小説『怯える2』 | まことアート・夢日記

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まことアート・夢日記、こと徳村慎/とくまこのブログ日記。
夢日記、メタ認知、俳句モドキ、詩、小説、音楽日記、ドローイング、デジタルペイント、コラージュ、写真など。2012.1.6.にブログをはじめる。統合失調症はもう20年ぐらい通院している。

小説『怯える2』
徳村慎


天使が笑った。まさか今は大親友になるとは。私は刀を研ぎ終わって、刀を腕時計に変化させる。大親友は私のために霊界に行って聡(さとし)を取り戻してくれた。聡が知流奈(ちるな)と遊んでいる。やがて知流奈より大きくなるだろう。知流奈は紙粘土で出来た人間なのだ。一度死んだ身で3年の眠りについていたとはいえ、聡は人間なのだから。天使は機械の義手で顎を撫でる。笑い続けて「じゃあ、地獄の奴らも殺しちゃいますか?」などと言う。聡を連れ戻して呪いを受けた天使。酒を飲みこんな会話が出来るのも、あと1年だけだと思うと私の笑いに泣き声が少し混じった。


死にたいのかッ。死ねば良いんだッ。

雨天の闇夜の帰路を急ぐ、春姫(はるき)に、おぞましい声が降り注ぐ。高校の制服であるブレザーの豊かな胸をぎゅっと押さえた。身体に声が響いて全身が震えるのだ。風がスカートを巻き上げようとする。足首を何かが掴んだ。ひっ。声にならない短い叫びも闇へと消えた。

死にたいのかッ。死にたいんだろッ。死ねェ。死ねば良い。

水溜まりから無数の手が伸びて春姫の全身を覆って行く。「私……死んだ方が良いのかなぁ?」黒い闇の中で揺らぐ想い。呟く声が闇のトンネルの中で響き続ける。良いのかなぁ?……かなぁ?……良いの……。

ばしゃばしゃ。水溜まりの上を走る足音だ。ザブッ。飛んだ?……シュパアッ。

強い光が眩しい。目が慣れるとただの街灯の灯りだった。なんで私、闇の中に居たの?

髪を1つ縛りにした細身の女性が刀を握り締めて立っていた。ニヤリと笑って女性が言った。「君か。襲われてたんわ。呼び寄せる体質やろ」刀を振って左手首に当てると腕時計に変わった。「君、ひょっとしてお守りみたいなん、渡されへんだか?」

春姫はカバンに付けたキーホルダーの事だと気付く。「それか。貸してみ」女性が触れた瞬間、松ぼっくりで作られたキーホルダーは燃え上がった。「熱っ!」女性は火傷をしたらしい。「あ……あの、大丈夫です……か?」

「大丈夫なわけ無いやんッ」
ファサッ。女性の後ろに天使のような男が翼を広げて降りて来た。「福ちゃあん、直接触わらな、この妖気を感じ取れんのか?……3年修行した程度で、どうにかなるもんっちゃうんやなぁ」天使が済ました顔で言うので怒る女性。「それやったらな、さっさと助けんかッ」

春姫が言った。「あの……あなた方は何者なんですか……?」

天使が答える。「僕たちはM18星雲辺りからやって来たウルトラマンです」

天使の肩に植物のように生えて来たパンダのぬいぐるみがツッコむ。「うそつけ。お嬢ちゃん、ホントはね。機械化された人間キカイダーです」

確かに天使の右腕は機械の義手で出来ている。「へぇ……。そうなんですか」

女性がツッコむ。「いや、ボケにボケやったから分かりにくいけど、どっちも正解とちゃうから。まあ、そんなん、どうでもええわ。私は灰原福江(はいばらふくえ)。夜はこうして妖魔から人間を守るパトロールをボランティアでしとる」

