※老人とは昔話をする生き物です。
またしても『誰愛』着想のスターシステム(メインメンバーシステム)について。
なんだかんだ自分が通過してきたものの中でもこのシステムを敷く曲はこちらの好みに掛かるものゆえ何度でも擦ってしまうのでしょうね、。
現在私が贔屓にする杉浦英恋さん擁するガールズアイドルグループ「僕が見たかった青空」(以下、僕青という)によるAKB48シングルカップリング曲、坂道AKB名義『誰のことを一番 愛してる?』(以下、誰愛という)のカバーについて、以前こちらのブログの場でその思うところを記事にしたところです。
(※2025.9.2更新)
それは夏のライブでの初披露によるそこへの雑感でした。
原曲『誰愛』披露の往時秋元グループを席巻した平手友梨奈を用いた"スターシステム"と、現在僕青が採用する「メインメンバー」という概念_
その1人をフィーチャーし、そこにスポットを集中させるコレオの採用により、その主人公を依代とし観るものを曲世界へ没入させるを目的とした一つのスターシステム的概念を舞台演出に落とし込んだものこそ「メインメンバー」というアイドルコレオのシステム(・概念)であると、その認識に至るヒントのようなものをそこより得たのでした。
先般、年の瀬に行われた『BOKUAO青春納め2025』において『誰愛』は再び披露され、それが現在ネットテレビアプリ「ABEMA」においてライブ全編が2/16まで無料配信されているところです。
こちら、このライブについて、現地では3階席からの俯瞰視点だったものが、この配信での編集された映像の視聴によりこの僕青『誰愛』についても解像の度が増したように感じられます。
今回記事では、欅坂46を祖とする平手型スターシステム(平手メインメンバーシステム)と、過去においてこちらが通過した(それらシステムと関連性の高い)坂道AKB『誰愛』とSKE48におけるメインメンバーシステム採用曲への回顧から、再度僕青の『誰愛』について一つ二つと綴りたいものです。
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平手友梨奈の名を世に轟かせた欅坂46『サイレントマジョリティ』_
その"サイマ"MVや楽曲披露において、こちらが象徴的なコレオのワンシーンと感じているのが、両サイドに一列ずつ並んだメンバーが跪き、その間を悠然と彼女が歩いてくる十戒演出_これは平手メインメンバーシステムの核心を表すシーンの一つだと感じております。
当時、このMVでの平手さん1人をフィーチャーし過ぎることについて「度を越している」と4846束ものアイドル視点からの意見も幾らか聞かれたものです。しかし、その「統べる」様と、この世界(アイドル界)に変革をもたらす旗手「平手友梨奈」(とのイメージ像)を知らしめることこそがこのコレオとMVの本旨であったと捉えるならやはりこの方法論が正解だったと感じさせられるのです。(たぶん(←逃げ))
その後、「平手友梨奈」というイメージはこれをなぞり、さらに発展させたかのようにキャラクターが作り上げられていったと感じさせられたものです。(予めそのようなレールの上を彼女は進んでいただけなのか?)
