さきほど、テレビ番組の ガイアの夜明け

でJAL再生が取り上げられていました。



銀行の債務放棄、公的資金の注入、

その条件の一つだった厳しい整理解雇を経て、

残った社員の皆さんの、特に幹部の意識改革

を目的とした幹部社員への稲盛会長の経営哲学

を学ぶ講座を受けて、ある機種の運行を統括する

立場の機長さんが、いままで、「会社の赤字とか

無配なんて自分には関係ないと思っていた、

会社をつぶしたのは歴代の経営者だと思っていた。

お客さんが減るのは営業サイドのこととしか思っていなかった」

とおっしゃっていました。 さらに、「パイロットには

パイロットとしての営業の方法があるんじゃないか」という

ことを、自分の部下のスタッフにとつとつと

語っておられましたが、

それに応えて、ある45歳の機長さんは、リムジンバス

(かつてはハイヤー送迎が当たりまえでしたね)

のなかで機内アナウンスの原稿を書いていました。



この機長さんは、ブリーフィングで「この状況でJALにリピート

していただくことの難しさを超えて、また再度JALを選んで

いただけるようなフライトにしましょう」とフライト前

におっしゃっていました。



彼は、搭乗前の待合室を回って搭乗客と

コミュニケーションをとって,子供さんにパイロット帽を

かぶせて写真を撮ったり、ステッカーを配ったり

していました。

お客さんは、「今の人本物なんですか?」と

きょとんとテレビクルーに聞いていたお顔が

よかったです。



また機内アナウンスでは、「会社更正が認められ、

社員を代表して御礼申し上げます、安全を最優先し

つつ、またJALを選んでいただけるように頑張ります」

という主旨の機長さんとJAL一人ひとりの人柄と再建

への願いが感じられるようなアナウンスでした。



後日、カスタマーリレーションというのか、お客さんの苦情

処理を主な業務とする部署の方が、先ほどの運行の

幹部の機長さんのところに来られて、素晴らしい機内

アナウンスだった、サービスもよかった、JAL最高!

などのお客さんからの声を届けながら涙を流していました。



この方は更正前は次々と最悪の苦情が寄せられて、

「もうJALには二度と乗らない」というクレームレターに

涙を流していたスタッフです。



JALは急速に体質が変わってきているように思えます。

よって、私は引き続きJALを応援します(JALに乗ります)。

日本を代表する誇り高き会社になってほしいですね。


それにしても、稲盛さんはすばらしい経営者ですね

79歳、もっともっと長生きして欲しいです。



北海道洞爺湖温泉    湖畔の宿 洞爺 かわなみ





でも飛行機に乗って、そんなに腹立つって言う

お客さんの側も ちょっと と 私はおもいます。



搭乗カウンターでおじさんスタッフとグランドホステス

を並べてえらい剣幕で怒鳴りまくったりしている

叔父さん客を何回か見たことありますが、まあ

事情はわかりませんが異常な光景であることは

たしかです。 大人として、クレームの出し方にも

作法がありませんか?





ある外国籍(中国人)の日系航空会社のスタッフが

ファーストクラスのフリークエントフライヤー(頻繁利用顧客)

の荷物が行方不明となったとき、そのおじさんが、

「いいよ、いいよそのうちでてくるよ」と、平謝りのスタッフ

をかえってねぎらっている姿を見て、

日本人に対するイメージが全く変わった!

という記事もありました。









そういうときこそ、その方の成熟度が現れる瞬間だと思います。







報道によると、大阪道頓堀

で行われた、のりの小売・製造業者

でつくる「大阪海苔協同組合」主催の

恵方巻早食い大会において、

某女子大生3人組が昨年に続いて連覇

を果たし、優勝賞金も合わせて獲得した

とのことです。



この中の一人って、実は

うちの長女なんです!!!

