イチは人々に見つめられながら、店の中で光の加減がちょうど良い場所を選び、
そこに椅子を置いた。
「ここに座ってください」
イチに言われ、食堂の娘エームはつんとした顔で、その椅子に座った。
イチは背中に背負っていた鞄をテーブルの上に置くと、
中から紙と鉛筆、そして画板を取り出した。
「あなた、上手いの?」
エームが疑い深く聞いた。
「上手いですよ」
イチはあっさり答えた。
自信たっぷりのその言葉に、エームは顔をしかめた。
「ふうん。それで、どのくらい時間がかかるの?
もうすぐ夕食のお客さん達が来る時間だから、
こんな所で絵を描かれると、すごく邪魔なんだけど」
「そんなに時間はかかりませんよ。簡単なスケッチですから。
何枚か描いて、一番いい出来の絵を、あなたに差し上げます。
さあ、こっちを向いて下さい」
エームは嫌そうにイチを見つめ、イチは絵を描き始めた。
店の客達が、イチの後ろにまわり、そしてぽかんと口を開けて動かなくなった。
エームはその様子を不安そうに見つめた。
(いったい、どんな絵を描いてるの?どうしてみんな、驚いてるの?)
イチはまわりを気にする様子もなく、絵を描き続けている。
まつげを伏せ、自分を描き続ける異国の男を、エームは見つめた。
そして、ふいに気がついた。
よく見ると、この男は鼻筋や唇や顎、そういったもののラインが
驚くほど美しい。
(美しいですって?)
自分が思った事に驚いて、エームは息を呑んだ。
(そんなはずないじゃない)
エームは、そうでない証拠を探そうと、イチの顔をじっと見つめた。
その瞬間、イチが目を上げた。
正面から見てしまった、その瞳の色の濃さに驚き、エームは思わず目をそらした。
「こっちを見てください」
イチは穏やかに言った。
「分かってるわよ」
エームは怒ったようにイチを見た。
しかし、もうまともに目を見る事が出来なかった。
イチの視線を感じるほどに、顔が赤くなっていくのが止められなかった。