そのかみ | かや

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「そのかみ」は、その当時、転じて〈昔〉を意味する。平安時代の『名義抄(みょうぎしょう)』では〈当時〉〈憶在〉等にソノカミの訓が見える。そのかみは其の上と書く。単独でその平仮名から想起するのはその神だが、歌から想起するのは意味する通り〈昔〉だ。因みに全く異なるが園神と書けば平安京の宮内省に祭られていた神で、大物主神(おおものぬしかみ)であるという。
歌ことばとしての「そのかみ」という言葉を用いた歌は平安前期から見られるが数は少なく、八代集では『後拾遺集』からで、盛んに詠まれたのは平安中期で、その頃の物語では『源氏物語』に「ひき連れて葵(あおひ)かざししそのかみを思へばつらし賀茂の瑞垣(みづがき)」(須磨)など数首ある。


『古今歌ことば辞典』によれば、近代になってからは、日常語としては死語になったが、文語の詩歌に生き残ったと記されている。
石川啄木は「そのかみの神童の名の/かなしさよ//ふるさとに来て泣くはそのこと」(『一握の砂』)をはじめ、この言葉を用いた歌を何首か詠んでいる。
また、三好達治は「若き日のわれの希望(のぞみ)と/二十年(はたとせ)の月日と友と/われをおきていづちゆきけむ/そのかみの思はれ人と/ゆく春のこの曇り日や」(『艸千里浜<くさせんりはま>』)と歌っている。

現在からその当時を回想する意味を持つ「そのかみ」は既に古い文語に残るのみだ。
口語の詩歌はそれに代わる言葉は持てたのだろうかと国文学者の仁平道明氏は「そのかみ」の解説の末尾に記している。
現在では文語にも用いることは無いし見かけない。
かつて用いられていた言葉が歳月の中で静かに消滅していくことはあまりにも多いだろう。そして、いつの間にか失なわれた言葉に対しても殊更の感情を人が向けることも無い。


失なわれた何かに対する感情の稀薄なことはしかし決して悪いとは思わない。むしろ、とんちんかんな感情移入をするくらないなら、あっさりと消散してしまえば良いとさえ思っている。
それにしても。感情移入は大概とんちんかんだし、はた迷惑だ。一方的であり、その決め付けは自己判断から生まれた偏見だったりもする。恰かも大きな括り、男性なら女性なら日本人なら人間なら等々、正論の如く言葉を並べ、押し付けがましいことこの上無い。知識や体験のお裾分けの如くにいつしか目線は上からとなり、他者に向けたりするのはただただとんちんかんと呼ぶ他無いだろう。

気付けば、まるで嵐のように無秩序な風が吹き荒れていた。一日が終わり、ゆったりとひとときを過ごしていて、全く外の様子に気持ちが向かなかったので、風が強いことなどまるで意の外だったが、ひとたび気付けば、ずいぶんと乱暴に風が大地を揺るがすように吹いていた。
俳諧では「春嵐(はるあらし)」「春荒れ」「春疾風(はるはやて)」など、二月から三月にかけて吹く烈風を季題にしている。木の芽の萌える頃、乾燥した烈風が砂塵を舞い上げ、もともとはこれらの季題は関東地方の季節的な特色として、新しく季題に加えられた言葉だが、広域に渡った強風が嵐のように吹き荒れる中、日付を跨いだ庭におりて、風を浴びてみた。
無秩序な風はあちらこちらで間断無く音を立てて、半ば暴力的でもある。その風に吹かれてなどという悠長さは無く、風に突き当てられて、楽しいなと思いつつ、暫し過ごしてみた。


thursday morning白湯が心地良く全身に巡り渡る。

本日も。薄い。