同じ部活の仲間だそうです。

3人とも細くて、大食いには

見えないんですけどね、、、

女子大生パワーですね。



何やってんだかといいながら

おじいちゃんもおばあちゃんも

嬉しそうにしていました。


まあいいか、たまには


洞爺湖は連日マイナス5度

で寒い日が続いています。






北海道洞爺湖温泉    湖畔の宿 洞爺 かわなみ

今日、大学時代にいつも

つるんでいた 友人から

郵便が届き、中に本が入っていました



人を語らずして介護を語るな。 masaの介護福祉情報裏板


彼は登別市にある老人介護施設の

施設長をしていますが、

現場で感じたことを私的にブログで

つづっていたところ、福祉、介護関連ブログ

でいつも全国1を争う人気になっていたそうです。

ブログはこちらです

masaの介護福祉情報 裏 板


いかに多くの方が、介護で悩み感心を

もたれているかということですね。

彼の今後の活躍に期待します。


今の介護のシステムに、現場の声が

反映されておらず、利用者が使いずらい

ものに改悪されてしまっているそうです。

テンポ良く、楽しく、ためになる本です。

本といえば、もう一人同級生で出版しています。

こちらは



北海道洞爺湖温泉    湖畔の宿 洞爺 かわなみ

人・環境・精神保健―虐待予防への序章


という本で、彼女はまじめな女子学生でしたので

いつもつるんでというわけではなかったのですが、

同じ講義をいくつか取っていたので、良く知って

いました。かわなみにも何度か遊びに来てくれて

います。今は某大学の教授として教壇に立っています。

こちらも、専門性は高いですが、現在の闇である

虐待の原因と今後の対策を提言しています。


2人ともえらいです、

足元にも及びませんね!!

先日,奥洞爺温泉郷推進の母体である

壮瞥町商工会の新年会があり、

この組織が壮瞥町とお隣の伊達市

にまたがる関係で伊達市長さんも

ひな壇にお座りになっていました。

みなさんに今年から取り組む奥洞爺牛

をご賞味いただきながら、市長さんに

このプロジェクトに伊達市からも援助

お願いしましら、「いいですよ、しっかり

進めてください」と言っていただきました。


伊達市がいいといったら、壮瞥町も、、、

皆さんの事業所単位の負担が少しでも

少なくなる方向はとてもいいことです。

ただ、なんでもかんでも補助で、という

姿勢では、本気度が疑われます。


将来、温泉はもちろん、いろいろな農産物

や加工特産品が奥洞爺ブランドで世界に

出て行くのを夢見てがんばりましょう!!




この一週間、よい天気が

続いていますが、今日は

特別のいい天気。


居間の窓越しに洞爺湖の

中心の中島の一番大きい

大島に望遠鏡を向けてみました。


いつもは木に覆われて見えない

山頂の地形がくっきりと見えます。

山頂には岩石が顔を出しており、

やはり、地下からどーんと盛り上がった

溶岩ドームであることがわかります。


今はちょっと寒いですが、春先雪が消え始めたら

大島全山を歩き回ってみたいですね、

このころは葉っぱが無いので地形が見渡せて

楽しいのと、下草が無いので歩きやすいです。



北海道洞爺湖温泉    湖畔の宿 洞爺 かわなみ

望遠鏡にデジカメをくっつけたので画像が悪くて

すいません。

3本の線は手前の電線です。


OO7の映画は昔から最高の

エンターテイメントであり、

東西冷戦下の熾烈な情報

合戦や、亡命を扱ったものから、

宇宙空間での死闘や

有名な悪の結社スペクターや

冷戦終結後はメディア王の悪巧み

や、石油利権、最近は水資源を

一手に我が物にしょようという

環境ファッショのような人物が相手

という風にその時代を映すストーリー

が設定されて来ましたが、

なんといってもボンド君の活躍を

支える数々のガジェット(小道具)

