⚠ネタバレあります、ご了承を。



ある本屋の店主が語ってくれました。


「プロが作る絵本とそうでないひとの

作る絵本の違いは、余白の量。

言いたいことをすべて説明してしまうのは

プロの絵本ではない。」


シンプルでありながら、

読む人によって受け取り方が

それぞれである、

長く広く読みつがれるのは

そんな絵本なのです。


そのような絵本の中から、

とりわけ8月に読んだら

どうだろう、というものを2点。


まずは、長谷川義史さん作の

「ぼくがラーメンたべてるとき」


ぼくがラーメン食べています。

隣でミケがあくびしています。


その時、日本の子どもたちは

野球をしていたり

バイオリンを弾いていたり

お母さんとお菓子を焼いていたり、

トイレでお尻を洗ったり

しています。


やがてその視点は国を越えていきます。


日本ではボタンひとつで

お尻も洗えるのに、

水くみをしている女の子。


子守をしている子、

パンを売っている子、

牛の世話をしている子。


円はどんどん広がっていき、

やがて…。


荒野にひとり、男の子が倒れています。


顔は見えません。

生きているのか

もう息はしていないのか。

どんな状況なのか、

なぜたったひとりで倒れているのか。


何も説明はなく、

わかるものも描いてありません。


そして、その荒野に風がふき、

ラーメンたべてるぼくの部屋にも

風はふいているのです。


いまここ、はいまどこにいるのか、に

よって変わります。


それとも、倒れている彼は

81年前の日本の光景なのかも

しれないし、

10年後のどこかの国で起こること

なのかもしれません…。


もう一冊は小泉吉弘さんの

「戦争で死んだ兵士のこと」

一冊めよりは直接的ではあります。


のどかな湖畔で

「ひとりの兵士が死んでいた」

ことから始まります。


彼は、1時間前まで生きていました。

そして、彼のこれまでの人生が

どんどん遡られていきます。


彼にも大切な人がいて、

愛してくれる家族がいて。


それなのに。


ひとたび戦争が起きると、

どこであっても誰であっても

その顔は奪われ、ただの個体として

扱われていくのでは…。


倒れていた男の子、

亡くなっていた兵士、

彼らの姿を見て何を感じるでしょうか。

何を思い、何に憤りを感じるでしょうか。


ラーメン…の方は購入できますが、

兵士…は絶版となり、

限られた中古市場でしかいまは

入手できません。


なんだか楽しそうな、

愛らしい装丁でありながら

伝えるものは限りなく深い。


このようなものが日本で

作られていたのは、

素晴らしいこと。


とりわけこの2冊は翻訳して

世界中に広まってほしい、

多くの人にこの絵本から

様々なものを受け取ってほしい、

そう願うのです。