杜松の新芽切りを始めました。オイラんちには大小7鉢の杜松盆栽があります。
上は国風盆栽展経歴のある大物杜松から下は、山採りで何ともこれはという手合いまで、まさに玉石混合です。
今日、手入れしたのはうちでは第3位の杜松でこの先、うまくできれば2位まで上がる可能性がある有望株です。
うまく作れば、仕上がりが早いと言われる杜松ですが、5年余の歳月は、素人にとって水遣りや植替えなどのちょっとした失敗はつきものでして、そう簡単にはいきません。
今年も中間の枝を枯らしてしまいましたし、裏枝で枯れかかっている部分もあります。
今春、植替えた時、時期がやや早かったのと、いささか根を深切りしすぎたのが原因だと思っています。杜松は根と枝がつながっていて太根を切ると、その根から水を貰っている枝が枯れたりするような気がします(ホンマかいな?)
でも、いい勉強になったのも確かです。あと、2~3年で銘風展にとの思惑で頑張ります。
さて、犬山城天守内部の撮影は、来週に延ばしましたので、今日も手持ちの画像からのご紹介です。
明治初年の犬山城を見てください。
濃尾地震で半壊する前の天守です。昭和の大修理を経て、創建当時に戻した今と違い白壁が多いです。
この方が白帝城の別名に沿うかも?
不鮮明ですが、三の丸から天守に向けた撮影です。今は亡き櫓が写っている貴重なもの。
現在の名鉄犬山ホテル前あたりから天守を撮影したもので、手前に「川端丑寅櫓」、右端に「井戸櫓」と「水の手門」が写っています。
鵜沼川から木曽川越しに白い西谷土塀が写っています。小牧長久手戦の前哨戦として名高い犬山城攻防戦の際、池田恒興が夜陰に乗じ西谷から攻めたと伝えられており、ちょうどこの目線で木曽川を渡ったと思われます。
ほな、また…。