が魅力でありました。

特に車はQが必ず「乱暴に扱わないで

くれよボンド」と絶望的なセリフを

言ってもまったくお構いなしに、、、

というのが定番でしたね。


今は英国の誇る手作り高級スーパー

スポーツ、アストンマーチンが

ダニエルクレイグの定番カーとして

2作連続して使われています。


ボンド氏が日本に来たときに映画に

登場したトヨタ2000GTにレプリカ

が登場したそうです。


まずは写真をどうぞ。


北海道洞爺湖温泉    湖畔の宿 洞爺 かわなみ


北海道洞爺湖温泉    湖畔の宿 洞爺 かわなみ


北海道洞爺湖温泉    湖畔の宿 洞爺 かわなみ

北海道洞爺湖温泉    湖畔の宿 洞爺 かわなみ

まったく良く出来ているように見えます。

タイヤの扁平率も昔の雰囲気をかもしだして

いますね。


なんとこの車のベースはマツダのロードスター

だそうです。価格は480万くらいになるそうです。

確か浜三枝さんがドライブして、我々の世代には

一番ボンドらしく感じるショーンコネリーを

乗せてニューオータニへ乗りつけるシーンが

ありました。



こういうものを生み出す小技は、中国の方々より

うまいと思うのですが、、、、



そういえば、ちなみに我が家には昔

ロジャームーアが乗って悪役とボートチェイス

を繰り広げて、結婚式をめちゃくちゃにしたり、

道路を走ったり、おしりから魚雷を撃ったりして

大暴れしたアメリカ製のボンドボートの

カールソンがありました。長男がベビーのころ

でしたから20年以上経つんですね。

デザインされたのは30年くらい前でしょうか。

一番景気のいい、怖いものなしのころの

アメリカンメイドでした。






北海道洞爺湖温泉    湖畔の宿 洞爺 かわなみ

我が家にあったのはこれで、


北海道洞爺湖温泉    湖畔の宿 洞爺 かわなみ
ボンドボートになったのはこれでした

今見ても全く古くないですね。


古き、よき時代に乾杯!!

