B小説『カバジラvsパンダランテ』 | まことアート・夢日記

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夢日記、メタ認知、俳句モドキ、詩、小説、音楽日記、ドローイング、デジタルペイント、コラージュ、写真など。2012.1.6.にブログをはじめる。統合失調症はもう20年ぐらい通院している。

B級小説『カバジラvsパンダランテ』
徳村慎


食虫植物をご存知だろうか。虫をネバネバした植物が捕らえて栄養分にするらしい。或いは液体の入った袋に沈めて栄養分にする。バシリと素早く葉を閉じて虫を捕らえる物まであるという。皆さんも、お店の観葉植物コーナーで見かけているかも知れない。この話は、巨大な食虫植物のような怪物の出て来るお話である。

古書店街で知られる神保町。滋賀老人は古書店を営んで何十年にも成るベテランだ。本好きが昂(こう)じて自らも何冊かの本を手掛けている。

ぼんやりと江戸時代の図譜を見るとも無しに見ていた。ながら作業用のBGMとして掛けている地デジの放送がTVに映る。ああ、熊野は台風なのか。暴風と暴雨に包まれた熊野に想いを馳(は)せるには理由が有る。熊野の地で南方熊楠が見つけた植物の種が、本の間に挟まっていた封筒の中にあったためだ。

南方熊楠は田辺に住んでいた知の巨人である。熊野の海や山を駆け巡り動植物の標本を集めた事で知られる。博学で様々な伝説などにも通じていた。有名な著作は『十二支考』だ。十二支にまつわる話を書くという本なのだが、博覧強記の彼が脱線して語るさまが面白い。

その南方熊楠が「人類にとって危険過ぎる」と言って焼き捨てようとした植物『パンダランテ』の種子。その種子の挟まっていた本には、毛筆で日本の古代文字らしき文字や漢字などに混じってアルファベットも見られる。これは誰が著(あらわ)した物かは判然としないのだが、付属の手紙には熊楠が焼き捨てようとした経緯が記されていた。

植物の種子を摘まんで眺めてみる。アーモンドをひと回り大きくしたような種子。乾燥していて標本としては合格なのだろう。滋賀老人は標本についての詳しい知識が無いため、それ以上の事は分からなかった。

種子を置いて、遅い動きの大型台風の予想進路が示されるTVに見入る。その時だった。走って入って来た子供が机の上の種子を掴(つか)んだ。

「爺さんや、貰(もら)ってくのぉ」子供が発したのは方言だ。その顔を見て腰を抜かしそうになった。顔の真ん中に大きな目玉がひとつ。絶句する滋賀老人を尻目に子供は種子を持って走り去った。

夜の雨空を駆ける影。翼の生えた猫だ。黒猫族の集会が終わったのだった。普段は折り畳(たた)んでいる翼を伸ばした黒猫が呟(つぶや)く。「やれやれ、今日は、飲み過ぎたわいナ」魔界と人間界を結ぶ機関『呪結(じゅけつ)』の選出議員である黒猫たちが集っての定例会。その決議の後は決まって飲み会に成る。この黒猫は少々飲み過ぎたようだ。

黒猫が空から遥か下の地上を見やると、藍染(あいぞめ)の闇に紛れた衣装の人間どもが動いていた。

「ちっ。怪しいモンだぜ。確かめっかい」音も無く急降下して地上に降り立つ。

雨風の音に混じって人の声が聞こえた。「なぁ、このタネを植えたら、人間界は、ホンマに、わしらのモンかぇ?」

「嘘は言わんわ。教祖様が仰(おっしゃ)られた通りじゃ」

「そうやぁ。ワシら富衣麦教(とんころむぎきょう)は妖怪たちと手を結んで世界を支配するんや」

黒猫は身体を大きくした。闇夜に混じるほんの僅(わず)かの微粒子ダークマターを異次元から引き寄せて体内に取り込み、急速な細胞分裂により身体の大きさを変えたのだ。ライオンほどの大きさと成って吠える。「ガウォぉおおおおぉ!」

