子供2
その遊園地には2歳児でも乗れるジェットコースターがあって上の子と一緒に乗りました。
子供はキャーキャー言いながら最高の笑顔を僕に見せてくれて
僕は罪悪感を感じながら今までやってきたけどやっぱり子供と離れることはできない、子供と一緒にいたいと思いました。
それからアンパンマンショーを観てまたジェットコースターに何度も何度も繰り返し乗っていました。
その夜、ファミレスでご飯を食べて子供達とバイバイしました。
僕は一人寂しく電車に乗って家に帰ると、当たり前だけど家は真っ暗で寂しくて、僕はホントにこんなことしてていいのかなって思ったりして、でも何もできない煮え切らない男です。
子供はキャーキャー言いながら最高の笑顔を僕に見せてくれて
僕は罪悪感を感じながら今までやってきたけどやっぱり子供と離れることはできない、子供と一緒にいたいと思いました。
それからアンパンマンショーを観てまたジェットコースターに何度も何度も繰り返し乗っていました。
その夜、ファミレスでご飯を食べて子供達とバイバイしました。
僕は一人寂しく電車に乗って家に帰ると、当たり前だけど家は真っ暗で寂しくて、僕はホントにこんなことしてていいのかなって思ったりして、でも何もできない煮え切らない男です。
子供
僕達はお互い家庭持ちでありながら毎日一緒にいるとゆうことが、今までこんなに一緒にいられることがなかったのでホントに幸せでし た。
毎日Kちゃんの作る手料理を食べて、毎日一緒にお風呂に入り、毎日一緒にベットに入る。おはようのチュー、いただきますのチュー、おやすみのチュー、それ以外にもチュッチュしてました。
なんて幸せなんだろう、こんな日がずっと続けば…
こんなことばっかり考えていましたが、僕達は付き合いだして少ししたころからケンカの多さはハンパじゃなく、一緒に生活していても何度も何度もケンカしました。
「もういい、サヨナラ」
Kちゃんはよくこう言って出ていきました。そりゃもう数えきれないほど…
それでも僕は毎回追いかけて説得したものです。
そりゃもう大変でした。
そんなある日、子供が僕に会いたがってると奥さんから電話がありました。
今までブログ上では全然、僕の子供については触れてませんでしたが僕はチョーチョーチョー子煩悩なんです。
僕は休日に子供に会いに奥さんの実家に向かいました。
1ヶ月ぶりに会う子供達。
僕は子供達と奥さんと遊園地に行きました。
毎日Kちゃんの作る手料理を食べて、毎日一緒にお風呂に入り、毎日一緒にベットに入る。おはようのチュー、いただきますのチュー、おやすみのチュー、それ以外にもチュッチュしてました。
なんて幸せなんだろう、こんな日がずっと続けば…
こんなことばっかり考えていましたが、僕達は付き合いだして少ししたころからケンカの多さはハンパじゃなく、一緒に生活していても何度も何度もケンカしました。
「もういい、サヨナラ」
Kちゃんはよくこう言って出ていきました。そりゃもう数えきれないほど…
それでも僕は毎回追いかけて説得したものです。
そりゃもう大変でした。
そんなある日、子供が僕に会いたがってると奥さんから電話がありました。
今までブログ上では全然、僕の子供については触れてませんでしたが僕はチョーチョーチョー子煩悩なんです。
僕は休日に子供に会いに奥さんの実家に向かいました。
1ヶ月ぶりに会う子供達。
僕は子供達と奥さんと遊園地に行きました。
別居
2006年4月
この頃僕は仕事を独立したくて、それにむけて準備していました。
会社を起こすとかそんな大げさなモノじゃないけどとりあえずは自分一人でやってみようと考えてたんです。
だけどその準備に割く時間が多くなれば多くなるほど今までしていた仕事をする時間は少なくなり、収入は減り、奥さんとのケンカも増えていきました。
次第にケンカの中で離婚とゆう言葉も出てくるようになり、僕の家庭には修復不可能と思われる程の大きな溝ができていて、かと言ってそれを修復する気もない僕は家では常に不機嫌な顔になり、奥さんも僕に話しかけることはなく、必要最低限の言葉しか交わさなくなりました。
そんな状態が2ヶ月ほど続いた4月、僕達夫婦は別居を決めました。
奥さんは実家に帰り、僕は住んでいたマンションに一人で生活していました。
奥さんが出て行ってからすぐにKちゃんが僕の家に泊まりに来るようになり、それは次第に泊まるとゆうよりは住むに変わって行ったんです。
Kちゃんも旦那にはまったく連絡せずに僕の家に泊まりっぱなしなのでKちゃんの家庭も壊れるのは時間の問題であり、僕達はそれでいいんだと、そしてこのまま一緒になろうと、そう決めていました。
この頃僕は仕事を独立したくて、それにむけて準備していました。
会社を起こすとかそんな大げさなモノじゃないけどとりあえずは自分一人でやってみようと考えてたんです。
だけどその準備に割く時間が多くなれば多くなるほど今までしていた仕事をする時間は少なくなり、収入は減り、奥さんとのケンカも増えていきました。
次第にケンカの中で離婚とゆう言葉も出てくるようになり、僕の家庭には修復不可能と思われる程の大きな溝ができていて、かと言ってそれを修復する気もない僕は家では常に不機嫌な顔になり、奥さんも僕に話しかけることはなく、必要最低限の言葉しか交わさなくなりました。
そんな状態が2ヶ月ほど続いた4月、僕達夫婦は別居を決めました。
奥さんは実家に帰り、僕は住んでいたマンションに一人で生活していました。
奥さんが出て行ってからすぐにKちゃんが僕の家に泊まりに来るようになり、それは次第に泊まるとゆうよりは住むに変わって行ったんです。
Kちゃんも旦那にはまったく連絡せずに僕の家に泊まりっぱなしなのでKちゃんの家庭も壊れるのは時間の問題であり、僕達はそれでいいんだと、そしてこのまま一緒になろうと、そう決めていました。