このサイマから2年後、今度は48支店グループにおいて、本家平手メインメンバーシステムとはまた違うアプローチを図りながら、そこに据えられたメインメンバーの歩むストーリーと脇を固めるメンバーそれぞれの成熟により高度な成立をみせたものがSKE48チームKⅡによる『誰かの耳』です。
※2018.7.11更新
これのメインメンバーをつとめたのが小畑優奈_
シングル表題曲の初選抜から2作連続でのセンターをつとめ、当時SKE48における世代交代・グループ再生の象徴とされた存在です。
その彼女がセンター降板となったそのシングルのカップリングとして収録されたチーム別楽曲こそ『誰かの耳』です。
(して、この曲こそ、48グループのセカンドグループのセカンドチームが曲折の先にたどり着いた一つの到達点といえるものなのです。)
当時AKB48総選挙においてチームとして最も多くのメンバーをランクインさせたチームKⅡ_
チーム内メンバーの役割分担、結束力、集団としての練度の各面において当時総合力でSKE48選抜を凌駕していたともいわれるチーム
いわばチームとして最も"ノっている"状態にあるその最中にこの『耳』は発表されました。
そのメインメンバーである小畑にスポットを当てながら、その脇を固める先輩メンバーたちはそれに埋没することなく抜群のバランスを発揮する。平手のそれが「変革の旗手」であるなら、小畑のそれは存在を「希望」と見立てその回りにいる手練たちは目立たずともさながらその宝石を輝かせることを本務と認めたガーディアンのようにも写るのです。(いわゆる曲世界に現実世界の意識が侵食したことによるメタか)
そのMVにおいて、欅坂46『サイマ』と対照的なシーンがあります。
それは絶望の表情の小畑が、やがて両サイドのメンバーを振り払いその中央を駆け上がってくるシーン
これは曲のテーマであるSNS社会におけるネガサイドへの反攻の表現でもあるのですが、アイドル界における当時グループが置かれていた状況からの反攻にもみえます。
(他、SKE48のメインメンバー曲としてはチームE公演曲『Loose control』(振付:TAKAHIRO)がありますが、こちらそれを動画配信で数回目にした程度であるためここで語ることはいたしません。林美澪さんを中心に据えた印象的なパフォーマンス。YouTubeに動画でもあれば良いんですけどね。曲単体もすごく良いんです。)
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さて、
僕青の『誰愛』である。
まず本家坂道AKB『誰愛』とは、言うなれば当時48サイドへの平手友梨奈と欅坂46的なもののプレゼンテーションであり、ある種本人参加による欅坂カバーです。
現下、48と46界隈の衆目を集めるべくそこに持てるものを結集させた僕青_
その同一性を同じくするメンバーにより、明確な目的意識により披露された『誰愛』とは、その精神性の面で初めてここに完成したとみることもできるのです。
何度と演練したであろうその練度が伝わってくる現場での俯瞰視点、
そしてメインメンバーを務めた八木仁愛さんの表情の演技についてを今回ABEMAのカメラ越しに知ることとなりました。
その八木さんの演技に僕青運営上層が「八木の良さは見たらわかる」と心酔する様も幾らかわかったような気がしました。(そこに運営部の危うさもかんじるが、)
こちらはその没入のメインメンバー曲にこそ杉浦英恋さんをあててもらいたいとの希望があり、そこへの没入の演舞による収まりは彼女の特性上きっと抜群のバランスが発揮されるものだと感じております。
ただそれは、
「バランスが良過ぎるのかもしれない」との感覚がこの『誰愛』においては頭をよぎるようになりました。
"本家"との対比において、その『誰愛』という曲単体で見た場合、メインメンバーシステムの特性上、その中心から受ける全体像が似寄ってしまうのではないかと
その彼女のパフォーマンスの平手志向な部分のみを過剰に汲まれ、その初見勢の無理解ゆえにそのまま模倣との誤解をあてがわれれば、それは僕青運営部としても本家との区別化の面において『誰愛』では彼女を真ん中に置き難いことを一応に理解したところです。
だからといって、杉浦英恋の没入の特性を脇に置いてしまうことはあまりに勿体無く、またそれは得策ではありません。
これよりこちらが望むは、杉浦英恋専用の没入のメインメンバーシステム曲の投入。その僕青による杉浦英恋型メインメンバーシステムの演舞とそのシステムの完成が観たい。
(その情念の没入と陽なものとの双方併せての振り幅に杉浦英恋の利はあるとして、その没入曲に新たな深みが加わればこそ、その一人風車理論的に陽の面においてもさらなる輝きを生むのではないだろうかと)
『誰愛』『誰かの耳』、、
もし、僕青に没入のメインメンバーシステムに嵌る曲が与えられたなら、僕青は誰の何について歌うだろう?
そして我々の前をどのようにして、どのような表情で駆け上がってくるのだろう?
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これが、
こう
なんかだらだら書いただけの記事になってしまった。特に耳パート。(まとめ放棄)
この雑さ加減こそが素人ブログの味である(←開き直り)
推しのことかわいいかわいいだけ言っときゃ良いんよな(かわいい)
以上
※検索ワード
「スギウラエレン」「eren sugiura」「ひらてち」「ゆなな」「ゆっぺり」