パンダのぬいぐるみが言う。「そして昼間は寝て過ごす。今は、こんなに美人に見えるが、ひとたび化粧を取ると……」

ぬいぐるみを鷲掴みにして眉間に皺(しわ)を寄せて怖い声で尋ねる灰原。「取ると?」

パンダのぬいぐるみが焦って答える。「いや、化粧を取っても美人なんやで。なあ?……士郎もそう思わへんか?」

士郎と呼ばれた天使が「うん」と答える。夜の闇に沈黙が戻ると雨の音が聞こえた。


中華街。昼食を食べに来たサラリーマンたちが店を選んでいる。女性が走って行く。そして叫び声。叫び声はサラリーマンの男性と女性の笑い声混じりのものの2つ。街の通りに次々に叫び声が巻き起こる。女性は走り続ける。女性の走る後ろには赤い血の花がサラリーマンの身体に次々に咲いた。

「ここか!」知流奈が通り魔の女性の居所を嗅ぎつけて走り寄る。

「ふふふ。あなたは、だあれ?」女性が振り返り知流奈に包丁を向ける。

「私は知流奈。あなたみたいな人を退治してるのよ」

「粘土細工の馬鹿娘が。くらえっ!」包丁が宙を飛んだ。知流奈の顔面に刺さる。ばこん。知流奈の顔面が砕けた。「はははははは」女性は高らかに笑って立ち去った。

苦しいよ。苦しいよ。私はこんなに暴力を振るう人間じゃないよ。苦しい。私が私じゃないよ。本当の私になりたい。なりたいのよ。

悪夢から目が覚めた午前4時。暗い部屋で混乱した頭で恐怖を感じながらライトを点けた。夢の中で私は暴力を振るい続けていた。何故、死んだのか。私が私じゃなくなったのか。随分と殺してしまった。いや、ひょっとすると助かった人も居たのかも知れない。いや、あれは夢だ。冬美は長い髪をくしゃくしゃに引っ張る。涙が頬を伝い嗚咽が漏れた。私は私が私じゃなくなる事に怯えている。最後に少女を刺したのだったか。それとも包丁は投げつけただけで地面に転がったのか。何故、あの子は私を見つけたんだろう。退治。少女は退治と言わなかったか?……私は死にたくない。人を殺したくない。でも殺してしまう。殺すぐらいしか生きてる実感が無いもの。自身の腕の自傷行為の痕が見えた。裸で眠ったのだ。冷えた空気が部屋に落ちていた。そう。私の感覚じゃ冷えた空気は魔の空から落ちてやって来る。パチッ。静電気のような音。体中が痒くなった。食べ物を食べずに酒ばかり飲んでいるからだ。歯を食いしばって叫ぶ。しかし、それは嗚咽にしかならない。やせ細った身体
は乾燥していた。尾てい骨がベッドの上なのに痛い。痛い。痛いよう。何故、私が取り戻せないの?……こうやって眠りから覚めたら正常なのに。旅をして通り魔になるなんて、どういう事なの?……私は死んだ人間なの?……本当に生きてるの?……実感が無いわ。無い。無いのよ。


家飲みをしている灰原と天使。

「つまり、こないだ助けた女子高生の春姫ちゃんみたいに何かに取り憑かれた人間が全国で通り魔になっとるんか?」灰原が煙草(たばこ)に火を点けた。

天使が梅のチューハイを飲みながら紙粘土で知流奈の顔を直している。「そやから、かなり難しいで。一人一人退治しとってもラチがあかん」

「本体をやれ、いう事か?」灰原が天井に顎を突き出すように煙草の煙を吐いた。そしてそのまま両手を畳に付けて天井を睨んで考えている。「そう言うてもな。本体なんて探し出せへんやろ。知流奈でも探せんのに。天使やっても無理かもな」

チューハイをちびりと飲んで天使が言った。「でも事件の起こった場所を点として線で結ぶと中心が見える。この地図を見てくれたら分かるわ」

「この山か」灰原が言うと天使が答える。「たぶんな」


一馬(かずま)は、小鳥をガス銃で撃ち落とすのに飽きると猫を狙うようになった。この少年は猫を銃では殺せないと知るとナイフを扱うようになった。そして猫に飽きると人を襲う小説を書くようになり、次第に人を襲いたいという願望を持つようになった。

