小説『少女と森の呪い』 | まことアート・夢日記

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夢日記、メタ認知、俳句モドキ、詩、小説、音楽日記、ドローイング、デジタルペイント、コラージュ、写真など。2012.1.6.にブログをはじめる。統合失調症はもう20年ぐらい通院している。

小説『少女と森の呪い』
徳村慎


冬が終わろうとしていた。
昼の陽射しは、枯葉に埋もれた大地を暖めていく。
緑の羊歯が重なる中を進むのは少女にとっては案外大変だった。いや、歩き慣れない大人でも、やはり大変だろう。ショートヘアの一見男の子に見える少女は、汗を手の甲で拭った。

なんでこんなトコ、来ちゃったんだろう。

荒い息に混じって、自然と、ため息が出た。学校で噂されていたのは、魔女だか悪魔だかが、この森の廃墟に住み着いていて、仲良くなれば恨みのある人物に呪いを掛けてくれる、というものだった。ただし、仲良くなれなければ一生、奴隷として働かされるのだという。それでも、気に入らなければ切り刻まれて食べられてしまうらしい。

馬ッ鹿みたい。そんな噂を立てた女子の顔を思い浮かべた。なんて幼稚な噂だ。でも、その噂を少しでも信じて森にやって来た、私は、もっと馬鹿だ。

自分に腹が立って、羊歯の葉っぱを軽く蹴った。すると山登りに酷使した身体が余計に疲れた。動く気力が無くなり、立ち止まる。

森の中の羊歯の緑色が憎たらしい。山歩きをする人って、こんなの見て、何が楽しいんだろ。

見上げると杉だかヒノキだかの枝と葉っぱの間から太陽がチラリと見えた。樹々は黒く太陽を支える。

石留めって言うんだっけ。太陽が宝石なら樹々は貴金属だ。黒い、いぶし銀のような感じ。ほーっと、ため息が出た。ジュエリー・デザイナーってこんな瞬間を見て作品を作ってるのかな。

再び歩く気力が湧いた。一歩一歩進んで行く。獣道だか山の樹を伐採する人の歩く道だか知らないが、薄っすらと羊歯の生えていない地面が曲がりくねって続く。歩く内に見慣れて来て、今では、はっきりと道だと分かる。

選んだクラブ活動は、図書部。これが、つまんなかった。最初は本についての意見が交わせる友人が出来るかな、なんて考えてたけど、皆んな好き勝手にダベッてるだけ。本とは関係ない話ばっかでウンザリ。私は図書室に行きたくなくて、家へ真っ直ぐに帰ることが増えた。

教室で、学校の裏サイトの話が出て、見てみたら? 面白いよ、って勧められた。大して仲の良くない女子。男子から人気があって先生からのウケも良いけど、大人しい子とは普段は喋りたがらない。実際に見てみて驚いた。あらゆる悪口が書かれていて、最初は私も笑っていたけど、その中には私への悪口も書かれていたから。

今じゃ、私に実際に悪口を読ませて、反応を見たかったんだと確信を持っている。だから魔女だか悪魔だかに呪いを掛けて貰うつもりだったんだけど。ひょっとして、この森の噂も幼稚な私を信じ込ませて、森に入るのをどこかから見届けて笑うネタじゃないかとも思いはじめた。

色んな考えが浮かんで、足元を見続けて歩いていたから気づかなかった。顔を上げると、目の前に一目で廃墟と分かる小屋がある。ゆっくりと近づいて行く。

「あらあら、お嬢ちゃん、山の中で迷子かい?」

突然、後ろから声を掛けられて、肩をすくめる。思い切って振り返ると、ニコニコと笑う老婆が立っていた。優しい雰囲気にホッとして近付こうとして再び驚く。黒い服装の老婆の杖には細い蛇が巻き付いていてチロチロと舌を出していたのだから。

「あら、この子が怖いのかい? 昔は女の子でも畑を手伝わせられて、随分、蛇も見慣れてたもんだけどねぇ。今の子は蛇も見ないで育つのかねぇ?」

じっと見ていたら蛇には悪い意思が無いようにも思えて来る。そうだ。本で読んだマーキュリーの杖にも確か蛇が巻き付いていたような? いや、違う神様だったかも。とにかく、蛇は、キリスト教ではエバを騙した悪い動物だけど、他の宗教だと違うんだ、と考えた。

私は意を決して話してみる。
「あのっ。あのぅ……。お婆さんは……。まっ、まっ、まっ、まじ、まじ、魔女さん……。なんですか?」
緊張で噛みまくってしまう自分が情けない。

魔女らしき老婆は大きな声で笑い出した。
「はっはっはっ。魔女かい? そうかも知れないねぇ。で、お嬢ちゃんは、魔女に、なんか用かい?」

私は目を見つめて言った。
「と……友達になりたいんです」

魔女は、次には声をひそめて優しく尋ねる。
「あらあら、魔女と友達にならなくちゃいけないほど、友達が居ないのかい? 可哀想にねぇ。でも、魔女なんかと友達になって、どうする気なの?」
最後の方は掠れた声で、瞳をキラキラ輝かせて言った。その小声は私を包み込む。暖かい。

私が呪いを掛けて欲しい、なんて言って良いのか躊躇っていると、更に魔女は喋った。
「ひょっとして、友達に呪いを掛けて欲しいのかい?」
ニヤリとして片眉を上げて、それでもどこか、遊んでいるような楽しんでいるような表情だ。

「呪いを浴びせたいほど、憎いんだね? 何を言われたの? 不細工だとか、頓馬だとか、間抜けだとかかい?」
魔女は笑っていた。確かに、裏サイトで書かれていた言葉に近い。

魔女は急に真面目な顔で話し出す。
「私も昔、良く言われたもんよ。そうやって人と競う事でしか、自分の価値を知らない連中だったの。私も最初は腹が立ったわ。言い返したり、相手の顔を掻きむしってやったけど。でも多勢に無勢でしょ。その女の子は味方をいっぱい連れて来て、私を嘲るのよ。でもね。その内に気付いたのよ。戦うべきなのは自分自身だわ。自分自身に打ち勝つ事こそが本当の競争なのよ」

魔女は蛇に向かって笑いかけた。
「ね? このおチビちゃんが誰かと競ってると思う? 太陽が誰かと競うかしら? この森の樹々はどう?
私には、自然が自分と競って、妥協を徹底的に無くして生きているように見えるわ」

魔女は、小屋の裏の木のテーブルに誘う。暖かい紅茶をポットからカップに注ぐ。ウサギが跳ねている絵のカップ。ぼんやりとした絵だと思ったけど、良く見ると、とても落ち着いていて綺麗だ。紅茶を飲んで別れ際に魔女は言った。

「お嬢ちゃんは、本が好きなのかい? 何となく分かるんだよ。私も目が悪くなる前には沢山読んだもんさ。今でも、本は大事に読んでるのよ。困った事があったら本を開きなさい。小説でも絵本でも科学の本でも哲学でも、なぁ~んでも良いのよ。きっと答えてくれるはずよ」

夜の静けさに耳を澄ませる。こうして自分の部屋に戻って明日の授業の教科書を揃えていると、昼間の事が遠い日のような、夢の中のような出来事に感じる。それでも目を閉じて思い出してみると、身体が暖かくなるような気がする。

そうか。魔女のニコニコした笑顔が私は大好きなんだ。私は逆に呪いを貰ったのかも知れない。人を好きになってしまう、素敵な呪いを。

(了)
















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