小説『ガロタームのワニ』 | まことアート・夢日記

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夢日記、メタ認知、俳句モドキ、詩、小説、音楽日記、ドローイング、デジタルペイント、コラージュ、写真など。2012.1.6.にブログをはじめる。統合失調症はもう20年ぐらい通院している。

小説『ガロタームのワニ』
徳村慎


ガロターム地方の湖沼に棲むワニを狩ろうと田宮が言うから、僕と羽生が公園の駐車場で待って居た。僕達は無言のまま、第5東京の空を見るとも無しに見上げる。

大気は120年も前から濁り切り、分厚い雲が晴れる日の方が珍しい。昔は青空や星空が見えたというが大陸の大気汚染が続いて近隣諸国にも次第に雲が広がったのだという。

眠た気な表情で田宮がランドローバーで現れた。昨夜はラジオの仕事で遅くまで打ち合わせを兼ねて飲んだのだと言う。酒も仕事も、嫌いでは無いだろう。それでも込み入った仕事の話に杯を重ねる内に、どうやら飲み過ぎたらしい。

3人を乗せて走り出した車内で、羽生が研究した知識を披露する。ガロターム地方にはギターを弾く古老が居るという。羽生でさえ未だ会えない程の半ば伝説の人なので、機会あらば聴いておくべきだ、と主張する。

僕は苦笑した。羽生がギターを聴きたいだなんて。此奴(こいつ)は非常に音痴で中学の音楽の授業で5段階の2を付けられたにも関わらず、やたらと珍しい音楽が好きで、集めている本人さえ良く分かって居ない民族音楽のレコードを自慢する男なのだから。前時代の蓄音機にレコードを載せて鑑賞するオーディオマニアである事は認めよう。しかし、彼の語る「此処が良いんだ」と言う旋律には、どうにも音楽に対する感性を感じられないのだ。寧ろ、この後の盛り上がりが大事だろ?……と突っ込んでも彼は聞く耳を持たずに自分の主張を決して曲げないのだ。

ガロターム地方は大規模連続地殻変動によるクマノディア崩壊後に生まれた数々の湖沼が存在する。湖沼の周囲は深い森林であり、ワニやピラニアが多数棲む事で知られる。昔、近くに遺伝子実験の施設が有り、其の施設で飼われて居た動物達が棲み着いたのだと言われている。

田宮が車のオーディオを鳴らす。メタリカだ。20世紀から21世紀に掛けて活躍したメタルバンドである。僕も田宮から幾度も聴かされてジェームズ・ヘッドフィールドの歌い方が好きに成った。こんなにもシンプルなリズム構成なのが新鮮でもある。其れでも我々も含む爺さん方は、オールディーズのメタルでも聴こうではないか。

高速道路に乗って早朝のトラックの群れを追い抜き、前へ前へと進んで行く。珍しく雲間から青空が見えた。僕達の旅も何らかの晴れ間が見えるだろう。田宮と羽生にガムを渡す。3人共顎を動かしながらメタルに乗ってノリノリで進んで行くのだ。

昼過ぎに最後のパーキングエリアで昼食を摂(と)る。第5東京から関東の海上高速道路へと進み、人工島エグムリア迄進んだのだ。此処で有名なのは深海魚の照り焼き丼だ。熱々のご飯と混ぜ込む様にして食べる。焦げた醤油の香りが空腹の胃を刺激して美味さが倍増する。山椒の味が実に良い。味噌汁を飲み干すと、僕達は腹をさすりながら表に出る。どんよりと曇った空から今にも雨が降りそうだ。

高速を降りてかつての熊野地方の街を進む。矢張り雨が降り出した。ガロターム地方は多雨地方なのだ、と羽生が解説する。其の為に周囲の森の成育速度は高く、人が簡単に入れる場所では無いらしい。人跡未踏っぽい響きに益々僕の胸は高鳴る。雨よ降れ。人からガロターム地方を隠し続けてくれ。神秘の場所であり続けよ。

観光用のキャンプ地を過ぎて更に奥へと進む。雨に濡れて黒ずんだ小さな小屋で番人が待ち構えて居た。此処から先は許可無く入れ無い場所だ。自然を人から守る為では無い。原住民でも無い限り、人がガロターム地方の湖沼周辺でサバイバルするのは危険過ぎるからだ。羽生がゆったりと構えて許可証を見せる。自然及び人文科学のフィールド研究では第一線の学者先生たる羽生の自慢気な顔に、僕と田宮が苦笑した。