殺人の小説を書いている時が幸福だった頃から、小説では満たされない想いを抱えるようになると、ナイフを持って街へと出て人を見るたびに、どうやったら殺せるかを考えるようになった。

そして眠りにつく前には「俺は何をしとるんやろ」と考えた。日々を生きていく事が怖かった。誰かに恐怖を与える存在になりたいと願った。それが一馬にとっての強さだったのだ。つまり自分の人生の未来に怯える彼の、心を満たす強さの証明が欲しかったのだ。

彼は小学生時代は虐(いじ)められていた。少し吃(ども)る事をからかわれたのだ。次第にアダ名まで付いた。ドーモ君などと呼ばれたりすると胸が苦しくなった。母は子育てに一向に構わない人で、祖母と一緒に居て、子供ながら彼は周りに気を使い、我慢の連続だったのだ。小学校は保健室登校で卒業したが、中学は行った事が無い。

ある日、猫の首を切り離していると彼の身体に忍び込む闇があった。これは影というよりはむしろ光だった。彼が強さに目覚めたのだ。将来まともに働けなくてもええやんか。まともに働けんでもええ。強けりゃええんや。ははは。強い。「俺は何しとるんか?……強くなっとるんや」独り言が空虚な廃墟に満ちた。猫を祭壇のようにした石の上にバラまくと彼は家へと帰りながら殺人の計画を頭に思い描いた。


布団にくるまっている痛々しい天使。「痛(いた)……」天使が頭痛が酷くて冷や汗をかいているのだ。呪いは時折やって来る。その間隔は次第に狭(せば)まった。灰原がお粥を運んで来た。「大丈夫か?……何の力にも成れんな。すまんと思っとるよ」項垂(うなだ)れる灰原に天使が「かまへん。それより知流奈と山へ行ってくれ」と言った。

TVで今起こった通り魔事件が報道されていた。暴れる少年が取り押さえられた姿がヘリコプターから映し出されている。知流奈が目を細めて少年を見つめる。「あの子、随分、猫を殺してるのね。神様に捧げてるみたいよ」

「悪魔の間違いちゃうんか?」と灰原が尋ねる。知流奈は「うん。似たようなモンだよ」と答えて聡が取り組んでいる積み木の遊びに戻った。その姿にため息を吐くと灰原は鳥肌の立つ腕をさすった。知流奈は、やはり人間じゃない。だから時折怖くなる。私は紙粘土細工の少女に怯えている。目を閉じると聡が灰色の塊になって死んでいるのが脳裏に浮かんだ。また死ぬんだろうか?……根拠の無い不安がこみ上げる。


山に繋がる一本道。

「冬美さん。通して下さい」知流奈が言った。灰原は腕時計を剣に変える。

冬美は笑った。「何度でも殺してあげる。知流奈ちゃん」

「私の名前を知ってるの?」知流奈が目を細めて睨む。

「ははは。そんなに怯えないでよ。紙粘土細工のアンタの方がよっぽど怖いんだから」冬美は包丁をバッグから取り出す。

「似合っとるな。包丁」灰原はワザと場違いな事を言う。「包丁を使ってるつもりが使われとるんやろ」

冬美は豹変した。「アンタに何が分かるッ。アンタなんかに自分がコントロール出来なくなる怖さが分かるもんですか。分かってたまるか!……ははは。誰の言葉なんだろう?……ははは。ははは」

