私たち ...

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【2010年2月の記事を再掲】




苦しくて苦しくてどうしようもない様子を「四苦八苦」といいます。

本来の意味は、人間がどうしても避けられない八つの苦しみを指しています。


その八つの苦しみの中に「求不得苦(ぐふとくく)」という人間の際限のない欲望を戒めたものがあります。


バブル経済真っ只中のとき、不動産業は言うに及ばず、商売や株でも大儲けできる気になって、果ては平凡なサラリーマンまで高級クラブに飲みに行ってはタクシー帰りなんて当たり前でした(―Q―)

私もよく飲みにいってましたm(u_u)m


お金が湧いてくるような錯覚にとらわれて、多くの人がお大臣気取りだったのですね。

その後にバタバタと銀行や大企業が潰れたのも、「まだ儲かるだろう」と欲を出して、止めときゃいいものをバカみたいに商売の本道と関係ないものにまで投資し続けたからです。


バブル景気の頃は、人も世間も「得ることが出来ない」苦しみを知るどころか、「得ることが出来ないものがある」ことすら忘れていたのかもしれません。


バブル崩壊後、生き残れた企業は「分相応」を心得て企業の正道を大きく踏み外すことがなかったのだと思います。

或は、ただ運が良かったのか。。。




三面大黒天
大黒天・弁財天・毘沙門天の合体神
全ての現世利益を成就させる強大な神様
豊臣秀吉が篤く信仰した(京都市 高台寺圓徳院)



ひとつ手に入れても、次から次へと欲しいものが出来るのは人間の性(サガ)です。

だから、まるで無限に続く螺旋のように「いくら求めても、決して求めるものがすべては得られない苦しみ」から人間は逃れられません。


「他人の利益のために何かをすれば、結局はその行いが自分の利益となる」ことを「利他自利(りたじり)」といいますが、なかなか自分の利益を端から捨ててかかるなんて出来ませんよね。


自分が幸せになる方法は自分を犠牲にする覚悟が必要だなんて、お人好しみたいに考えて行える人はまずいないでしょうから。

こんなことを普通に考えて行える人は既に菩薩の境地でしょう。。。


その反対を「自利利他」といいます。

自分が幸せになるための行動が、結局は他人も幸せにするとしたら、道俗としては少しは救われた気持ちになるんじゃないでしょうか。


でも、これって結局欲深いことに変わりないのかもしれませんね。


おん さんまや さとばん





西野カナ 『私たち (short ver.)』



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