今日は長女の高校時代の友人との成人祝賀パーティが

ホテルモントレーエーデルホフ札幌であり、

明日は朝から成人式の髪結い、着付け

があり、公共交通ではその日の帰宅が不可能

なため、雪道運転送迎係でした。 


その間、時間つぶしに、JRタワー内の

日航ホテルのスパで三時間過ごし、

それでも足りずに駅直結の大丸や

ビックカメラを行ったり、来たり。


ただ、ビッグカメラはたまに行くと

かなり面白かったです。

入って最初にあったのは3D大型テレビ

コーナーでした。 各社の3Dシステムが

並んでいました。ただ、メガネがおっくうなのと

奥から順に舞台に薄っぺらなセットを手前まで

並べたような奥行きをこれ見よがしに作るような

視覚効果はかなりわざとらしく

たまのエンターティメントならいいでしょうが、

毎日見るものではないように感じました。

また、眼球にかなりな負担をかけている感じ、

言い換えれば、今までのただテレビを見るとい

うのを1とすれば、5倍くらい眼球と視神経の

仕事が増えている感じがします。要するに疲

れる気がしました。


店員さんに、メガネのいらない3Dテレビは

どこですか?と聞いていってみましたが、

まだサイズは20型くらいでしょうか、でも

メガネなしでもちゃんと3D効果がわかりますよ、と。

この瞬間に今まで並んでいるメガネ必要

システムはもう過去のものですもんね。

でも、目に来るあの独特の負担な感じは同じ

位でした。 ということで、3Dテレビははまだ

「買い」ではないような気がします。

沢山並んでいたテレビのなかでも、そんなに

大型ではないと思っていた我が家の52型は

かなりでかいほうでした。

ただ、LEDのバックライトになり、プラズマは姿を消し、

3Dが現れ、画面の厚みが薄くなりと、一年半くらいの間

にかなりな変化があって驚きました。サムスンは有機EL

ディスプレーに確か3兆円でしたか、超大型投資をする

そうなので、薄型テレビはまだまだ変わっていきそうですね。


もう一つ、Ipad と新しいMac book air はさすがという感じ

でしばらく時間を忘れて遊んでしまいました。

同じようなスペックなのにwindowsマシーンよりきびきび

動くように感じるのは不思議ですし、やっぱり、圧倒的に

かっこいいです。


そしてひそかに買い換えようと狙っていたのが、

ノイズキャンセラーという機能がついたヘッドホンです。

これは、外の音と全く逆位相の音を同時に出して、

外部からの入力音を事実上消してしまうという理屈です。

ヘッドホンをつけた瞬間、静寂の世界を体験できます。

今使っているものは安物なので、飛行機など明らかに

うるさい環境では驚くほど静かに音楽を聴けますが、

家庭では音楽が切れた時にかすかなサーっという

ノイズが気になるのです。


BOSEが3万円後半の商品を前から出していましたが、

今回SONYが出した、外のノイズを99%カットするという

ものは本当に素晴らしい出来で、音楽を聴かないときでも

つけけてもいいんじゃないの!!って感じでしたが、

4万近い価格の価値があるかないか考えているうちに買わ

ずに帰ってきました。

もう一つの理由はちょっと大きすぎで、旅に持っていくのにどうかな?

と思ったからです。耳が完全に隠れるので、その分静音効果

は高いのですが、、、、、

旅客機やJRをしょっちゅう利用する人には本当にお勧めです

飛行機のあの轟音に包まれたキャビンがシーンとした空間に

変わります、ただ、CAさんが言ってることが聞き取れないのが

たまに傷ですが(ヘッドフォン耳から浮かせばいいんですが)

まあ、ほんと新しい品物であふれている場所でした。

駅付近は、閉鎖中の西武系の五番館をヨドバシカメラが

買収するというニュースが2,3日前にありましたが、

そんなに家電店がいるのでしょうか。


もう一つ長女の関西空港からのお土産が「白い恋人」ならぬ

「面白い恋人」 でした。 関西人は面白いですね、ホント!!



石屋製菓さんでしたっけ、うかうか出来ないですね

ま、関係ないか


でもこれにサウンドロゴ  もしあったらすごい!!



北海道洞爺湖温泉    湖畔の宿 洞爺 かわなみ


今年は洞爺湖で9月28日

から10月1日まで、ジオパークの日本大会

が開催されます。

洞爺湖、有珠山ジオパークは

火山だけではありません、

縄文文化の痕跡も大切な要素になっています。

2011年は奥洞爺温泉郷ブランド元年の年

でもありますが、もうひとつ


洞爺湖水中の縄文の痕跡

を探す!!


をテーマに活動しても参りたいと思います。


縄文文化に関しては、すでに

昨年、縄文サミットが洞爺湖

で持たれました。その際に

近隣に縄文マニアやまじめな

研究者が少なからずおられることを知りました。

そういう皆さんに教えをいただきながら

濃い場所を特定してみたいと思います。


まあ環境省のお達しでは、ごみも含めて

洞爺湖からの持ち出しはならんという

ことだそうですので、物品の収集という

わけにはいかないでしょうが、文化的

に価値のある目的、方法を模索してみたい

と考えています。  これは文部省の管轄になりますね。


このような調査に興味のある方、

縄文文化とそれに連なるアイヌ文化に

興味のある方でいっしょに活動してみたい、

それを さかな に酒を飲みたいという方が

おられましたら、潜らなくてもまったく

問題ありませんので、湖畔の宿洞爺 かわなみ

0142-75-2715までご連絡下さい。

ただ、あまり硬直というか融通が利かない

というか、いわゆる頑固な方は私と合いません

のであらかじめ、、、


手始めに、旧洞爺村のご出身のある方に

インタビューさせていただくことから始めて

参りたいと思います。

こういう方は例外なく結構なお年になって

いらっしゃるので、系統立ててお話を伺う

こと自体が貴重な資料になると思います。





年末年始、夕べまで

ほぼ、満室プラス御入浴の

お客さんでにぎやかだった

かわなみの中も、今日は

とても静かになりました。

じゃらんネットの口コミも

満点の5が3回続き、スタッフ

も喜んでいます。

でも10回連続とかにはなかなか届きません。

なかなか難しい。


1日の夜宿泊されたお客さんが

朝、とても怒っておられて、

お部屋にでんわすると、


部屋に案内したスタッフ(バーテンさん)

