ぶつけて『終わり』にする | ひとしずくの純金

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たったひとつのわたしの生き方を見つける旅

 

怒りの感情は何らかの形で

どこかに ”ぶつける” 必要がある。

なんだかふと
そんなフレーズが頭に浮かんだ。

なんでだろ。









怒りの感情。

マネジメントするよう言われることも
あるようだけれど
私はその詳細を知らない。

管理なんてできるのかな?
と懐疑的な気持ちもある。



いずれにしろ、
これから生まれる怒りならともかく、

すでに生まれた怒りは
何らかの形でどこかに、何かに
ぶつける必要があるんだろう。

できればぶつけてもいい何かに。



クッションに八つ当たりする?
カラオケでバカヤローと絶叫する?
ノートに書きまくる?

なんにせよ
押し込めたり、押し殺したりは
できないような気がする。

生まれたものは
無かったことにも、別のものにもできない。

私はそう思う。

 



蓋をしたような気でいても
その怒りが後になって、形を変えて

自分に向かってしまうことだって
あるかもしれない。

ぜんぜん関係ない人に
向かうことだってあるかもしれない。

思いもしなかった長い時間を経て
よみがえることだってあるかもしれない。



だから、やっぱり
どこかにぶつけて『終わり』にする必要が
あるんだろうと思う。

なんらかの形で決着をつける。
 

そんな言葉も浮かぶ。



じゃぁといって
もし仮に、その怒りを表に出したとして、
ぶつけた先に何もなかったらどうだろう?

ブラックホールのようなところに
すぅっと吸い込まれてしまったら?

音もなく、手応えもなく
すぅっと消えてしまったら?

手応えがなさすぎて余計に

フラストレーションが溜まりそうだ。



壁にぶつけるボールが
「確かに硬いモノに当たった」
と手応えをくれるように

強いエネルギーは
しかるべき何かに当たらないと
表に出してもすっきりしないだろう。



だから私たち心理士は
投げ込まれる感情を受け止めるための
キャッチャーミットをいつも構えている。

どんなボールも見送らずに
ガシッと正面で受け止められるよう
待ち構えている。



見送られたボールは
誰にも拾われず、かえりみられず
転がされたまま残っていく。

それは不満の形でくすぶり続ける。

だから、できる限りボールを受ける。



いろんなことがある。

いろんなことがある度に
いろんな気持ちが湧きあがる。

怒りだけじゃない。

嬉しかったり
悲しかったり。

いろいろある。

 



感情は受け止められて
初めて成仏できる。

そんなところがあるように思います。
 

 

 

そして、それだけやっても

どうしても収まらない感情は

 

トラウマと紐づいているかもしれない。

 

目の前の出来事じゃなく

 

過去のトラウマに

反応しているのかもしれない。

 
 
 
その時は
別の対処の必要性を
検討してもいいのかもしれない。
 
例えば
トラウマへのケアをしていくこと。
 
 
 
感情が湧きあがることを
コントロールするより
 
湧きあがった感情が
 
強すぎること
圧倒されてしまうこと
出来事に見合わないこと
 
そんなことを注目して
次の手を打っていけたらと思います。
 
 
 
お一人お一人の状況を伺いながら
一緒に検討していきましょう。
 
『性格のせい』と諦める人が
一人でも減りますように。
 
 
 

 

カミヤカオリ

 

 

 

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