルムスも笑う。「そういうヤツが居るから、僕の人間観察は終わらないんだよね。心理学では男性と女性の両方が心理的に結び合う事が最高なんだってさ。確かユング心理学かな。さぁて。そろそろ行くか」

バラスラが手を振る。「気を付けてな」












































iPhoneから送信