川崎インキュベーター 主催
「熱血!夜間学校グラブ!略してヤガク!」
@ラゾーナ川崎プラザソル



piperで有名な腹筋善之助さんのWSから発足した公演。

舞台は昭和初期の夜間学校。
様々な事情を抱えた生徒たちの青春群像劇。



腹筋さんの舞台だからコメディなんだろうなぁ。と思っていたが、思っていたよりもコメディ色は強くなかった。

おそらく今回のコンセプトをコメディよりも青春群像劇に重点を置いたからだと思う。
あるいみそれは正解な気がした。

WSで選ばれたキャストたちは、もちろん腹筋さんを好きで受けているわけだからコメディ好きなのだろうが、いかんせん真面目な気質な人が多い。

楽しんでやろう、よりも、この現場でっっ!!な人たち。


結果として、成功した作品になったのだと思う。


が、どうもキャストのフェイスにコメディ色が匂う
そしてそれを自覚しているキャストが多くない。

だから、腹筋×コメディ顔ということで、笑いへの期待は高まるだろう。


それを考えてなのか腹筋さんの演出傾向なのかはわからないが、いま笑ってもいいですよポイントが随所に散りばめてある。
残念、活かしきれていない。

校長として出演していた腹筋さんのコメディ演技が浮く形になっていた。

座組キャストがまとまった演技傾向にあったため、腹筋さんもそこに合わせていくべきだったと思う。統一感が薄れた。




作品内容は、すこし説明が多いかなと思った。少年漫画的な作品構造にはなっていたが、ラストを「素敵」な感じにするためにキャラの設定を語らせ過ぎかなぁと。 いままでバラバラだったクラスがまとまって、他人へ告白することによって親睦感をだそうとしたのだろうが?


いろいろと、土台の諸々はあるものの、作品つぐりと、本番での気合いが熱い!かなり体力戦だし、大声張るし。


やっぱそこに持っていかれた部分はあったかな。
その演技法で台詞をしっかり触られると感動するもの…


自分のいつまでも特別なキラキラした青春を思い出した。


うーん。きっとテーマを頑なに貫いたんだろうなぁ。凄い。




痛感したのは、シンプルが素敵だということ。



ひとりぼっちだから捕まえたいんだ



柿喰う客
「愉快犯」
@芸術劇場小ホール





露出狂のほうがおもしろかった、ってのが率直な感想。



タイトル以上のものを拾いとれなかった。



柿は過去に一度しか見ていないけど、ただおもしろいだけじゃなくて、切り替えがはっきりしていて、伝えたい内側が一気にやって来る瞬間が魅力だと思っている。
それがどうも今回はもたついていた様に感じた。


それでも何か残される部分があるのは流石だなぁ





ラストシーンが嫌い。抜いてないんだろうけど手抜きに感じた。
そして拍手させるタイミングをつくらないのは、観客が、芝居の世界からすっと戻るタイミングが無いのと同じことだと思う。どうもすっきりしない。

狙いなのかもしれないが、なんだかなぁ。



役者のスキルが高い
とくに基礎スキルが桁違いだ。



今年は色んなジャンルの芝居をみたいなぁ


待ってるから



劇団夢命 第三回公演
「風乃旗」
@pit 北/区域



先輩の劇団。
友人後輩が多数出ていたから、半分付き合いで見に行った。


第二回公演も過去に見たので劇団のスタイルはなんとなくわかっているつもりで見た。



新撰組の舞台での出来事。

「いつからか数字でしか過去を見なくなった」

と、いう台詞が冒頭であったために、その事に対しての皮肉やらなんやらを軸とした話しかと思ったが、そうではなく、
どちらかというと今が過去になっていく様を描いて、その時を生きる人には過去は今を活きるための出来事
と訴えているように取れた。


構成が時間軸が往き来しすぎ。オープニングや節々の台詞や導線からもアニメや映像の印象を受けた。
故にこれは戯曲というよりはシナリオな舞台なのだろう。


それを舞台でやることが効果的かどうかはまた別のはなしで、今は置いておく




正直な感想は、満足は到底できない。
前回感じた主宰がやりたいことをぶちまけた感じは無くなってはいたが、それまで。
単に私が歴史不得意だからなのか、と言うわけではなさそうなのだが、台詞が入ってこない。


役の背景が見えない。
台本に書いてある人間関係以上のものが見えないから、役者が放つ台詞が活きない。

ただでさえ生きる時代が違う話で、年齢も等身大でないのだから、深く掘り下げなくては。
作者もレッテルだけあてた人物は書いていないはずなのだから。



役者の技術的な面は指摘したいところはあるが、
演出として、演技の一貫性と発声は整えるべきであっただろう。

劇場がタッパがあって客との距離が近く、がなる台詞が多いなら上にぬける声をだせばいい。
ステレオでもなく分散した声の破片が客席に届いたり届かなかったりするだけ。


それと言葉(と劇団がしているであろう手法)がまぁつまりはアンサンブルなのだが、あまりいい効果が見えなかった。


鯉渕という役の一部の台詞がアンサンブルになっていたのだが、それは記録にある鯉渕の言葉を読んでいるのか。だが、鯉渕自身も一人で話す。

鯉渕主軸の話なら最初から最後までアンサンブルで通せばいいが、主となっているのが3人いて。
結局過去が見えないからそれも生きていなかったのだが。




学生の役者を本職としていない役者が多い中、やはり演出に演技指導のスキルも求められるのだ。

それが出来るようになったなら、この劇団は「色」がつくと思う。