伸びすぎた新梢の切り込み時期を外して、遅まきながら…という樹を切り込みました。
楓、ちりめん蔓、長寿梅、木萩の4鉢です。
もうひとつ。過ぎ行く夏の風景を懐かしんで1枚!
ほな、また…。
伸びすぎた新梢の切り込み時期を外して、遅まきながら…という樹を切り込みました。
楓、ちりめん蔓、長寿梅、木萩の4鉢です。
もうひとつ。過ぎ行く夏の風景を懐かしんで1枚!
ほな、また…。
小品杜松の切り込みをやりました。杜松は5月上旬から1か月おきに3回程度、芽摘みを兼ねた切り込みをやっています。
この小品杜松も、これで今年3回目です。写真の通り今回も結構、切りましたよ。
ただ、どうにも完成した姿が見えてきません。
この秋、舎利幹やジンを削り出そうと思っていたんですが、枯れた水道も見えてこないんで、来年に延ばそうかと思案中!
さて、今日は犬山の城下町にある旧武家屋敷跡をご紹介します。
どうです。白壁が美しい風格のあるお屋敷でしょ。以前、犬山市の観光ポスターやTVCMにも取り上げられたことのある建物ですから、見覚えのある方がいらっしゃるかもしれません。
江戸時代の地図にも記載されている由緒ある家です。
と言っても、この辺りは明治24年の濃尾地震でほとんどの建物が倒壊または半倒壊したそうで、このお屋敷も建物自体はそれ以降に建て替えられたものと思われます。
このお屋敷のあるところは、犬山城追手門より東へ200m、突き当たりにあり、瓦坂の木戸を上がったところで芭蕉の高弟、内藤丈草の生家に近いところです。城の防御上、重要な位置に当たります。
間口はおよそ40m、奥行きは200mにもおよぶ犬山には他に見られない広大な敷地に見事な庭園と立派な蔵が配されています。
さぞかしご先祖は、犬山藩でも要職にあった方であろうと推察されます。
今もご子孫が住んでみえます。
ほな、また…。
4日がかりで、瑞祥の針金かけがやっと完成しました。
それも結構、手を抜いての日数ですわ。
どうですかねえ。あと2~3年で見られるようになるとの皮算用ですけど…。
鉢を代えたいけど、お金ないし…。まっ、何とかなるでしょう。
さて、今日は犬山にある織田信長ゆかりの寺をご紹介します。
この池に「湖山水」という名をつけたのが織田信長と伝えられています。
永泉寺と言いまして犬山の楽田というところにある臨済宗妙心寺派の古刹です。
実はこの寺の2代目住職の澤彦宗恩禅師が信長公の師僧で、信長はよくこの寺を訪れ教えを受けたと言われています。
当時、「井の口」と呼ばれていた岐阜を「岐阜」と名付けたのも澤彦だと言われ、「天下布武」の言葉も澤彦が考えたものだとの説もあります。
なお、澤彦は信長の守り役で、若き信長のうつけぶりをいさめるため切腹したことで知られる平手政秀
の霊を弔うため、小牧に政秀寺を建てたそうです。(後に名古屋に移転し現存)
この地域は、このように信長や秀吉関連の逸話は多く残っています。
ほな、また…。