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食堂の奥にある調理場に、従業員と客達が押し寄せてきた。


「なんだ。お前達」


煮込み料理をつくっていた食堂の主人は、驚いて言った。



「いいから。早く。早く」


大きな体を皆に押されて、調理場から連れ出された。


「今忙しいんだ。どうしたって言うんだ。


 ああ、誰か、焦げないように見張っといてくれ!」



叫びながら、店の真ん中に連れ出された。


そこにはイチがにこやかに立っていた。


「ああ、あんた。エームの絵を描いてもらってたんだっけな。


 エームは何処だ?絵は描けたのか?」


イチは持っていた絵を差し出した。


「どうぞ」



食堂の亭主は、それを乱暴に受け取り、顔の前に広げた。


鉛筆で描かれたスケッチだった。


気が強そうな顔をして、正面を見つめた綺麗な娘。


(うん。良く描けてるな。確かにこれはエームだ)



しかし・・・・・。



食堂の主人は絵に顔を近づけた。


この絵には、何かが少しずつ足されていた。


飴色に澄んだ目や、ぎゅっと閉じた唇や、柔らかそうな頬のラインに


なんともいえない艶のようなものがあった。



食堂の主人は大きく目を見開いて、じっと絵を見つめた。


見つめるうちに、その何かの存在は強くなり、


絵の中のエームの表情は輝いていった。



食堂の主人は、自分の娘の絵に見とれていた。


(綺麗だ)


まさかこんな絵を描いてくれるとは思わなかった。



しばらくしてやっと絵から顔を挙げると、


分厚い手でイチの肩を何度も叩き、急いで店の奥に引っ込んだ。


秘密の引き出しから紙幣をつかみ、戻ってくると、イチの手にそれを握らせた。



「俺は、こんな絵を描いてもらって、それをタダですませようなんて、


 そんなケチ臭い事を考える男じゃないんだ!」



それは、金にうるさい男からの、最大の賛辞だった。


イチは嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます」



店の主人は、イチを椅子に座らせ、自分もその隣の椅子に腰を下ろした。


「あんたはすごい絵師だ。あんたみたいな人に、娘の絵を描いてもらえて嬉しいよ。


 なあ、この絵に、色はつけられるか?」


「出来ますよ。でも、今日は無理です。絵の具を切らせているんです。


 これくらい大きな町なら、何処かに売っている店があると思いますが、


 私は今日、この町についたばかりなので、まだ店の場所が分からないんです」



店の主人は、まかせておけ、といった感じでイチの肩を叩いた。


「何処で絵の具を売ってるかは、俺が調べといてやる。


 絵の具も俺が買ってやるから、好きなだけ使うといい。


 そうだ。飯もいつでも食いに来てくれ。もちろん、無料でだ。


 エーム!エームや!何処に行ったんだ!俺の煮込み料理を、この絵師さんに出しておくれ!


 なあ、絵師さん。うちの人気料理なんだよ。食べていってくれ。


 それから、この町にいる間に、俺の他の娘達の絵も描いてくれないか。


 俺にはあと三人娘がいるんだ」


「描きましょう」


イチの答えに、店の主人はうきうきした様子で立ち上がった。


そしてまた絵を見つめ、次に上機嫌で客達に言った。


「よし!今夜はからくり人形を出すとしよう!」


まわりで話を聞いていた客達は一斉に手を叩いて喜んだ。


(からくり人形?)


イチは驚いて店の主人を見つめた。


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