
大漁
朝焼け小焼けだ
大漁だ
大羽鰮の
大漁だ。
浜はまつりの
ようだけど
海のなかでは
何万の
鰮のとむらい
するのだろう。
素晴らしき才能も、作品も
それを認めて世に出してくれる、
そんな存在がなければ、
ひっそりと埋もれていく。
金子みすゞの残した512篇の詩は、
いまも多くのひとの心を打つ
きらめきを放っています。
しかし、詩人金子みすゞの作品が
今日まで残るには、
少なくとも3人の男性の
尽力がなくてはならなかったのです。
金子みすゞ、本名金子テルは
1903年、山口県長門市に生まれます。
幼くして父を亡くしますが
母は本屋を営み、
祖母、兄と教養に満ちた
穏やかな生活を送ります。
弟もいましたが、
こどものいなかった
母の妹夫婦の養子に出されます。
やがて叔母が亡くなり、
母と叔父が再婚し、
一家は下関に引っ越し、
みすゞは叔父の営む書店で
働くことになります。
この時代は童謡の最盛期であり、
みすゞは20歳の頃から
詩や童謡を書き始めます。
著名な雑誌4誌に投稿したところ、
すべて採用され、
選者の西條八十はその才能を
「若き童謡詩人の中の巨星」として
絶賛します。
西條八十は詩人、作詞家、
仏文学者、小説家、
大学教授として活躍した御仁。
有名な作品としては
「青い山脈」「蘇州夜曲」
「ゲイシャ・ワルツ」の作詞や
「かあさん、ぼくのあの帽子
どうしたんでせうね…」と
いう詩があります。
西條八十とみすゞは
生前一度だけ実際に出会っています。
八十が九州に講演に向かう途中、
下関駅で5分だけ。
子どもを背負い、
自分を認めてくれた
憧れの先生に出会えたみすゞ。
八十は「彼女の容貌は端麗で、
その眼は黒曜石のように輝いていた。」と残しています。
みすゞの師として、その才能を見抜き、
世に出した西條八十。
彼はそのひとの内部にある美しさを
そのまま認められる懐の深さを
持っていたのでしょう。
そのみすゞを家族として愛し、
作品を手元に大切に持ち続けていたのは、弟の上山雅輔。
養子に出されたため、
一緒には育ちませんでしたが、
養父とみすゞの母(実母)の再婚により、
みすゞと兄とともに
過ごすことになります。
3人は文学を愛し、
語り合える大切な間柄となります。
雅輔はずっとみすゞを従姉として
慕っていましたが、
やがて徴兵検査を受けたときに
実の姉だったと知ることになります。
みすゞと本屋の番頭との結婚に
反対し続け、それがみすゞ夫妻と
父との不和の一因ともなります。
みすゞの夫は放蕩癖があり、
みすゞの詩作を禁じ、
彼女に病気を移し、
離婚を望む彼女から娘を
取り上げようとします。
そして、みすゞは自ら死を選ぶのです。
みすゞの書いた作品をおさめた
手帳3冊は雅輔に託されます。
戦争を生き抜いた雅輔は
文藝春秋社の編集部に入ったり
喜劇作家にもなりますが、
妻、娘とともに、
劇団若草を立ち上げます。
劇団若草出身の有名俳優としては
坂上忍、杉田かおる、吉岡秀隆、
石橋蓮司、柏木由紀子などなど
華麗な面々が揃っています。
みすゞを大切に思い、
その作品を守ってきたのは、
弟の雅輔でした。
しかし、みすゞは
忘れられた詩人として、
半世紀以上その存在が
世に知られることはありませんでした。
そのまま、忘れ去られていっても
不思議ではなかったのです。
やがて、高度経済成長期の、
1963年のこと。
早稲田大学に通うひとりの若者が、
みすゞの詩に出会います。
冒頭の、「大漁」。
青年の名は、矢崎節夫。
節夫は大漁、に大変な衝撃を受け、
みすゞの作品にさらに出会うために
古書店を回って、探し始めます。
しかし、なかなか見つけることが
できません。
それでも探し続けているうちに
みすゞの同人誌仲間を知り、
みすゞが下関の本屋にいたことを
知ります。

そして16年かけてとうとう
金子みすゞの弟である
上山雅輔と出会い、
遺稿と写真を預かることが
できたのです。
節夫自身も詩人であり、
絵本作家であり、小説家であり、
多くの作品を世に出しています。
その中でも金子みすゞを探し求め、
世に出したのは、
彼のライフワークであったのでしょうか。

金子みすゞ全集を出版し、
みすゞの伝記を書き、
現在はみすゞの生まれ故郷、
山口県長門市にある
金子みすゞ記念館の館長をしています。
みすゞの作品は各地で取り上げられ、
広められ、
世界15カ国語に翻訳されています。
みすゞの世界は、言葉の壁を越え、
広まり続けているのです。
西條八十、上山雅輔、矢崎節夫。
この3人がいなければ、
わたしたちは金子みすゞに
出会うことは出来なかったことでしょう。
西條八十が絶賛したのは、
みすゞのこの詩でした。
砂の王国
私はいま
砂の王国の王様です。
お山と、谷と、野原と、川を… 思う通りに変えてゆきます。 お伽噺の王様だって
自分のお国のお山や川を、
こんなに変えはしないでしょう。 私はいま
ほんとにえらい王様です。
私は私の見ている世界の王様なのです。
この王国はあなた自身によって
いくらでも変えられるのです。
世界中にいるひとは、
だれひとりとして欠けることなく、
自分の王国の王様なのです。
みすゞはそう語っている、と
矢崎節夫氏はこの詩について書いています。512あるみすゞの作品、
それぞれ響くものは違うはず。
お好きなものは、どれですか?