その声に震え上がる者たち。「なんじゃ、この化けモンは!」「ひぃいッ。殺されるッ」

その内の、ひとりが熊野川へと種子を取り落としてしまった。種子は雨で水嵩(みずかさ)が増した川へと消えた。

これで良い。あの種子は厄介な魔力を持っていたからな。そう考えて大きな黒猫は空へと戻る。雨空へと飛んで行く巨大な黒猫を、腰を抜かした人間たちが見上げていた。

台風の近づく熊野川河口。あの種子は川に流され死ぬどころか目覚めた。川から這い上がった巨大な植物が近くの工場に直径80cmはあるだろう蔓(つる)を伸ばす。メリメリメリ。工場のパイプが締め付けられて煙が出る。工場の金属などがネバネバの蔓の先に絡め取られて液体の入った袋へと投げ込まれる。なんと、その袋は、5mぐらいの高さがある。蔓と袋は何個もあるようだ。いや、何百、何千だろうか。よく見ると蔓が伸びて新たな芽を出して6秒ほどで袋が5mに膨れ上がるようだ。やがて街は巨大蔓植物に覆われていった。

怪奇系古代生物学者三浦晴矢(みうらはるや)が、どんな除草剤も効かないパンダランテの退治を三重県と和歌山県の両県から依頼されたのは、台風が熊野灘にとどまったその日であった。なんとパンダランテは三重県側から大きく育ち熊野川を挟んだ和歌山県側にまで広がっていたのだ。熊野川の河口域は巨大植物パンダランテて覆われた。

三浦は雨と風で全身ずぶ濡れになりながら、パンダランテの前で両県職員の見守る中で祝詞(のりと)らしきものを唱えている。

「パンダランテよ。我(われ)の集めし聖水を浴びるが良い」瓶の口を開け、薄黄色の半透明の液体をかける。

職員の1人が声をかけた。「先生、聖水の成分とは、どのような、ものなんでしょうか?」

「キリスト教系の学校の生徒、つまりミッションスクールに通う麗しき処女の聖水じゃ。すなわち……」職員たちは、この後の言葉を聞かなかった事にした。

その聖水を浴びたのが良かったのか悪かったのか暴風雨の中でニョッキリと育った蕾(つぼみ)から花が開く。パンダの顔にも見える花だった。

怪奇系古代生物学者三浦晴矢が深刻な顔で呟く。「残念じゃが、遅かった。聖水の効果があるのはパンダランテが幼体の時のみ。これを止めるには……あの怪物を目覚めさせるしか手は無い」

職員たちは雨に打たれながら尋ねる。「その怪物とは?」

「カバジラじゃ。その怪物は、うわぁァああああああああああああァっ!」パンダランテの蔓が伸びて学者の三浦を絡(から)め取り袋に入れた。袋から断末魔の叫びが聞こえた。「溶けるぅううううううッ」

職員たちがあっけに取られている間に人影が近づく。かなりの美少女だ。10歳前後だろうか。

「キミ、キミ、危ないから近づかないで。この植物は人をも襲うんだ。危ないからッ」若い男性職員が声をかけると美少女は振り向く。

良く見ると美少女の耳は尖っていて、更に猫耳が頭の上から生えている。ニッと笑って「大丈夫。退治屋だから」と答える。

そして雨の中で美少女が笛を吹いた。三重県の職員から口伝えで聴き、音楽を余り知らない筆者が書き留めた相対音では、およそ、このような音楽である。ドシラん、ドシラん、ドシラソ、ラシドシ、ラん。言いようの無い大地の鼓動が込み上げて来るような笛の音。実は、これこそがカバジラを呼び出す音楽であったのだ。

ザブーン、ザブーン。荒れる海原(うなばら)の彼方(かなた)から大波を掻(か)き分け、ずんぐりとした身体に似合わずクロールで陸地に近づくカバジラ。カバジラはカバの顔をした恐竜だったのだ。ただし全体が、ずんぐりとして、ぬいぐるみっぽい。

