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今から9年ぐらい前(2016年)でしたか、家庭用金庫がホーセンターなどで売れているという記事を目にしました。

金のインゴットでも入れておられるのでしょうかね。

 

今日紹介する人はそういった考えをも通用させなかったようです。今回はこの人物が図柄の貨幣です。

 

フランクリン・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt /1882年1月30日~1945年4月12日)は、今日が亡くなった日です。

ルーズベルト大統領の貨幣の一つ(記念貨幣)を紹介します。ルーズベルト大統領の図柄ではダイム(Dime)貨が一般的ですが記念貨もあります。

 

 

 

アメリカ 大統領1ドル貨 第32代フランクリン・ルーズベルト デンバー 2014年

(大統領1ドル貨プログラム)

FRANKLIN D. ROOSEVELT

IN GOD WE TRUST 

32th PRESIDENT 

1933-1945

中央にルーズベルト大統領の肖像

 

反対側です

UNITED STATES OF AMERICA

肖像は自由の女神

 

 

(同)フィラデルフィア

 

(同裏)

 

直径 26.5mm  量目8.1g  状態 UNC

素材 Manganese brass clad copper

発行枚数 ミント計約1007万枚

縁に刻印 E PLURIBUS UNUM 2014

 

 

 

フランクリン・ルーズベルト大統領はアメリカでは常に人気投票の上位に位置し、日本でもニューディール政策(AAAやTVAなど)や第二次世界大戦を連合国勝利に導いた政治家として教科書に解説されています。

 

が、しかし、マンハッタン計画を主導したり、日本を太平洋戦争に引きずり込んだ人物として日本ではよくない評価をされることもあります。

 

貨幣収集家を自認する私もいいイメージがありません。

なぜなら、およそ90年前の同じ4月(1933年4月5日)、合衆国政府の不況対策としての金融の量的緩和の一環として出されたのは「大統領令6102」でした。

 

これは、「私、フランクリン・ルーズベルトは、米国大統領として、(中略)金貨、金地金、金証券を、個人、協会、企業において米国内で保有することを禁ずる。」

つまり、民間の金所有を法律で禁止し、政府が金を独占したのです(当時のアメリカの人々はせっせと金でタンス預金していたようですがこれで金の退蔵は禁止され、金1 オンス20.67ドルで強制的に買い上げとなりました)。

 

当時のアメリカにおいて金の兌換が一時停止されていたとはいえ金は実質本位貨幣として認識されていたとすれば、日本が戦後行った財産税(財産税法/1946年)をアメリカは戦争前にやっていたとも言えるのかもしれません。

 

その後の歴史では、戦後は各国の通貨は、ドル(米ドルだけが兌換可:金1オンス=35ドル)と交換比率を一定に保つ(固定相場制)ことで間接的に金とつながり、国際通貨制度が完成(ブレトンウッズ体制)しました。

 

しかし、1971年8月15日、国際収支の赤字にたまりかねていたニクソン大統領は「ドル防衛」のためアメリカに流入する外国製品に対して10%の追徴課税とドルから金への兌換禁止を発表(これがニクソン・ショック)。これによって金本位制は完全に崩壊しました。

この時、世界はパニックになったことを今でも思い出します。(IMF体制からスミソニアン体制へ)

 

その後、1974年ニューヨークに金の先物取引場が創設されて、ようやくアメリカでは民間の金所有が解禁されました。日本の金先物取引の開始は1982年です。

そういえば昨年は「米」の先物取引がスタートしましたね。金が貨幣だった時代があったわけで、そしてかつての江戸時代は米本位制だったと言われることもあることを合わせると、今や、金も米も貨幣からコモディティになりました。

 

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

金の民間保有の禁止について参考とした文献:

「富国と強兵 地政経済学序説」 中野剛志 東洋経済新報社 p.372~381

「経済学の歴史」 J.K.ガルブレイス 鈴木哲太郎訳 都留重人解説 ダイヤモンド社 p.285~p.290

Wikipedia「大統領令6102」、「預金封鎖」、「ニクソン・ショック」

その他、時系列をみるため「最新世界史図説」帝国書院、日本取引所グループのウェブサイトを参考にしております

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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子どものころから廉価で小さいものを集めるのが趣味でした。ビー玉、おはじきそしてコマとか。

