「日本の英語教育」 山田雄一郎
世界の公用語は英語。「英語の時代」の波に乗り遅れないために文科省主導のもと「英語が使える日本人」を目標とした英語教育改革が進められている。しかし、「日常的会話」の重視や小学校への英語授業導入といった政策に疑問が生まれ始めている。そして私もその政策について問いただす必要があると思う人間の一人である。
我々の英語に対する考え方とは何か。
私は最近の「コミュニケーション英語への信仰」や「TOEICへの信仰」という社会一般化された対応に対して違和感を持っていた。TOEICで800点以上とれたからといって海外の人とコミュニケーションができるようになる人は果たして何割いるのか。800点以上取るという表面上の意識により点数に問わられすぎてTOEICとは就職するための道具として使われているような気がする。だからビジネスにおいて外国人と取引をすることができない。結局は「英語が使える日本人」という原点からずれている。この本ではそこを重点において日本人は「理論」ではなく「気分」の世界の住人である大衆とその大衆の気分によって左右されている英語教育対策の問題を指摘している。つまりこの本で論述していることは行政側の認識の甘さではなく我々日本人一人ひとりの「英語に対する意識」というのが問われているということだ。
私はここから問題提起から自分たちのあるべき姿を明確にすることの重要さを学んだ。現在の日本の英語教育から取れるように、この理念は漠然とした願望から世界の波にのまれて迷走している。義務教育としての英語教育に対して「英語教育から日本国民をどう育てるべきなのか」ここに重点を置くことの重要性が伺える。この窮地におかれた日本でもいまから方針を変えればまだ間に合う。それに気づいた我々が高い意識を持つとともに実践、行動に移していくべきである。
