小説『頭上の夢』
徳村慎
揉まれて強くなるんか、ボロボロになるんかは分からんけどさ。お前の夢の欠片やて、何かしら光っとるからなァ。
親友のカリタの言葉に苦笑する。何が強くなるゥじゃ。こっちは、ボロボロになるばっかや。女性に声を掛けられてホイホイ付いて行くと路地裏から体格の良い怖いオヤジが数人で現れた。僕のエレキギターはへし折られて雨の降る路上に転がっている。腹に入れられた蹴りの痛みで身体を丸くすると、女性に空になった財布を投げつけられた。「アンタみたいなんに、こんな、ええ女がついてくるかいなァ。アホやわぁ」確かにねェ。ライブに来てた客やから、ファンかと思いきや、こういう結果なのね。ははは。思考能力は低下し、オカマのような言葉使いで笑いが込み上げる。もちろん、それは頭の中。実際の僕は泣き喚いていた。
分からんままでえェんかいね。いつやってな、お前の頭上に空は在(あ)るけどさ。……きっと、感じるんはさ。気持ち次第やろォが。
海上の新興国コレミツガルドに襲撃された大阪の街は燃えた。燃えても、燃えても立ち直ろうとするのが大阪の人間だった。Hi-Tecbluesという新しい音楽を作ったのも大阪市民だ。プログラマーの13歳の少年が、動画サイトで有名になったヒューマンビートボクサーと共に開発したアプリとマイクでそのリズムが奏でられる。その音楽にエレキギターを乗せて僕もそれなりに稼いでいたのだが。
雨の空から黒い物がパラパラと落ちて来る。空は在っても、こんなん落ちてくるんやぞ。黒い球体は地上で人間型の機械へと形を変えた。レーザー銃で市街地を破壊しまくる。これがコレミツガルドの技術かよ。日本は、何やっとんねん。
僕は遠くへと引き上げた怖いオヤジたちと女性に、レーザーが当たれば良い、と思いつつ立ち上がる。くそッ。なんでこんなトコで暮らしとんのや。
音楽の才能が幾ら有っても、僕は大阪を救えない。若者たちは一時の忘我のために音楽で踊る。現実を忘れ去り、死に直面している自分を捨て去りたいのだ。大阪の外は北の国デルプフェルからの兵士がウジャウジャ居るのだ。デルプフェルは遺伝子操作で開発された獣人と呼ばれる獣の力を持つ人間だ。頭脳も動物並みで命じられたことを実行するだけの存在らしい。雨の中を歩くとグシュグシュと靴の中の水が音を立てた。もう水は温かい。
コレミツガルドの大阪への攻撃は、富裕層の遊びだと言われている。逃げ惑う人間を空飛ぶ無人機から撮影しているとも噂される。だから、直ぐに引き上げて、皆殺しにすることが無いのだと。僕は普段は吸わない煙草を咥えて雨の降る空を見上げる。
空にある夢、いつやって浮かんどるのに。分からんけどさ、大丈夫やでェ。もっかい夢追ってみやへんか?
……分からんけどさ。ホンマ、分からんよ。けどさ、行けるやろ?
親友のカリタの言葉を思い出していると、いつも酒を奢ってやる近所の爺さんと出くわした。煙草、恵んでくれやぁ。な、おめぇも、俺も空の下やで。おんなじ空の下や。新たに煙草のパッケージを開ける。爺さんが1本を咥えると尋ねた。おめぇ、いつものギターは、どうした?
「さぁな。空の上やろ。今頃、天国やで」笑って話す僕に、爺さんも笑う。店の中で、レーザーで燃えとるんかいな?……はっはっはぁ。ギターより己(おの)れの身ィが大事やからなァ。
まあね。僕は開けた煙草を全部、爺さんの手に押し付けて歩き出す。次は、どこで僕のギターが鳴るんやろな。もう鳴らん、なんて、まだゴメンやで。僕は、デルプフェルの獣人たちが待ち構える大阪の外を抜けて、カリタの住む、故郷へと帰ろうと心に決めた。まだ雨は降り続き、遠くのレーザー銃の音は、いつの間にか止んでいた。頭上の夢がどこかに在るならば、そこに行くだけで良いのだと考えて、また空を見上げてみた。
(了)
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