小説『哀しみと唇』
徳村慎
些細な一言だった。七色峡線で、どちらが速いか、なんて、たわいも無い話だった。「じゃあ、有村、お前に俺が勝てん言うんか?」キレた前園が僕の胸倉を掴む。前園の女は「やめなよ」と言っていた。哀しみに染まっても美人は美人なんだな、とぼんやりと思った。以前、前園は「美人やけど金蔓なんや。他に女作ってあの美人に金を払わせとんねん」と悪い笑顔で語った事がある。多分、此の美人の事だ。
夜の峠を走り抜ける。窓を全開にして気持ち良く。バックミラーから前園の車が消えて、流し続ける。其れでも彼は追い付かない。記憶の底に彼の姿は沈み、僕は家に辿り着く。
車庫入れを終えて暫く経った頃。TVを見ながらボーッと過ごしていると前園が僕の家の前で大声を出して居るのに気付いた。
玄関を開けると前園が見知らぬ2人の男と共に立って居た。頬を殴られた。「地元で、ずっと走りやる、お前に勝てる筈無いやないかよ!……恥かかしてくれたな。地獄見せたるわ」
前園は美人の女を助手席に乗せて走って僕に付いて来れなかったのが余程悔しかったらしい。本気で喧嘩を売るんだと悟り、僕は素早く駆けた。
家の前から続く坂道を走る。前園達が「待てェ!」と声を荒げて続く。道は曲がっている。姿は完全に見えていなかっただろう。ラブホの妖しい色の看板の横に細い路地が有る。ブロック塀の陰に溶け込み、暗闇で待ち構える。
「何処行ったんな?」3人は僕を探す。路地に近付いた所で一番若い男を暗闇に引っ張りブロック塀に頭を押し付けてやる。此れで1人はダウンした。痛みに頭を押さえて唸って居る。
「この野郎ッ!」前園ともう1人が駆け寄る。僕は身を翻(ひるがえ)して細い路地を進んで行く。一定の距離を保つ様に心掛けながら、目指す場所をイメージした。
池の周辺を回って線路を越えてコーラの小さな工場の横に出る。国道を挟んで向こうに防風林が見える。夜の自動車の流れは速い。撥ねられ無い様に気を付けて一気に渡る。
車の流れを読み違えた2人は横断歩道に取り残されて居た。
林の中の遊歩道を進んだ。2人とは距離が開いて居る筈だ。僕は葛のツルをカッターナイフで切る。ツルの両側に葉っぱを1枚ずつ残した。その葉っぱの中に小石を包んで別のツルでグルグル巻いた。ボラス。南米で動物の脚に絡めて捕まえる為の道具だ。
大きな石を拾って伐採された木の枝を取る。石を2本の枝の間に挟み込み葛のツルでグルグルと巻いて固定した。打撃用の棍棒が出来た。
僕は茂みの中に隠れた。国道側からはパチンコ店等の光が入るから海側の茂みへ。
2人の声が聞こえた。「この辺に逃げた音したんやけどな」「此処らに隠れとるんやろ」
少し2人は離れて歩いて居る。僕の前を通り過ぎた所で前園では無い方の男の背後から襲い掛かる。後頭部を棍棒で殴り倒れた所で素早く林の中へと引き摺り込む。
前園から見れば、仲間が急に暗闇の中へと引き摺り込まれて、恐怖感で一杯に成って居る筈だ。
引き摺り込んだ男の靴を脱がせてカッターナイフで足の裏を傷付ける。ついでに掌も。此れで、痛みで林の中を素早く動け無い筈だ。痛みと恐怖で悲鳴を挙げる男。此れも前園の恐怖を募らせる事だろう。そしてカッターナイフで男の着て居るTシャツを裂いて持ち去る。
靴を遠くに放り投げる。ガサリ、ガサリと色んな方向から前園に迫る音。此の恐怖も味わえば良い。
前園は恐怖で動け無いらしい。僕は静かに遊歩道に出て背後に回り込む。
僕の影に気付いた前園が息を飲む。僕はボラスを前園の首に投げ付ける。思った寄りも上手く首に絡み付いた。1枚の布と化したTシャツを頭に被せて葛のツルで巻いて縛る。そして色んな方向から棍棒で叩いて倒した後に藪に引っ張り込んだ。
前園のズボンのチャックを下ろしてトランクスをズラす。男の脚の間に有る茎を掴んでカッターナイフの刃で触ってやる。恐怖に引き攣って「ヒッ」と短い悲鳴を上げる前園。
「お前、あの美人の女の子泣かしてんじゃないだろうな?……他の女作って、その金を借りたりして無いよな?……正直に言ったら許してやるよ」僕は静かに語る。
無言の前園の顔面に、棍棒を押し当てて「正直に言わんと顔面潰すぞ?」と言ったら、「女作るのは、俺の勝手やろが!……その金を借りて何で悪ぃんな!」と叫ぶ。
僕は男の茎の裏筋を探り当ててカッターナイフで少し刺した。「ぐああっ」と仰け反る前園。
「もう僕には近付くなよ?」
僕は林から国道に出て24時間営業のスーパーの横を通って家路に着く。前園の助手席に乗っていた美人が僕の家の前で待って居た。僕はカッターナイフの刃を溝に落として笑う。其れを見つめて美人さんも笑う。
此れで物的証拠は隠滅だ。何とか警察から逃れられるかも知れない。其れに、あれだけ前園を脅したんだ。大丈夫だろう。
カッターナイフの刃を捨てた事を「内緒だよ」と唇に人差し指を当てて示したら美人さんもニッコリ笑って唇に指を当てて僕に投げキッスをしてくれた。
(了)
あとがき。……グルグルと頭の中でイメージされる妄想……いえ、空想した映像が元になった小説です。色んな映画を見過ぎたのかなァ?……この小説は映像が先に思い付いてるんですよ。……なんて、ぼ……暴力的な。(苦笑)……んで、小説に書いちゃうと心の引き出しに上手く収まるんッスよ。(汗)……良い子のみんなも、余り暴力的な映画ばかり見ないでね❤︎(笑)
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