春夜洛城聞笛
誰家玉笛暗飛聲
散入春風滿洛城
此夜曲中聞折柳
何人不起故園情
春夜(しゅんや) 洛城(らくじょう)に笛(ふえ)を聞(き)く
誰(た)が家(いへ)の玉笛(ぎょくてき)ぞ 暗(あん)に声(こえ)を飛(と)ばす
散(さん)じて春風(しゅんぷう)に入(い)って 洛城(らくじょう)に満(み)つ
此(こ)の夜(よ) 曲中(きょくちゅう)に 折柳(せつりゅう)を聞(き)く
何人(なにびと)か 故園(こえん)の情(じょう)を 起(お)こさざらん
李白の七言絶句。春の夜、洛陽城で笛の音を耳にして、故郷懐かしさのあまり作った城。洛城は洛陽(唐の東都)の城郭都市。山田勝美氏『中国名詩鑑賞辞典』によれば、「暗」の字は「誰家」に応じ、また、「飛」「散」「風」に応じ、笛の音が洛陽城中に満ち満ちれば、これを耳にしない者は無いわけであるから、結句の「何人」の語を呼びおこす。「此夜」は題目の「春夜」に応じ、「折柳」は直ちに「故園情」に通じる。かく見て来ると、この詩は前後照応の関係が実にきちんとしており、一字もゆるがせにしてない。さすがに名作と称せられるゆえんだ、と解説されている。
意。どこの家の風流子が吹きすさぶことやら、どこからとも無く笛の音が、夜のしじまをぬって流れてくる。その音が春風にのって、この洛陽の都じゅうに行き渡ってゆくようだ。今夜耳にした色々の曲目の中で、わけても別れの時に奏でる折楊柳の曲を聞いては、誰一人として、望郷の念にかられないでいられようか。
時に木立は激しく揺さぶられ、大地を吹き浚うように何処からともなく唸るような風が間断無く続いている。その風の中に身を置きたくて、最初は住まいの庭におりて、幹を揺らされる風を出かけるまで楽しんだ。
その住まいから程近い公園を風に大いに浚われつつ歩き、公園の出口とも入口ともなる場所に待機した車に近付いた時、一台の車がゆっくり徐行し、止まった。
左側の運転席のウィンドウがおりて、声をかけてきたのは学生時代の友人男性だった。
幾つかの居住場所のひとつの住まいの界隈で、その友人とは時折遭遇するが、気付けば一年近く言葉を交わしていなかった。
簡単な近況報告を互いにして、ではまた、と再会を約束し握手をし、友人の車は去り、そして私は待機した車に乗り込んだ。
友人と遭遇した街を離れ、諸々の所用の待つ街で、諸々を済ませ、午後をだいぶ過ぎた頃、最後の所用を終えて、その建物のエレベーターに乗ると、朝、遭遇した友人が居た。
駐車場に待機した車に戻るところだったが、友人も駐車場に戻るところで、エレベーターが地下駐車場に着くまでの短い間に、友人宅に行くことが決まり、ではのちほど、互いの車に戻った。
友人男性宅ではケータリングで夕食の用意をしている間、別な部屋で友人の演奏する無伴奏フルートのためのパルティータ イ短調BWV1013を聴いた。
この曲に限らないがバッハの曲は宗教作品では無いがどことなく宗教的な厳かさと穏やかさに溢れているように感じるのは完成度が非常に高いからだろうか。また、奏者の技巧や奏者の心のありようがそのまま演奏に表されているからだろうか。
友人は幼稚園の時から趣味がフルートだ。
それなりの交響楽団にも所属し、演奏家としても活動しているが、本業は自身の会社を経営し、フルートは完全に趣味だ。
友人のフルートの音色は相変わらず美しい。
キラキラと輝くゴールドのフルートは当然のことながらメンテナンスが行き届いている。
フルートはあらゆる楽器がそうであるように、高温多湿や直射日光などはもってのほかで、湿度は35から60%、温度は15から25℃が理想とされ、保管にも気を遣わなければならないし、オーバーホールも定期的におこない、キイにオイルを注したり、当たり前だが様々な繊細な手入れが必要だ。
そのような日常の中、日々、フルートを手に取らない日は無い友人は、自作品もたくさん創作している。フルートは一日吹かないと戻すのに三日かかる、一日三時間練習する必要は無いが一日五分でもいいから毎日吹くと友人は言っていた。友人のように何十年も日々フルートを吹いていれば一日くらい、或いはもっと吹かない日が有っても、すぐに取り戻すだろうが、それでもやはりほんの僅かな空隙を作れば、その分を取り戻す作業が必要だ。色々な楽器に言えることでピアノもそうだ。多少の練習で指は戻るが、何ヵ月も演奏から全く離れていて、久しぶりに楽器に向かって、一瞬で即座に完全な演奏をするのはどんな天才的な演奏者でも無理だろう。
エレベーターでその日二度目の遭遇をした時に、つい何日か前に完成した曲があり、是非とも聴いて欲しいと言われて、是非とも聴きたいと応え、直近で空いている二時間後に友人宅に行く約束を交わして、駐車場で別れた。
パルティータのあと、夕食を楽しんで、場所を移して、庭が広がる開放された部屋で、友人はプラチナのフルートで自身の新しい曲を演奏した。幾つかの構成を持ち、見事な大曲だった。
夜風に美しい音色が融合し、心地良い。空には八割方膨らみ、ほぼ円みを帯びた月がこちらを見下ろしていた。まるで月が友人の演奏を聴いているように見えた。
李白の七絶「春夜洛城聞笛」もやはり月は洛城を見下ろしながら風流子の吹く笛の音を聴いていたのだろうかと思った。
フルートの音が麗しく融けていく夜の庭はいつの間にか風は止んでいた。
saturday morning白湯が心地良く全身に巡り渡る。
本日も。淡いまま。