20mを越す大木のシダ植物は石炭紀等の古代の時代にタイムトラベルしている気分にさせる。午後とはいえ、ただでさえ雨で暗い日なのだ。それがシダの大木に覆われた森の中であれば日が暮れた様にも感じられる。

深い森林の未舗装の道路をランドローバーが進む。ごとりごとりと道の凸凹に嵌り、水溜まりから飛んだ泥水で窓は汚れた。雨水が空から幾ら降っても大木に囲まれれば自然泥水の方が窓に張り付く。シダの枯葉も落ちて屋根に乗っかり、揺れる度にチラリと見える。

森を進むと小高い丘への登り道に成った。バサリバサリと道の横から突き出した植物の葉を掻き分ける様に車を進ませる。羽生が「運転代わろうか?」と言ったが、「お前の運転の方が危ねぇよ」と田宮が鼻で笑う。

開けた場所迄進んで車を停める。プシッと炭酸飲料を開けて飲んだ。「ふぅ~。生き返るぜ」と田宮が言って帽子を取って薄くなった頭を掻(か)いた。此処は辛うじて人工衛星とリンク出来るらしい。羽生がデータをダウンロードしている。此の周辺も川の増水で地形が変わるらしいのだ。

シダの森林の物凄さに圧倒されて僕と田宮は助手席と運転席でずっと喋り捲って居た。だから叫び声には驚いた。後部席でデータを見ていた羽生が「ええぇェえええええええ~ッ!!」と叫んだのだった。2人で振り返って「どうした?」と訊く。「第5東京が……壊滅した」

日本で22世紀末に興った宗教であるポイボス・バール教の連中が大陸の組織の軍事施設にハッキングして第5東京に人工衛星からミサイルを飛ばしたらしい。以前からかつてのオーム真理教の様に危険な宗教だと目され日本の各機関も警戒していたのだが。ニュース動画では高速道路を破壊する巨大な多足歩行ロボットの姿が映し出されて居た。恐らく、各都市を分断して支配しようとしているのだ。低空飛行する軍事用の巨大な船の姿も多数見えた。

田宮が煙草に火を点けて吸い込む。「そういう噂は有ったんだよな。ラジオで対談したベーシストのRacdも言ってたよ。危険な宗教が力を持って支配する前に音楽の力で文化で平和な時代を作ろう、ってな」

僕は鼻の頭をしきりに擦(こす)ってからウクレレをソフトケースから取り出す。何も思い浮かべずに指が動くままにメロディーを奏でた。冷たい汗が背中を流れていく。

羽生が震える声で言った。「なぁ、どうする?」振り返り見つめると眼鏡の奥の目が血走っていた。

田宮が静かに言った。「仕方ねぇよ。死んじまった人間は戻って来ない」

羽生が後部席から腕を伸ばして田宮に掴み掛かる。「お前の、奥さんも娘さんも孫も、死んだんだぞ!」

田宮は羽生を見ずに叫び返す。「分かってるさ!……でも、確率の低い事に縋(すが)り付くんじゃねぇよ!!……生きてるなんて信じて、夢に縋ってる場合かよッ!」

羽生が泣き出した。「じゃあ、じゃあ、どうすんだよ?……俺の別れた女房にも会えねぇんだろ?」

僕の弾くウクレレの音だけが車内に満ちて行く。雨音は激しさを増してランドローバーの屋根を叩き続けている。

田宮が言った。「こういう時はな、普段通りの事をやるしか無いな」

僕が呟くように尋ねた。「普段通りって?」その声は掠れていた。

田宮は無理に笑顔を作る。「俺はラジオのパーソナリティーだ。喋る事のプロさ。羽生はコンピューターにも詳しいだろ。桜庭、お前はウクレレを弾くのが趣味なんだ」

羽生が泣きながら言った。「何言ってんのか、分かんねぇよぉ」

田宮は親指を立てて力強く言った。「ラジオをやるんだよ」

雨音の中で作業に入る。羽生がネット上の動画サイトに田宮の演説をUPした。「この日本を何とかしよう。この動画を見ている君達ひとりひとりが繋がれば大きな力に成る。まずは何が出来るのかを考えよう」羽生が投稿サイト等で呼び掛け、動画の視聴者を増やす。動画のアクセス数は瞬く間に増えて行く。ラジオのパーソナリティーとして田宮は有名だ。彼なら呼び掛け纏(まと)め上げるヘッドとして適役だ。

