小説『瞑想と絶対美』
徳村慎
座禅を組んで丸一日が経つ。そんな最中に隣の部屋でタルバン星人がこの船に火を放った。まさか、自分が死ぬとは思っていなかった。でも運命だと悟った。火もまた涼し。それにしてもタルバン星人は息が臭いから、あいつの匂いを嗅がずに済むな、と考えた。タルバン星人は4つ有る脇のワキガも臭かったし、食べる物はドリアンやスルメに納豆だから体臭も、かなりのものだったのだ。部屋に入るとタルバン臭と呼ばれるものが立ち込める。黄色く霞(かす)んでいるようにも感じる部屋には誰も入りたがらない。
「起きろ、ザビルヌト。火が回ってんだッ。起きろっ。起きろったらッ」ダカパ星人の元恋人アサミが耳元で叫ぶ。ゴスロリの格好で耳が尖り、頭の上にもウサ耳が生えている。ゴスロリはダカパ星人の正装にして普段着でもある。これ以外の服を着たダカパ星の女子高生は絞首刑になったと聞く。
僕が目を半眼にしたまま、ぼんやりした声で答える。「これも……運命やな」僕1人地球人だ。アサミは生きろよ。いや、一緒に死にたいのか?
「何言ってんだよッ。この船はザビルヌトしか運転出来ないんだぞ!……お前が死んだら皆んな惑星タニタルスに取り残されてアジタバラの餌食だぞ!」
アジタバラは3つの頭を持ち百もの足が有り、胸から鋏(ハサミ)の生えた怪物だ。「殺されても……ええやん」瞑想中の脳内の、ぼんやりした領域で答えている。僕は死んで宇宙と一体に成るのだ。それを邪魔しないで欲しい。
アサミは怒った。「じゃあ、アンタなんか殺したる!」椅子を持ち上げて僕の頭を殴りつける。血が美しく飛ぶ。壁には血で出来たアクションペインティング。痛みが有るのだが、別の領域でしか感じられない。「ころ……せ……」僕が倒れながらも半眼で訴える。
アサミが駆け寄って僕を抱き締めた。「殺せるわけないじゃんッ」
ハゲ星人クタニスが部屋に入って来た。「アサミっ。俺と行くのか、此処(ここ)に残って死ぬのか、今、選べよ」ハゲ星人は頭がスキンヘッドだ。緑色の身体をしていてアソコの棒は2本生えているらしい。
「私……どうしよう?」アサミがウサ耳を萎(しお)れさせて泣き崩れる。
「行け。ハゲがええんやろ?……夜も……ええんか?」僕は倒れたまま座禅組んだ。「ええよ。アンタより、ずっとええんよ。でも、ホントはアンタに、あんな事、して欲しかったぁッ!」アサミが叫ぶ。
アサミがキスをして僕は目を閉じて微笑む。炎が僕の身体を包んだ。アサミが離れていても感じられる。生きろ。……いや、この惑星で皆んな死ぬのか。すまんな。
熱い炎。此処から僕の連想が始まった。死ぬ前の連想だ。何故炎が熱いのか。熱く感じる生き物が居るからだ。もしも生き物が居なければ誰も熱いとは感じない。太陽の近くに誰も住んでいないならば太陽は熱くないのだ。
恋愛も近くに誰もいないならば、どれだけ美しい女性が居ても無いのだ。女性が1人しか居ない世界で男ばかりならば、その女性はさぞかしモテる事だろう。美とは相対的な物である。
相対的な美が必要な人類は絶対的な美を理解出来るだろうか?……これは難しい。誰もが感動するような美とは何か?……うぬぬ。難しい。しかし、考えていれば炎は熱くない。
僕が目の離れた女性が好きだと語っても、それは絶対的価値ではないのではないか?……では精神的なものが絶対的であるか?……それも違うだろう。精神的な価値など文章力や会話の力に集約される。ではお笑い芸人が一番精神的だと言えるではないか。まあ、僕はお笑いが好きだから、或る意味正解なのだが。
地球は美しい星です、とは地球人の言い分だしな。自分の星を愛するのは当たり前だ。一番美しいのは太陽かブラックホールか?……違う。何の変哲も無い星が一番だろう。美が相対的であるならば何か1つ突出した星は違うだろう。しかし突出は絶対的ではないのか?……うーむ。いやいや、絶対的価値で星を選ぶ事は神の世界だ。全てを持つ星こそが絶対的な星だ。しかし全てを持つとは?……それは不可能だ。不可能な星なのだ。
全てを兼ね備えた人間など居ない。顔が可愛くて歌が上手くて性格が良くて頭も良くて何でも出来る……。居るか。居るな。うん。でも顔が可愛いってどっち方向によ?……やっぱ巨乳が良いのか?……やはり、それも兼ね備えた方が完璧だな。身体の周囲に乳房を百ぐらい移植して頭も10ぐらい植え付けたら完璧かも知れない。これぞ究極の美だ。しかし、それは地球人の目には悍(おぞ)ましい姿に映るだろう。本物の美、究極の美、絶対美を理解するには、まだ100年は掛かるだろう。
ザビルヌトが死と引き換えに願った種族の姿が宇宙の願望次元波に影響して多次元構造の惑星進化曲線を曲げて地球人の母胎から絶対美の少女たちが次々に産まれた。最初は地球人たちは奇形だと騒いだが何年かそれが続くと騒ぎも収まり、100年後には美少女と呼ばれるようになった。彼女たちをアイドルと崇める信者が増えていく。全宇宙に信者が広がった。歌って踊って何でも出来るアイドル『IppaiPai』として彼女たちは全宇宙で知られる存在となった。
そして地球に訪れる宇宙人たちが増え続けて、やがて『IppaiPai』の居る地球を略奪しようと企む支配者が宇宙から次々と現れて宇宙は戦争状態になった。
絶対美を求めると戦争が起こるのだ。しかし、このままではいけない。「戦争やめようキャンペーン」を『IppaiPai』が歌って踊って推し進めた。5年後にようやく戦争が終結した。信者たちは『IppaiPai』が戦争を終わらせたと語る。一方、信者でない者たちは『IppaiPai』が戦争を引き起こしたのだと語った。
信者たちは絶対美の絶対性を訴えて逆らう人々を殺して回った。
そんな中で少女ラミナは絶対美反対勢力の生き残りとして戦っていた。「頭は1つオッパイは2つ」をスローガンに掲げて銃を手に持ち火薬の煙に塗(まみ)れて黒い顔で。
ラミナの住む街に火が回った。長老が座禅を組んでいた。「長老ッ。逃げようよ」ラミナが耳元で叫ぶ。しかし長老は静かに微笑んで語った。「やはり、オッパイは、いっぱいがええんじゃ……」街が破壊され尽くしてラミナが捕らえられた。
ラミナは檻の中に入れられて見世物小屋に売り飛ばされた。「はいはい。見てビックリ聞いて驚き、なんとこの檻の中の少女は頭が1つオッパイが2つしか無いときたもんだッ」見世物小屋には長蛇の列。列に並んで裸の少女を見た美学者オリオンが言った。「これぞ、絶対美」そして反感を買った美学者が宇宙の果てに島流しにされて断食と座禅の果てに死んだという。奇形少女ラミナは見世物小屋で宇宙中を巡り回って人生を終えたという。時代が違えば美少女で通ったであろうに。絶対美とは何であったのか。
(了)
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