気になっていた瑞祥の枝先の乱れを何とかしたいと、久しぶりに針金かけを始めました。

 この瑞祥は、挿し木仕立てでかなりの年数をかけて、畑で養成され、畑上げから一度、荒掛けされた程度で、その後は放ってあったものです。

 まずは掛けられている針金を外す作業から、これがまた、ずいぶんと食い込んでいて、手間取りました。2時間くらいかかっちゃった。

 
瑞祥の針金外し


外し終わり、伸びすぎた小枝を整理したところです。


切りこまれた小枝
これだけの小枝を切り込みました。くたびれたー。


昼ごはんをはさんで、昨日に続いてオンブバッタ退治を実施、今日は3匹の駆除に止まりました。

このバッタとの戦いは、明日くらいで終わりにしたいものです。

そして、針金かけを2時間ほどやりました。

素人のうえに久しぶりの作業できれいにかけられず、「まっいいか!」の連発でした。

実は、オイラはケチなんで外した針金をヤットコで延ばしながら、再使用しているため、余計に時間がかかるのです。


こんな感じで、やっと下枝のみ掛けました。


針金かけ01

針金かけ02
こんな感じです。(ヘタっ!)


さて、散歩道で拾った写真を1枚。


本町旧商家003
 本町通りでここは通称、中本町というところです。古い商家を改造し、こともあろうに「老い呆け来ず地蔵」ですと…。

 ちなみにこの本町通りは昔、稲置街道と言い、名古屋城清水口と犬山城追手口を結ぶ街道に当たります。成瀬氏が代々、尾張藩の付家老を務め、居城である犬山城と職務を行う名古屋城を直結する道路があったことは、尾張藩における成瀬氏の立場を表しているのだと思います。


ほな、また…。


 今朝、水遣りの時にビックリ!五葉松の葉が何者かにかじられて坊主になってる部分が…。

 

バッタの食害


 写真の中央部分を拡大してご覧ください。きれいに葉が食べられている芽が。こんな芽が数か所あちこちに発見。こりゃあ、エライこっちゃ!と犯人捜しを始めましたが、すぐわかりました。 隣の枝に止まっているバッタを発見。コイツや!

 昨日も書いたようにバッタが大発生しているのはわかっていましたが、うちで一番食べられたのは「野バラ」、その他「赤芽そろ」、「老爺柿」が少々。野バラならどうせ落葉するし「まあ、いいかっ」とタカをくくっていたのが大間違い。まさか五葉松が食べられるとは…。

 昨日、オルトランを散布しましたが、こうなったらその効果を待ってなどいられません。

 ハエ、蚊用殺虫剤のスプレー攻撃を試みましたが、全然効きません。


バッタ
 こういうバッタです。しようがないのでオイラはピンセット、かあちゃんは、メダカすくい用のネットで捕獲作戦を展開する羽目になりました。そして10匹ほど捕獲し、昇天していただきました。

 ネットで調べてみると「オンブバッタ」という種類で、メスの背に半分くらいの小さいオスが乗っかっていることからその名がついたそう。

 なんでも交尾中以外でもこのスタイルでいることが多く、オンブされてるように見えることからの命名だそうです。そういえば、こういうのがあちこちにいたな。

 広葉樹の葉を好むと書いてあったが、カリンや姫コブシは食べられていません。五葉松は針葉樹なんだけど…。

 そして、今は夜の11時。さっき、懐中電灯を手にピンセットで棚を見回り、10匹ほど捕獲駆除しました。

 しばらくは、これとの戦いが続きそう。やれやれ。


 犬山城のご紹介も終わりましたので、何か犬山の話題でも思いついたことを紹介したいと思います。

 まずは、犬山の木曽川鵜飼から美人鵜匠のご紹介です。


女性鵜匠1
 テレビや雑誌などメディアに引っ張りだこの稲山琴美さんです。今日は鵜匠としての正装ではなく、準備中のラフなスタイルの(スッピン?)美人鵜匠です。

 犬山の鵜飼は万冶3年(1660)3代目城主成瀬正親が成瀬家出身の三河から2名の鵜匠を呼び寄せ御料鵜飼を行ったのが始まりです。

 犬山の鵜飼も近年、観客の減少に悩んでいましたが、さすが美人の効果はてきめんで、彼女がデビューした昨年は大幅に観客が増加したそうです。


女性鵜匠4

上の写真でもわかりますが、琴美鵜匠ファンも増えて仕事中の彼女に話しかけたりしている男性もいるようです。


屋形船

 このような屋形船に乗って、お弁当やらお酒やら召し上がりながら鵜飼を見物するのです。

 琴美鵜匠は週3日鵜舟に乗っているようです。彼女を見たい方は事前に予定を確かめてから来られることをお勧めします。


ほな、また…。

バッタの大発生とアリがついたみたいなんで、消毒をと思い立ちましたが、何を散布したら一番いいかがわからず、おまけにオイラは面倒くさがりなんで、とりあえずオルトランの粒剤を鉢のふちに置くことにしました。
オルトラン
 こんな調子で鉢の大きさに合わせて1~4か所くらい置きました。

 オルトランは浸透性のある薬剤なんで遅効性で半月くらいは効くみたいです。

 オイラは1か月おきにやっていますが、今年は夏にサボったのが害虫にやられた原因かも。

 根きり虫なんかにも効くそうですから便利。

 ちなみに冬の石灰硫黄合剤による消毒は、12月下旬と2月下旬にしっかりやっています。これをやっておくとウチでは1年間ほとんど病気が出ません。

 写真は五葉松の古木に散布したオルトランです。


 さて、犬山城は昨日で一区切りつけましたが、ご紹介していない写真が少しありましたので、追加しておきます。


本丸東多聞櫓跡
 本丸多門櫓の跡です。右は本丸内部で石垣により一段高くなっています。左は高石垣で下は東谷と呼ばれた郭で内田門や川端丑寅櫓への通路であると同時に火薬庫などもあったようです。

多門櫓は南に伸びて大砲櫓に続いていました。


東谷跡

 上の写真左の黒い柵から下をのぞいた写真です。昔は東谷や薬研堀が見えたことでしょう。

 今は密林状態で何も見えません。


七曲り門からの風景
 七曲り門跡から七曲り道への下り口を見た光景です。七曲り道は4代城主成瀬正幸が造営したと伝わり

 正幸は1703年から約30年間城主であったことから、この間に造られたものと思われます。

 七曲り門は櫓門で立派な造りであったと伝わり、別名「見晴門」と呼ばれていたとおり今もその見晴らしの良さがうかがわれるます。


七曲り道への下り口
 左の石垣に沿って折れ曲がった道を下り切ったところが木曽川です。昔は騎乗で下ることができたそうです。

 この石垣には自然石の他、他所からの流用と思われる人口石材も見られます。

 

 以上、追加写真のご紹介でした。


 ほな、また…。