「こんにゃろッ。これでも喰らえッ!」羽生が悪魔に取り憑かれた様な狂気に満ちた笑顔でキーボードのEnterを押した。

ウィルスが送り込まれて巨大ロボットが動かなく成ったモニターを見つめながらノートパソコンのキーボードを叩く羽生の姿を小型のカメラで映しながら解説する田宮。「今、俺の仲間がウィルスを送った。こういう事の積み重ねで、きっと日本は救えるんだ。君達ひとりひとりが何を考え行動に移すかで未来は決められる。未来は自分自身で掴もう」

良い表情で語り終える田宮。BGMには僕のウクレレ。60分にも満たない時間で、ネット上に様々なサイトが立ち上がり、コミュニティーが生まれていた。其のコミュニティーを見て回り、羽生はコミュニティー同士を連結させて巨大なネットワークを生み出して行く。

元爆弾処理班の爆発物の作り方講座。護身術を指導する古武道の師範。生き延びる為に水分や塩分、栄養の補給を促すスポーツ栄養士。様々な火の起こし方を教える野外生活のスペシャリストである登山家。心理面で子供を守る為にヌイグルミで会話しようと呼び掛ける精神科医。町工場の職人が鉄工旋盤で筒を作りモデルガンの内部を改良して殺傷能力の高い軽くて取り扱いに優れた銃を作り上げる写真を載せて敵が攻めて来て必要ならば配布すると語った。ゴムメーカーの社長さんは石ころも武器に成るのだ、とスリングショットを開発。そしてベーシストのRacdがエレキベースをチョッパーして日本を再建するテーマ曲を弾いた。その曲は熱くてスピード感に満ちて、勇気を鼓舞する物だった。

僕もウクレレで色んな曲を即興で田宮の語りに合わせて弾いた。最後にはRacdの作曲したテーマをウクレレ流にアレンジして弾くのが決まりとなった。

竹の道具作りの名人率いる村人達が、自ら作った竹槍で、人型ロボットの兵士に挑んで勝つ姿が動画でUPされると、コミュニティーは更に盛り上がった。

全国屈指のハッカー達が海外のハッカー達に協力を仰いで敵の通信網を破壊し尽くし、大型ロボットや空飛ぶ船の動きを封じた。打撃を受けた日本軍も生き残った戦車やドローン戦闘機をハッカーと電子部品製造の現場で働く作業監督者達の手で完全に蘇らせて立ち向かって行く。

何処にポイボス・バール教の教祖や指導者が潜んで居るのか?……ネット上で様々な憶測が飛び交った。

汗だくの3人は、ガロタームに着いてからランドローバーの中で既に8時間を過ごして居た。尻や背中に痛みが走るが、我慢して話し合う。デジタル時計は22:04を示す。もう夜中か。窓の外は闇。小雨が降り続く音がしている。羽生のノートパソコンに電力不足の表示が出た。empty迄もう少しだけの時間だ。今、敵を倒せ無ければ、勝利は望み薄い。

夕方頃から17歳の少年達が組織した敵地捜索隊が全国で動いて居た。彼等は情報を繋ぎ合わせて結論を報告して来た。「推測するに、ポイボス・バール教はガロターム地方の電波塔を利用しているのだろう」と。

確かに小型の電波塔はガロターム地方に多い。原住民や種々の生物が住むのを調査する為に無人の電波塔を設置して居るのだ。

僕達はランドローバーを進める事にした。湖沼の周囲の電波塔を調べる為に。羽生が人間が住み良い場所を調べ上げた。水質、土壌、地形等から考えると人間が生活し易い環境は限られると言う。

田宮がハンドルを握りアクセルを踏んで、皮肉な笑いを浮かべる。「結局、俺達が救世主になんのかよ?」

僕がウクレレでCのコードをポロンと弾いて答える。「こんな爺さん3人組がねぇ?」

羽生が「左に曲がってくれ」と指示する。何時も通り眼鏡をズリ上げて喋っているに違い無い。自信に満ちた科学者の声だ。

深夜だ。鳥だか猿だか分から無いが声が聞こえる。デジタル時計は3:16を示す。雨が少しの間止んで、またパラパラと降り出した。ヘッドライトに浮かぶ道なのか森なのか判別も付かぬ場所を進む。羽生は、こんな道迄覚えて居るのだろうか?……何年も掛けて踏査しただけはある。ガロターム地方の湖沼地帯のフィールドワークに関しては天才との呼び声も高いのだ。彼でなければ夜の森林を抜ける事など出来ないだろう。

