日本の食文化「鯨料理・徳家」と「捕鯨問題」

昭和四十二年、母がやっていた料理屋を再興したい一心でふぐ専門店を始めたもののお客様も微々たるものでした。そこで何か変わったものでお店を立て直したいという時に、母に進められたのが鯨料理でした。
もともと大阪に鯨料理という専門店はほとんどなく、有名といえば「おでん」の店でコロ、サエズリが重宝されている程度で、家庭料理の方が主流でした。「尾の身だけはケチったらあかん」という母の教えで、まず尾の身を使ったハリハリ鍋に取り組んだのが良かったのでしょう。独特の調理法と特製スープと水菜がつくり出すお味が好評で、通ってくださるお客さまが増えてまいりました。
こうして十年余り、お客さまの口コミで店が繁盛するにつれて一人前四百円で始めた鍋料理が八百円、千円と値上げせざるを得なくなっていきました。人件費の高騰もありましたが、何よりも鯨肉の入手が難しくなってきたのです。その原因は、昭和五十八年から始まった国際捕鯨委員会による規制の強化でした。それ以後鯨肉は極めて入手困難な食品となり、家庭から消えたのは勿論、専門店さえ品不足になってしまったのです。加えて 1994年のサンクチュアリ採択です。南氷洋の鯨の1頭も捕ってはならぬというのですから、すでに手に入らなくなった長須(ナガスクジラ)の尾の身など絶望のままに、私たちは先祖から築いて来た食文化の一つを失ってしまうのかも知れません。
徳家で使用している鯨は「ミンククジラ」です。今、ミンククジラは増えています。クジラが魚を食べる量は人間が捕っている量の3~6倍と言われています。 みんなの台所に、日本の主婦の手に鯨が戻ってくるのはいつのことでしょうか。ひょっとして再び戻って来ないかもしれません。しかし戻ってくる日のために、こんなにも種類豊富に、楽しく料理しみんなでおいしく食べられる鯨料理を記録し伝えたいと取り組み本を出版しました。その本を日本語と英語のバイリンガルとしたのも、まだ鯨料理の良さをご存知ない世界の人々にも私の思いの一端をお届けしたいと願ったからです。
食文化を守る運動も、捕鯨問題を訴える運動も大切ですが、その料理法と味覚を伝え続けることもまた私たちの使命だと考えております。
徳家秘伝鯨料理の本(講談社)

鯨捕りの仕事は生半可なものではない。みずからの試練に向かっていく男たちの勇気と生きざまとを、私はこの目で見てきた。 だいたい、鯨の中にだってミンククジラのように豊富な種もあるのだ。我々の食生活のバランスを保つ上でも、鯨は欠かせないものだと、私は考えている。すべての種を絶滅の危機に陥れることなく、適量ずつ、まんべんなく・・・それがいちばんではないだろうか。
(本文のC・W・ニコル氏のエッセイより抜粋)