丁度今頃の季節だった。
常任指揮者として将来を有望視されているリッカルド・シャイー氏の指揮するオペラ「リゴレット」の公演の初日をボローニャ歌劇場で観た。
ダンテ、ガレリオ、エラスムスなど多くの著名知識人を排出したヨーロッパ最古とされるボローニャ大学のあることから「La Dotta(学問の街)」として知られるボローニャは明るく陽気なイタリアのイメージからは少し異なり静かな街だった。
日本に戻ってから、その頃ほぼ毎日通っていたホテルのダイニングで朝食を摂っていた時テーブルに置かれた各社の朝刊のひとつに、このボローニャ歌劇場公演のヴェルディ「リゴレット」は舞台が非常にドイツ的なのが印象的だったと三枝成彰氏が新聞の学芸欄のようなコーナーで書いていて、興味深く読み進めると、同じく初日に三枝氏が鑑賞していたことを知った。
公演は五月だったが、ボローニャは初めての土地だった三枝氏は、このボローニャ歌劇場が六月に来日するので、現地での公演を見ることが第一の目的での旅行で、ボローニャの街のことや開演までの時間を街中散策や骨董屋での出来事と共に、舞台のことを綴っていた。そして、舞台が非常にドイツ的だった最大の理由は「色」で、また、従来のイタリアオペラと違って演出が大きな力を持っていることもそうだし、これまでは心の底まで卑しい存在として表面的にしか捉えられていなかった醜い宮廷道化師リゴレットが苦悩する人間として実に知的に作り上げられていた。こうした演出は今までドイツでしか見られなかったものだ、と記されていて、つい何日か前のボローニャでのオペラの記憶が鮮やかに蘇った。そして、そのボローニャ歌劇場の来日公演の日程も付記されていた。
CDの解説書の裏に、'93 Mayこれみた、Teatro Comunale di Boligna とボールペンで書いた私のいい加減で雑な字があり、ボローニャ歌劇場で「リゴレット」を鑑賞したのが九十三年五月だったことも分かった。
当時三十代だった私がおよそ三十年後に思い出すとは思いもせずにボローニャをふらふらしたり、ホテルのダイニングで朝食を摂っていたりした訳だが、何処かをふらふらしているのも、店で食事を摂るのも何ら変わりが無く、歳月はひたすら散漫に置き去りにするためにだけ有るということ以外、他に何ら感銘も覚えないことに苦笑しつつ、午前5時、「リゴレット」第一幕前奏曲が部屋を満たして一日は始まった。
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friday morning白湯を飲みつつ空を眺める。
本日も。薄く淡い。