「此処か」振り返り尋ねる僕に、羽生が頷く。夜は明け始めている。白んで来た空に黒く聳える電波塔。近くに簡易の小屋を建てていて、車も2台停まっている。「間違いないね。こんな小屋は、前の調査では建ってなかったよ」羽生が腕を組んで小屋を睨(にら)んだ。

車の外に出て、田宮が帽子を被り直す。羽生は近くで石を拾って蔓植物で木の棒に縛り付けて斧を作った。此れは田宮が使うのだ。僕は石礫
(いしつぶて)で援護しようと小石を拾う。羽生は、蛇を器用に捕まえて切り裂き、毒袋に木の枝で作った槍の先を塗り付ける。

藪に潜んで蚊に喰われながら、ひたすら待つ。戸外に設けられたトイレへと出て来る男。田宮は蔓植物で男の背後から首を絞めた。苦しみもがく男の背中に羽生が毒槍を突き刺す。男は泡を吹いて倒れた。その時にワザと音を立てて逃げる。

直ぐに仲間が2人で出て来た。1人は上半身が裸だ。僕は石を投げながら沼へと逃げる。追い掛けて来る男達。背後から服を着た男の脳天を斧でカチ割る田宮。

その物音に気付いて、恐怖と怒りの表情で大振りのナイフを腰から抜き放つ上半身裸の男。

羽生が毒槍で突こうとしてナイフで腕を斬り付けられる。血を流しているのか、腕を押さえて蹲る羽生。

斧で男に立ち向かう田宮。しかし、先程使用した衝撃からか、斧の石は外れてしまった。田宮の動きが止まった隙に男は田宮の胸を斬る。

僕は男の後頭部を小石で殴る。しかし、顔を顰(しか)めつつも振り返ってナイフを突き出して来る。

避(よ)けたのだが、左頬が熱い。手を遣(や)ると切れて居た。

ナイフを突き出しながら男が間合いを詰める。

僕は死ぬ時はウクレレを抱えて死のうと決めていた。だからストラップで首から下げていたのだ。僕はウクレレのネックを握ってバットの様に構えた。

相手がナイフを首の辺りに突き立てる。しゃがんで避けた。ウクレレのボディを思いっ切り男の脛、弁慶の泣き所に打ち付ける。

痛がりながらもナイフで僕の肩を斬る男。血が飛び散る。

顔面を男に蹴られて、僕は地面に倒れて居た。腹部を蹴られて苦痛に泣きながらウクレレを抱いた。死ぬ時は一緒なんだ。癌で死んだ彼女が買ってくれたウクレレなんだ。

男は、しゃがんで僕の顔面を掴んだ。右手のナイフが迫る。

「うわァあああああああぁッ!」

僕は無意識にウクレレを男の顔面に叩き付けていた。ペグ(糸巻き)の表側が男の目に入ったらしい。眼球の表面だろうか。グシャリと潰れる感触が有った。

男の絶叫が明けていくガロタームの森林に響く。起き上がった羽生が毒槍をグサリと突き刺す。

小屋の中には裸の人間達が王様が寝るのかと思う様な大きなベッドの上に居た。ポイボス・バール教の教祖で「長老」と呼ばれている髭を生やした初老の男は、若い女の子達を抱いて寝て居たのだ。中には小学生ぐらいの少女も居る様だ。物音に目を覚ました初老の男の脳天に「死ねやあッ!!」と田宮が斧から外れた石を両手で叩き付けた。

早朝。森は次第に緑色を取り戻す。若いワニを数匹捕らえてブツ切りにして焼いて、女の子達と僕達怪我(けが)だらけの3人で食べた。バチバチと弾ける焚き火の音の向こうに森の奥から微かにギターの音が聞こえた気がした。

(了)



あとがき。
こんなSFを書くのが好きだったりします。まぁ、科学的な記述は一切無いような気もしますが。(汗笑)
d(^_^o)
































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