カバジラが海から新宮の街に上陸する。パンダランテが蔓を伸ばしてカバジラの全身を包もうとしている。

カバジラが放射能光線を口から出した。パンダランテの蔓が燃える。

「キュババぁッ」パンダの顔をした花が叫ぶ。

カバジラはパンダの顔に跳び蹴りを加える。

パンダランテの花は首から折れて千切れ飛ぶ。暴風雨の中で雨が飛び散る。しかし、次々に蕾が開いてパンダの顔が花開いていく。

蔓でカバジラの身体を縛り、5mの袋から金属や動物などを溶かす液体を上空から降りかける。

「あちちちぃッ」
カバジラが叫ぶが蔓は外れない。

猫耳の美少女が笛を吹きエネルギーをカバジラに送り込む。仏教における真言や声明(しょうみょう)、キリスト教の中世教会で歌われたグレゴリオ聖歌のように音楽が人間やカバジラに神秘の力を与えるのであろう。

カバジラは、グロ○サンかユ○ケルを飲んだかのように力漲(みなぎ)り蔓を千切って自由の身となる。雨が千切れた蔓とともに弾(はじ)け飛ぶ。

カバジラが叫ぶ。
「延髄斬(えんずいぎ)り!」カバジラの蹴りによってパンダの顔をした花が次々に千切れ飛ぶ。果たして花に延髄が存在するのかは定かでは無いが。

最後に残ったパンダランテの花が目からレーザーを放つ。パンダランテの花の内部にギャビティと同構造の鏡質に成った物質が存在して、電磁波を反射させて増幅していたものであろう。

カバジラが間一髪避(よ)ける。「危ないぎゃあッ」語尾が名古屋弁に近い。

カバジラの前蹴りでパンダランテの花が揺れた。暴風雨は力を増すばかり。職員たちは両腕で身体を庇(かば)いながら見守る。

放たれるレーザーを素早く避(よ)けてカバジラが駆け寄る。

「コークスクリューぅッ!」
カバジラがパンダランテの顔面を完璧に芯で捉えた。

「ぐふうッ」パンダランテの花が水飛沫(みずしぶき)を撒(ま)き散らし、白眼を向いて気絶する。

急に台風が消滅した。神がカバジラがパンダランテに勝利した事を祝福しているのであろうか。空の分厚い雲の隙間(すきま)から青空がチラリと見えた。光が地上に降り注ぐ。

いきなり、パンダランテの花が枯れて向日葵(ひまわり)のような種子を作り、空高く撒き散らす。何百もの種子は世界中に広がったと思われる。

カバジラは戦いを終えて海の彼方へと平泳ぎで泳ぎ去る。流石(さすが)に戦いの後では疲れが出てクロールは出来ないのであろう。

猫耳の美少女はピョンピョンと跳(は)ねて建物の上に乗り、屋根伝いに跳(と)んで山の方向へと消え去った。

残った職員たちは感動の余り涙を流して喜び合う。「ほんま、良かったなぁ。ほんま、良かったでぇ。もう、どうしょ~か、おもた(思った)もぉん」「やっばかったなぁ」「いやぁ、日頃の行いええんやで。熊野の人間は日頃の行いがええから、神様、助けてくれたんやで」

こうして巨大な食虫植物に似た怪物は死んだ。しかし、種子が世界中に散らばった限り、何十年、いや何百年後には復活するかも知れない。それに今回はカバジラが助けてくれたが、復活した時にはカバジラは居ないかも知れないのだ。我々人類は、怪物が復活しない事を祈り、平和への感謝を捧げよう。人類に出来る事など限られているのだから。

尚、このお話は一般的にはフィクションの都市伝説として伝えられているものの、熊野に暮らす人間には、本当に起こった事件として知られている。政府のメディア統制の緘口令(かんこうれい)により一切ニュースには出来なかったため、熊野の人間以外には知られていないためである。

(了)







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