今日は杜松盆栽の新芽切りを2鉢やりました。そのうちの1鉢が写真の杜松。稲沢の親方から「練習用に持っていきゃあ」と無償でいただいたもの。下半分は天然の舎利幹で上半分はオイラが創った舎利です。ちょっと見られるようになってきました。文人木です。
それにしても小さな木なのに沢山切ッたものです。
さて、いよいよ犬山城の写真もネタ切れになってきました。明日くらいに天守内部の写真を撮ってこなきゃあ…。
そんなわけで今日もまた、少々古い犬山城を見てください。
明治38年の犬山城です。対岸からの撮影です。信長の美濃攻めの折、藤吉郎が蜂須賀小六ら川並衆の力を借りて調略に成功した鵜沼城から眺めた犬山城は丁度、こんな風景だったはず。
今は桜並木ですが当時は松並木だったことがわかります。
大正14年に竣工した犬山橋が写っているので、それ以降に違いないのですが、昭和37年にできた犬山頭首工のダムがなく、帆掛け舟が浮いているので昭和初期かな?
昭和2年の写真で、国指定史跡・東の宮古墳あたりからの撮影と推察されます。城山手前の平地は戦国の昔は湿地帯で犬山城の東の守りでした。
これは、時代が下がって昭和27年の写真です。旅館が写っていますが、その辺りは白い土塀がめぐらされ西谷と呼ばれた郭でした。小牧長久手戦の初戦で、池田恒興が夜陰に乗じて川を渡り犬山城を攻略した時の上陸地点です。
本日は、この辺で…。
ほな、また…。