その子どものころに聞いた懐かしい歌に「テネシー・ワルツ」があります。おかげでアメリカの州の中でも一番先に覚えたのが州名がテネシーであったかもしれません。

 

 

そして、公開直後の映画を見てきました。これはテネシー州にもゆかりのアーチストの伝記ドラマでした。この映画の内容と感想は後半にあります。

 

前述のようにテネシー州といえば「テネシー・ワルツ」。これは1948年に出版されたアメリカのポピュラー/カントリー曲集。1950年末から1951年2月まではパティ・ペイジがカバーしたものがミリオンセラーとなったとか。(wikipediaより)

 

そこで、テネシー州の記念25セント貨を紹介します。楽器が並んだ楽しい貨幣です。でも、今回の貨幣はホントに廉価品です。なんせ25セントですから。

 

 

 

アメリカ 25セント白銅貨 テネシー州 2002年

1/4 Dollar ''Washington Quarter'' Tennessee

 

 

TENNESSEE

1796(1796年6月1日に16番目の州として合衆国加入)

MUSICAL HERITAGE (音楽遺産)

2002

E PURURIBUS UNUM

 

図柄の上にある3個の星はテネシー州の3地方を、

右のバイオリンは東テネシーのアパラチア音楽を、

上のトランペットは西テネシーのブルースを、

左のギターはナッシュビルのある中央テネシーを、

背後には楽譜を、

それぞれ表現しています。

 

裏側です

UNITED STATES OF AMERICA 

IN GOD WE TRUST

LIBERTY

JF WC

QUATER DOLLAR

図柄はワシントンの肖像

ミントマークはS (サンフランシスコ)

 

直径 24.26mm  量目5.67g  状態 UNC

素材 Copper-nickel clad copper 

発行枚数 648,000,000枚 縁にギザあり

 

 

 

アメリカでは1999年から年間5州の記念25セントが発行されていて2008年まで続きました。2002年にはこのシリーズ16番目としてテネシー州のが発行されたのです。

 

何と言ってもテネシー州はエルビス・プレスリーゆかりの州。ブルースやロックンロールなどのアメリカのポピュラー音楽の拠点ともなった州。ナッシュビルはフォークソングのイメージが強いボブ・ディランもここを拠点にしていた時期がありました。

だから、この貨幣はアメリカ音楽文化へのテネシー州の貢献を称えたものとなっています。

 

テネシー州の州歌とも言われているのが「テネシー・ワルツ」です。3/4拍子、穏やかな心地よい旋律の楽曲ですが、原曲歌詞は「恋人とワルツを踊っていた時、友人に紹介したら恋人を友人に取られた」というあっけらかんとした失恋の歌となっています。

 

 

 

 

 

 

ここからは映画の感想ですが読んでいただければ嬉しいです

(映画のパンフレットより)

 

「名もなき者 A Complete Unknown (原題:A CONPLETE UNKNOWN / 2035年/米国/米語/140分」

でした。

 

これはノーベル文学賞をも受賞したボブ・ディランの半生を描いた伝記ドラマでした。生存しているうちに伝記映画が製作されるとはさすがに驚きの人物です。

 

私がボブ・ディランの名前を最初に覚えたのはフォークソングGARO「学生街の喫茶店」の歌詞にあったから程度でしたが、それでも曲の題名記憶はあやしいもののいくつかは知ってました。

この映画のすごいところは、主役ボブ・ディラン役のティモシー・シャラメをはじめ登場する俳優さんたちが歌もギターも上手すぎるということです。。最初は口パクにアフレコしているのかと思っていましたが生だと気付いて感心しました。

台詞も、ボブ・ディランの何言ってるのかわからないところも似ているような印象でした。

 

1960年代の、公民権運動、キューバ危機、ケネディ暗殺、私が子どもの頃にニュースで見聞きしていたことが背景にあって、ボブ・ディランがフォークからロックに向かっていくところの描写がリアルでした。

 

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

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子どもの頃から廉価で小さいものを集めてきましたがやがて記念貨幣が多くなってきました。それらを眺めてはブログにしております。どうか最後までお読みいただければ幸いです。

 

 

 

先月、公開直後のデンマーク映画を見てきました。

デンマークはアンデルセンの国。

日本でのデンマークの映画公開は珍しいことと、主演は007/カジノ・ロワイヤル(2006年)でボンドの敵役を演じた役者さん(マッツ・ニケルセン)だったので。この俳優さん渋いです。

