小説『チギッたら俺らの勝ち』
徳村慎
*公道での危険行為は法律で禁止されています。この小説に書かれた世界は、あくまでもフィクションです。公道では制限速度を守って、小説に書かれた危険行為を決して真似しないで下さい。
三神兄弟と言えば、地元では、ちょっとは知られた存在だ。……うん。あくまでも、地元では。(汗笑)
とある、悪いと言われた一時代がありまして、その時代でも、かなり悪いと噂(うわさ)される高校を卒業して三神兄弟は車をブイブイ言わせていたのだ。
「何、あの頭ァ?……見てェよ。あり得へ~ん」夕方、学校帰りの地元の女子高生達が口元に手を当ててブリっ子を演じつつ三神兄弟のリーゼントを見ている。
車から出て、コンビニに降り立つ三神兄弟は、褒められたと思い込み、2人共、ポケットから櫛(くし)を取り出して整(ととの)える。兄貴のランエボは公道バトルで接触して来たGTRと共に宙を飛び廃車。弟のシビックは峠に現れた鹿が当たって廃車。従って彼等が乗って来た自動車は何処(どこ)にでも在(あ)る単なるコンパクトな軽自動車ア○トだった。最近ではウザ可愛いキャラのベッ○ーがTVCMで宣伝している車だ。(大汗)
其処に現れたのが「歯抜け100キロ爺い」の異名を持つ猿田だった。彼は「どんな道でも100km/hで走る事が出来るんやぁ」と豪語していた。今日は何故か、物凄く洗練されて都会的な美人茶路(ちゃろ)を、愛車の軽トラに乗せていた。都会ではモデル活動をして居て、時折、此(こ)の田舎(いなか)熊野に帰って来るのだ。
「よぉ。三神兄弟よぉ。アンタら、ワシには勝てへんわなぁ」
猿田の言葉に、眉間には皺、こめかみには青筋(あおすじ)を立てまくり、両拳(りょうこぶし)を固く握り締めて、全身を怒りに震わせながら近付く三神兄弟。
「はぁ?……こんな軽トラで誰に勝てる言うんじゃ?!」と弟が怒鳴った。
熊野弁にも様々な種類が有る。山奥ではお爺さんが語尾に「じゃ」を使うのだ。普通なら「じゃ」は奥ゆかしい物の言い方で、アニメの「日本昔話」等(など)を彷彿(ほうふつ)とさせる物だが。普段は「や」「やよ」「やん」「やな」「やわ」「やし」等を語尾として使う三神兄弟も怒りで地が出ると「じゃ」に変わる所を考えると「や」の最上級の罵(ののし)り状態が「じゃ」では無いか?……とも思われるのだが、其れは人文科学で言語学や方言を研究していらっしゃる方に意見を譲るとして話を進めよう。
兄貴も黙っては居ない。「そんなんやったら勝負したろか?!」
「歯抜け100キロ爺い」の異名を持つ猿田は、「俺は元レーサーやんか?……勝てるもんかよ」と言い放つ。
兄貴が冷たいジト目で静かに言う。「……その話は聞き飽きた。レーサーに成ってからアメリカに渡って宇宙飛行士と一緒に訓練したんやろ?」
「そうやぁ」と胸を張る、間抜け。いや、違った……歯抜け。
軽トラの助手席の美人の茶路も言う。「その後、アメリカの大統領のボディーガードに成った後、引退して造園業をやっとるんやよね?」美人もジト目が怖い。
三神兄弟の弟もジト目に成って言う。「今は、桜や松の木なんかがドバイで高値で取引されとるから、俺は本当は大金持ちやってか?」
歯抜けの猿田は間抜けな顔で抜け抜けと嘘を重ねる。「ほぅやぁ。んでもな、俺の親父の遺言でな、金持ちに成っても真面目に生きとるフリをせなアカンねんなぁ」
三神兄弟と美人が、3人共ジト目で声を揃(そろ)えて「ほぉ~。そうなんやぁ~」と心が籠(こも)らない感じで相槌(あいづち)を打つ。
「なんやぁ?……勝負したいんかぁ?」と歯抜けの猿田は言う。煙草の煙を鼻から吐き出しながらハンドルを軽く叩いた。
「じゃあ、この峠で勝負したるわ」と三神の兄。
「はぁ?……此の道は狭いわな。抜くトコあらへんぞ?」と軽トラから夕闇が深く成った道の向こうを目を細めて見つめる猿田。
「俺らがチギッたら、俺らの勝ちや。アンタが、くっついて来たらアンタの勝ちで、ええわ」と三神の兄が腕を組んで、顎先を軽トラの運転席の猿田に向けた。
「じゃあぁ、勝負したろかぁ。しゃあないなぁ。若いモンが俺と勝負出来るやなんて、幸せやでェ?」
猿田はブオンブオンとアクセルを吹かせる。