私が剣で刺しに行く。包丁で受け止めて流す冬美。怖い。狂気に満ちていて力強い。これが負のパワーか。

パキッ。ガラスで出来ているかのように剣が折れた。金属片が飛び散る。

そして冬美が包丁を私のお腹に突き刺した。そう思った。

しかし、違ったのだ。腹部を刺されて天使の羽根が舞い散る。
「士郎ぉおおお」私は天使の肩を掴んで名前を叫ぶ。

知流奈が霊気を銃に集めている。この場を吹き飛ばすつもりだ。駄目だ。それだけは。

天使の腹から包丁を抜き取る冬美。血が噴き出して植物の蔓(つる)のように伸びていく。天使が倒れた。

私も共に倒れる。

知流奈の銃口に集まった光が大きくなる。

冬美は包丁を自分の首に当てた。なんで、私が死ななきゃいけないのよ?……でもさ。さんざん殺して来たから。さんざん。殺したサラリーマンたちの死体の山が見えるわ。あの死体たちが私に縋(すが)り付いている。怯えた表情で私を殺そうとしている。私も怯えて彼らに殺されるのは嫌だから怯えて殺す。死体が死体を殺すのよ。そう。私は死んでいたようなものなの。生きてる実感なんて無かった。死ぬのと殺すのは同じなのよ。そうだわ。きっと、そう。そうなの。あああ。怖い。なんで?……怖い。生きるのが、とっても怖いのよぉおおおおおおおッ。

冬美の喉から赤い血流が宙を舞う。

死体となった冬美に向かって知流奈は霊気の銃弾を浴びせた。たぶん死んでいたのは分かっているのだろう。それでも生みの親の天使を殺されたのが悔しくて、そうしたのだ。灰原は知流奈も怯えているのだと知った。肉親を殺された紙粘土細工の少女の怯え。明日にも、粘土が崩れて修復する技能を持つ者が居ないままゴミとなる可能性だってある。異次元へと消え行く死んだ天使の姿を見つめ、そんな怯えが心を支配するのだと灰原は感じていた。

山道を進む。羊歯(しだ)の生い茂る中を細く道があるのだ。知流奈が先を進む。灰原が後ろに続く。ぼうっとした霧の中に入ると山は魔物の支配する世界なのだと感じる。何故、知流奈と私なのだ。天使と私ではなく。白い闇とでも言おうか。濃い霧は視界から全てを奪う。その白さの中から人影が現れた。

「春姫……」思わず灰原が呟(つぶや)く。

制服姿の女子高生が山道に佇(たたず)む。ゆっくりと灰原たちを見つめる。パチッ。電気が弾けた音がした。知流奈の銃が奪われて山道の奥、女子高生の春姫の背後に落ちる。

「あの時、助けられなきゃ良かった。だって、今、人を殺す事が本当に楽しいもん」春姫の凍りついた笑い。ゾッとした。私は殺されるだろう。知流奈の首が春姫の手でもぎ取られる。そして足で頭部を踏んで砕く。本当に紙粘土で出来てたんだ。実感する。私は、もう怯えで混乱していた。あまりの恐怖で自分をどこかに飛ばしたのだ。

羊歯の間を進み近付く春姫のスカートがひらりと動くのを見る。女子高生に殺されて人生を終えるのか。

ドサッ。突然、女子高生の春姫が倒れた。半分だけ残った知流奈の頭部が飛んで春姫の足首に噛み付いていた。
私は我に返って知流奈の銃を拾いに走る。春姫が知流奈の頭部を手で引き剥がそうとしている。

パァン。閃光が銃口から飛び出して春姫を砕く。

春姫に取り憑いていた悪魔が影となって冥界へと逃げて行く。

その瞬間死の世界に居た天使の士郎が悪魔の両眼を指で突き刺した。そして苦しむ悪魔を抱えて空を飛んだ。私に親指を突き立てて空へと去って行く。見えていた異次元空間は直ぐに消えた。あいつ異次元で生きとるんやッ。くそっ。心配させんなや。笑みがこぼれた。

私は、その後、知流奈のバラバラになった身体を拾い集めて山を降りた。そし何年か掛かって知流奈を紙粘土で補修して生き返らせる事に成功した。何度も挫けそうになる私を励ました息子の聡も、大きくなっていた。桜の花びらの舞う春風の吹く中で中学生になった聡が知流奈に手を振った。小学生の身体のままの知流奈が手を振り返す。私はこの子の何に怯えたというんだろう。恐らくこの子の中に私を見て怯えたのだとも思えてくる。怯えたら周りに助けを求めれば良いんだ。そんな単純な事に気付いたら春風は一層、私の背中を押した。

(了)









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