キンズの花が咲いたけど、ほんのチラホラで、これでは鈴なりには程遠いことになりそう。
去年がナリ年だったので、今年はウラですが、それより、伸びを抑えるために小枝を切り詰めたことが原因のようです。しかし、これも盆栽の宿命ですなあ。毎年、いっぱいの実をつ付けさせていては盆栽は作れないわけで…。
まあ、ボチボチやろまいか?
さて、犬山城本丸も「七曲り門」を残すのみとなり、あとは天守内部へと進むところまで来ました。
とりあえず今日は、残された「七曲り門」跡をご紹介します。
七曲り門は、天守に向かって右方にあり、上の写真を右から左へくぐり、曲がりくねった道を経て木曽川端に下りるための出口でした。
これもほとんど同じ角度からの写真ですが、門の全体像がよりわかりやすいかと思います。
「七曲り門」は「見晴門」と呼ばれたように、今は樹木に覆われよく見渡せませんが、成瀬正虎が築いたころは眺望が開け、十八灘と呼ばれた木曽川の急流を眼下に、左方を眺めれば名勝、赤岩の向こうに伊木山城、右に鵜沼城、左遠方には岐阜城まで見渡せたことでしょう。
道なのかどうかさえ、よくわかりませんが、枯葉の積もったところが道です。下りきったところから樹木をかき分けてすこしばかり登れば、石垣で補強された九十九折の道が見られます。
往時は、馬で往来できたそうです。なんとか再整備し直してほしいものです。
ほな、また…。