「じゃあ、ルールを説明するで。此の峠は小学校前の信号からは山の中に信号は無い。高速コーナーのステージは対向車線が在(あ)る。対向車線が無い民家ゾーンを抜けて、砂防ダムの2連ヘアピンからワインディング(峠道)に突入する。製材所の辺りから再び対向車線が在る。此れが登(のぼ)りゾーン。登り切るとトンネル。トンネル内も対向車線が在る。此のトンネルはメインストレート(直線)で路面がドライ(乾いている状態)やったら軽自動車でも踏めば140km/h迄出せる。(軽自動車は140km/hでリミッターというエンジンブレーキが掛かる仕組みだ。)トンネルを抜けて暫(しばら)く進むと対向車線の無い下(くだ)りのテクニカルコースからワインディングに入る。ワインディングの終わりに民家の在るトコに出る。"母さ○の店"っていうのがゴールや。俺らの乗るアル○がチギッたら俺らの勝ち。アンタの軽トラがくっついて来たんならアンタの勝ちでええわ」
美人の茶路が声を掛けた。「ちょっと待って。誰か証明する人が必要でしょ。公道バトルのドライバーの助手席には、お互いの仲間を乗せないと証明に成らないわよ。だってチギッたフリして、どっかに隠れて、後になって、待つのが嫌だから動いた、なんて言われてもダメでしょ?」
「それも、そうや」と言いながら伸びをした三神の兄貴の、右足の、ふくらはぎが急に、こむら返りを起こす。「アイタぁあああああああアぁッ!!」
「どしたん?」と三神の弟。此れは"どうしたの?"という意味の熊野弁だ。
「こ…むら…が……え……り」途切れ途切れに言う三神の兄。冷や汗をビッショリ額にかいている。
「んじゃ、兄は軽トラで猿田さんの助手席でええか?」と弟。
「ばん……が……れ……」ガクリと『北斗○拳』ばりの死の表情で言う兄貴。
急に劇画タッチに荒々しい表情で叫ぶ弟。「あぁァにきぃィいいいいいいいいッ!!」
美人の茶路がジト目に成りつつも、冷たい表情を保てずに噴き出してから三神弟の助手席に乗った。窓を開けて後ろの軽トラに叫ぶ。「今夜、レースに勝った方に私をアゲル❤︎」
小学校前の信号を過ぎて高速コーナーへと突入するアルト。離されて軽トラの姿が有る。神社前の直線を通り過ぎ、板金屋前のコーナーをクリアして行く。此処から狭いコーナーながら70km/h程度でも走れる高速コーナーだ。その後は少しの直線。過ぎたら本格的な高速コーナーへと突入する。バックミラーを見ずに飛ばす。それでも安全圏を保ち、余り対向車線側には入らない。
高速コーナーから民家ゾーンへと入った時に、三神弟はバックミラーを見て気付いた。「アレ?……付いて来て無い?」
助手席の美人も振り返る。「……うん」
速度を落として徐行しながら言う三神弟。「事故ったかな?」
俯(うつむ)いて笑いを堪(こら)えながら額に手を当て「ゔ~ん」と唸(うな)る美人の茶路。指が長くて、こんな表情でも美しい。
三神弟が路肩に停車してソワソワする。兄が助手席に乗っている車が事故を起こしている可能性。……それも有る。でも、本当は、美人を助手席に乗せて夜の車内に2人きりという状況にかも知れない。「戻りますぅ?」と茶路をチラリと見て言った。見続けると心臓の高鳴りが相手に知れそうで怖い。いや、怖い、とは、ちょっと違うのかも知れない。けれど味わった事の無い緊張感だ。コレって恋?→乙女かッ。(笑)
取り敢えず電話を掛ける。三神弟は兄に、美人の茶路は猿田に。
「あはははは。あのな、猿田さんな、道に迷った!」電話か
聞こえる兄の声に三神弟は額に拳を当てて吹き出す。
猿田に向かって「はぁ?……迷う様な道ちゃうやろ!」と電話口に怒鳴りながらも顔が笑っている美人。
その日は何となく公道レースはお開きに成った。美人茶路は「私をアゲル❤︎」と言ってくれたのだが、三神弟は「いや、レースに成って無いし」と断った。
翌日、仕事を終えて帰った。職場は山の中に在るので、昨夜のレースの道を逆に行く事に成る。しかし、まだ陽は沈んでいない。完全に陽の落ちた夜と違い対向車がライトで確認出来ない事から右コーナーはクリッピングポイントに余裕を持たせる必要が有る。
兄を助手席に乗せて流して行く三神弟。「母さ○の店」を過ぎて少し行くとワインディングに入る。其処にはエスケープゾーン(狭い山道で車をかわす空間)が在るのだ。其処に軽トラが居て、三神兄弟の乗るアル○を猛然と追い掛けて来た。
「ほう。速いやん、あの軽トラ。先に行かせるか?」と弟が尋ねる。
「いや、ええやろ。お前の腕で離せるか?」と兄が何故か後ろを確認してニヤリとして言った。