 

映画の感想は後程にしてデンマークの記念貨幣が手許にありましたのでとりあげました。映画にはデンマーク国王も出てきました(18世紀なのでフレデリク5世)。

 

 

 

デンマーク マルグレーテ王女18歳誕生日記念

(成人記念) 2クローネ銀貨 1958年

PRINSESSE MARGRETHE 

16  4  1958 

2 KRONER

(マルグレーテ王女 1958年4月16日 2クローネ)

中央にマルグレーテ王女の肖像

(当時は王女でしたが、1972年に女王に即位され、2024年に皇太子フレデリクに譲位されました→フレデリク10世)

 

 

こちら側が表です

FREDERIK IX KONGE AF DENMARK

C♥S

(デンマークの王 フレデリク9世)1972年崩御

C♥Sはミントマーク (コペンハーゲン)

 

直径 31mm  量目15g  素材Ag800 状態 AU

発行枚数 301,000枚  ギザあり

 

 

デンマークは立憲君主制の国。

1972年に即位されたマルグレーテ2世女王はその美貌とファッションセンスと親しみやすさでデンマーク国民の大人気の君主でした。

母君はスウェーデン王女、妹のアンネ=マリーは元ギリシャ国王の王妃、従弟にベルギー王やルクセンブルク大公妃がいて、まさに欧州ロイヤル・ファミリーそのもののような家系ですね。 

2022年に英国エリザベス2世女王が崩御していたため世界で女性君主は現時点で存在しなくなりました。(Wikipedia)                      

 

 

 

ここから映画の感想です。

この映画鑑賞の事前知識としては、デンマークは11世紀には「北海帝国」とも言われ北欧の強大国でした。しかし、17世紀の30年戦争介入後から衰退、その後も領土を縮小させ残った国内を開発せざるを得なくなったわけで。国土の大部分は平地であったのでそれが簡単そうでいてそれがなかなか困難だった。その開発といっても北の荒涼たる不毛の湿地と原野のだったからです。日本の北海道開拓史にも匹敵します。

(映画のパンフレットより)

「愛を耕すひと(原題: Bastarden / The Promised Land /2023年/デンマーク・ドイツ・スェーデン/デンマーク語・ドイツ語・スェーデン語/127分)」という映画。

 

デンマーク語の原題では「庶子」、英題で「約束の土地」、それと邦題の「愛を耕すひと」と題名が各々異なってるのですが、鑑賞後、よく考えられた題名だと思いました。要するにこの映画を理解するキーワードが3つ(後述の①②③)あるとも言えるのではと。

 

18世紀のデンマーク。貧窮にあえぐ無骨な退役軍人(ルドヴィ・ケーレン大尉)が貴族の称号欲しさに国王領の荒野を開拓。隣地領主の過酷な妨害のなかで、その彼が領主の圧政から逃亡してきた未亡人女性、そして家族に見捨てられた異民族の少女、この3人の疑似家族的交流のなかで家族愛に目覚めていくという物語でした。

デンマーク開拓史における実話がもとになっているようです。

 

①身分差別が酷い時代。主人公が、開拓によって爵位の獲得にこだわりるのは出生が庶子だから。国王の権威にすがりたかったから。

②曇天と雪の中を必死に不毛の荒地を開墾していくのは容易 なことではなく、信仰にも似た不屈の精神が必要であった。

③たぶん戦争しか知らなかった中年の寡黙な男が、愛した女とせっかく得た土地を捨て旅立っていく。つまり、耕して得たのは土地ではなく愛であった。耕されたのは凍てついた彼の心だった。(←これはネタバレです こうしてみると邦題がピッタリのような感じがします。)

順にいくとそんな展開になっていました。

 

なかなか感動的な終わりかたでした。

 

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

参考文献:

 

「人類5000年史Ⅲ」・「同 Ⅳ」 出口治明 ちくま新書

 

 「後世への最大遺物・デンマルク国の話」 内村鑑三 岩波文庫 (デンマーク北部の状況を知るため参考としましたがこの書籍で述べられている人物ダルガスは19世紀の人なので映画の主人公とは異なります。開拓者が複数いたのだと解釈していますが、どう思われますか。)