その綺麗な娘は、イチの着た異国風の服を見ると、すぐに顔をしかめた。
馬鹿にしたような顔をして店の中を振り返り、客達に向かって何かを言った。
客達は一斉に笑い出した。
おかげで、通りを見渡していたイチがその食堂に目を止めた時、
にやにやと自分を見つめる客達が店から通りへと、あふれ出していた。
しかし、イチはあまり気にした様子もなく、そちらに向かって真っ直ぐ歩いていった。
「こんにちは」
イチは店の客達に向かって丁寧に挨拶をした。
皆、にやにやするだけで何も答えない。
イチは綺麗な娘に近づき、また丁寧に挨拶をした。
「こんにちは」
娘は、腕を組み、飴色の目で冷たくイチを見つめ、吐き捨てるように言った。
「こんにちは」
イチはこの高慢な娘に向かって、礼儀正しく言った。
「はじめまして。私は絵師のイチといいます。
あなたの絵を描かせていただけませんか?」
「あたしの絵ですって?」
思ってもいなかった事を言われて、娘は驚き声を上げた。
「そうです。あなたの絵を描かせてください」
まわりの客達は顔を見合わせ、
この意外な申し出について、口々に話し合いだした。
「どうしたんだ。いったい。なんでこんな所に集まってるんだ?」
店の奥から店主らしい、太った中年の男が出てきた。
茶色く汚れたエプロンをつけ、体中からビスケットの匂いを漂わせていた。
客の一人が言った。
「この男が、あんたの娘の絵を描かせて欲しいって言ってるんだよ」
「絵だって?この男が?こりゃ驚いたな。その服は東の国のものじゃないか。
あんな遠い国から、こんなところまで来て、うちの娘の絵を描きたいだって?
あんた、絵師なのか?」
「はい。絵師です。イチと言います」
イチはにこやかに頷いた。
店主はじろじろとイチを見て、
「金はとるのかい?」と聞いた。
「いいえ。お代は結構です」
「ふうん。商売抜きで描きたいっていうのか?」
「そうです」
イチはうなずいた。
店主は少し考え、にやりと笑った。
「まあ、うちの娘は美人だから、この絵師の言う事も分からんでもないよ。
エーム、いいじゃないか。描いてもらいなさい。
ところで絵師さん。イチっていったっけね。
描いた絵は、くれるんだろう?もちろん無料で」
ずるそうな顔をした店主に、イチはにこやかにうなずきかけた。
「もちろんです」
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