ワインディングを走っていて気付いた。後ろの軽トラはラインをトレースして居る。「ヤバいな、振り切れんぞ」と兄。「ふん。じゃあ、アレを使うか」と不気味に笑う弟。
ワインディングの頂上近く、テクニカルコースに入る。岩の壁が露出した非常に狭く難解な道だ。ワザとラインを間違えて走り、アウトインアウトで岩付近を通過出来ると見せ掛けて岩に当たるラインを選ぶ。左に在る岩の手前で急ブレーキを掛けて右左に素早くカウンターを当ててクリアする。後ろの軽トラはガリッと音を立てた。少し岩に擦(こす)れたらしい。トンネル迄に引き離していたので流石に恐怖を感じて付いて来れ無いだろうと弟は考えて、トンネル内は、アクセルを緩(ゆる)めて80km/hで流す。
するとトンネルで後方から猛スピードで次第に軽トラが追い付いて来た。追い抜きに掛かった軽トラはノーズをアルトの後方に並ばせた。アクセルは踏んだまま、徐々に右に寄せて行く三神弟。
ザザン。右スペースが狭くなったのにブレーキが遅かったらしい。音を聞く限り、軽トラは右をトンネルの歩行者用に少し高く成った壁に擦(こす)ったらしい。→まぁ、歩行者など居ない山道なのだが。(汗笑)
軽トラはクラクションを鳴らして左右に車体を振って煽(あお)る。怒りを露わにした姿に噴き出す三神兄弟。
トンネルを出て下りは、なるべく対向車線を少し跨(また)ぐ形で軽トラが前に出るのを塞いだ。
製材所を過ぎて対向車線が無くなったワインディング。またライントレースをして来る軽トラ。其処で、再び岩アタックを咬(か)ます三神弟。今度のコーナーは厳しいラインだ。突っ込み過ぎると避けられ無い。
ドォン!
強い衝撃音が聞こえた。三神の兄貴は助手席の窓から首を外に出して振り返り爆笑している。「あはははははははッ。……猿田のオッサン、事故ったァ!」
弟が気付く。「え?……アレ、猿田の爺さんなん?……どんな道でも100km/hで走れる、歯抜け100キロ爺い、と呼ばれとるのにィ?」事故を起こした軽トラ乗りを、小馬鹿にした兄弟は目尻に涙を浮かべて笑う。
其処から、又、流して居た。なんと、しぶとい!……高速コーナーで追い付いて、まだ勝負しようとする軽トラ。車体に傷が入り、片方のヘッドライトは点灯して居ない。高速コーナーは車線の上の真ん中を走り、軽トラが前に出るのを防ぐ。左コーナーの手前でワザと少しゆっくり目に走る三神弟。右に並ぶ軽トラ。
此の左コーナーを過ぎれば直線が在る。此の立ち上がり勝負で直線を抜ければ右コーナーだ。此処で右に並んだまま仕掛ける気だろう。其れは読めて居た。だからこそワザと遅く走ったのだ。
左コーナーを曲がらずに軽トラを右に並ばせたままで直進する。詰まり、ワザとアンダーに走る。そして左コーナーの道ギリギリまで行ってフルブレーキングで減速。ゆっくりと直線を走り出す。
軽トラは道が無い所に突っ込んだらしい。もう、付いて来れ無かった。(汗笑)
買い物に来たスーパーの屋上の駐車場で兄に電話が有った。どうやら美人茶路の声らしい。「ちょっと待っといて」と兄が言って笑う。
ガラガラガラガラ。
軽トラがボロボロになり、FRPパーツの部分だろうか、地面に擦れて音を立てている。美人が少し青ざめた顔で軽トラの助手席から降り立つ。
三神弟は「あ。あの……貴女が乗っとるなんて知らんかったもんで」と謝ったが、美人に平手で頬を叩かれた。未だ気が済まない感じなので申し出る。「腹も一発殴って下さい」腹筋を固めると美人の拳骨(げんこつ)が当たった。「お尻も」と後ろを向いて蹴り易い様に少ししゃがんだ。尻に蹴りが入った。
三神弟が立ち上がって振り向き、広げた右手を差し出す。
「なんや、それは?」と美人が怪訝(けげん)な顔で言った。
「仲直りの握手」
三神弟と美人が握手を交わした。パチパチパチと三神の兄貴が手を叩き、歯抜けの猿田は右腕を両目に当てて泣いた。
「行こっか。2人っきりのドライブ」と美人の茶路が言ったから、弟は照れて、少しの間リーゼントに櫛を当て続けた。陽はもうすぐ落ちるだろう。
(了)
*公道での危険行為は法律で禁止されています。この小説に書かれた世界は、あくまでもフィクションです。公道では制限速度を守って、小説に書かれた危険行為を決して真似しないで下さい。
良い子の皆んなは真似しないでね❤︎
d(^_^o)
iPhoneから送信