が「夜花火がありますから」

と、無いイベントをご案内したそうで、

お食事を切り上げて、お部屋に戻られ、

テレビや灯りをけして、窓際で待って

いたそうでした。当然、待てど暮らせど

花火はありません。


フロントに電話をしても、事情を知らない

フロントは、花火は無いですよ ときっと

ふつうの会話がえらくつれないように

感じたのでしょう。

御案内の時、子供達が花火だ~ 

と大喜びしていたそうです。


そして、朝食時、ほぼ満席のレストランに一族

の皆さんが来られてしまったため、スタッフが

お座敷にご案内、しかしそこは用意がなかったため、

ちぐはぐな対応になってしまい、


結局、ここは最初から最後までめちゃくちゃだ!

新年早々不愉快でけちがついたとご立腹でした。


当然ですよね、私もそう思います。


ご主人に続いておく様も電話にでられて、

そんな事情をきいてもしょうがないでしょ、

お客の気持ちどう考えてんの! 一言

言わないと気がすみません! といわれて

電話は切れました。


本当にそのとうりです。ただただお詫びしかありません。


過ぎてしまった時間は取り戻せないし、

お返しすることも出来ません。

あまたある宿泊施設のなかから、かわなみを選ばれた

お客さんに本当に申し訳ないことです。


3が日で唯一心残りで、残念な出会いでした。


このお客様はもういらっしゃらないでしょうが、

商売は続きます、このようなクレームが無いように

と願います。



新年あけまして

おめでとうございます


まったく、脈絡ない話ですが

夕べ、ぺタをつけてくださった

Moo_oomさんのブログ

を拝見すると、十一面観音像の

お写真をブログに載せておられたので、

それにまつわるお話をひとつ、と思います。


私の母方の叔母が美唄に嫁に行って住んで

おりましたが、終戦のころ、ご夫婦で同じ夢を

毎晩みたそうです。


その夢は、二人が僧侶の姿で、山の中のお堂

をお守りしていたそうですが、下のほうから「わー」

っというときの声とともに、侍と火の手が迫ってきたため、

やむなくご本尊を衣につつみ、お堂近くの一番大きな

杉の木の根元に埋めて、「必ず掘り出しに参りますので

しばし我慢ください」と祈ってその場から逃げ出したのですが。


夢で御像が「私を掘り出し、美唄に持ち帰り、観音堂を建てて

安置しなさい」とおっしゃったそうです。


戦時中(だったか戦後すぐだったか、

私も記憶が定かではないのですが)

の混乱のなか、ご夫婦が一大決心のもと

、比叡山へたどり着き、夢に見た

場所を探し当て、杉の木の根元を掘ったところ

、本当に十一面観音像が出てきて、それを持ち帰って

ご本尊として設立したのが宗教法人美唄観音堂教会

なのだそうです。


今は二人とも他界し、私もご縁が切れてしまっていますが、

当時の美唄のある空知地方は炭鉱の町として大変な賑わ

いで、多くの信者さんでにぎわっていたそうです。


大混乱のなか、列車と連絡船の旅は信じられないくらい

スムーズでまったく困ることなく比叡山まで往復できた

そうです。


叔母のご主人が信者さんからご相談を受け、観音様に

お伺いをたて、答えをお聞きして信者さんにお伝えする

というやり方で、観音様のお告げをいただけるという

ものだったと記憶しています。


高速道路ができてから、美唄市は単に通過するだけ

になってしまいました。

今年は一度訪れてみたいとおもいます。