東海道57次街道歩き その4 京阪牧野駅から地下鉄大日駅まで歩く  | Kオジサンの東海道旅日記・中山道旅日記

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2018年2月から2019年3月にかけて、中山道を踏破しました。
2020年1月18日から東海道を歩いています。

2023年9月9日に京阪石清水八幡宮駅から京阪牧野駅までを歩きました。
その続きで、京阪牧野駅から枚方方面に向かって歩き始めました。
事前に今回歩くコースの地図を拡大コピーで用意していました。地図では歩くコースが緩いカーブとなっていましたが、実際の東海道は阪今池公園の北側を西に進むのでしたが、公園の東側を南へ進んでしまいました。牧野駅から南西に向かう所を、誤って南東に2キロほど歩いてしまいました。地図を読み間違えたのです。50分程時間を無駄にしてしまいました。

牧野駅(スタート)  ― 明治橋  ― 阪今池公園 ― 京阪踏切 ― 清伝寺 ― 
  ― 三栗交差点 一 渚西 ―  御殿山駅前 ― 磯島 一 かささぎ橋 ― 
枚方宿東見附 ―  宗左の辻 一 岡本町公園 ―  妙見宮常夜燈 ― 専光寺
 ― 枚方宿本陣跡 ― 常念寺 ― 石碑 ― 
旧木南家住宅 ― 枚方宿鍵屋資料館
 枚方宿西見附 ― 淀川堤防 ― 出口高規格堤防竣工記念碑 ― 赤井堤紀念碑 ― 
茨田堤の碑 ― 淀川新橋 ― 鳥飼仁和寺大橋 ― 鳥飼大橋 ― 谷町線大日駅(ゴール)




歴史街道推進協議会事務局発行 京街道ウオーキングマップ から引用しました。



京阪牧野駅からスタートです。




右側が阪今池公園です。
この公園が左側に来るように公園の右側の道を歩かなければならなかったのです。



北片鉾町の小倉池の横を歩きます。
まだ、この先へ。
交北の府営住宅まで歩いてしまいました。
そして、これは間違えたと思い引き返しました。




阪今池公園の東端の交差点。
ここを左折して旧東海道に向いました。



府営住宅まで歩いて引き返しました。
進む方向を修正するのに尋ねた人たちです。
1.に赤白の煙突が写っています。女性が団地に向っていました。声を掛け進む方向を修正しました。
2.3.は向かう方向を修正するのに少しでもショートカットできるようにとお聞きした人たちです。
4.は阪今池公園​まで戻り、修正するコースが正しいか確認した時に応対してくれたご夫婦です。抱っこしていたワンちゃん。



旧東海道を歩き始めることが出来ました。
前方は京阪の踏切です。



枚方市三栗(メグリ)地内を歩いています。
曲がった道。
街道らしさが有ります。



府道13号線。
三栗交差点へ来ました。
この先。府道13号線を進みます。


時間は11時30分です。

前方に見えた丸亀製麺枚方店です。
お昼に少し早い時間ですが丸亀製麺に入りました。
 



府道13号線を歩き、天野川に架かるかささぎ橋に来ました。
カササギは「鵲」と書きます。
鵲は七夕の伝説の鳥。七夕の伝説で織姫と彦星の間をつなぐ掛け橋の役を担う鳥として親しまれています。
橋の下を流れるのが天野川。
七夕伝説から「かささぎ橋」と名付けたのだろうか。



橋を渡ると、前方から歩いて来る人が見えました。
アヒルの被り物。
派手なハッピ。襟元がおもてなしとなっています。
声を掛けて撮影させて貰いました。
アヒルの被り物人と出会いましたが、本来の旧東海道はかささぎ橋を渡ったら左へ曲がるべきでした。道を間違えたからこの被り物の人と出会ったのでした。



京阪電車の枚方市駅の駅前に来ました。
この先、右に向いました。



旧東海道に有った枚方橋の跡です。
今は改修されて川は暗渠になっています。



宗左の辻。
右 大坂みちの道標。
横には願主と彫られその下に名前が有ります。
裏側に文政九丙戌年十一月となっていました。
何時頃かは知らないが文化文政時代に建立されたものなのでしょう。




「宗左の辻」の指示標識。
この標識は設置されてから、まだ新しいです。



右と左はビオルネ枚方店。
その間が旧東海道となっています。



岡本公園に設置して有った京街道と枚方宿。
枚方宿の由来が書かれています。




岡本公園の横に有った枚方宿の案内板です。
本陣や鍵屋資料館について解説しています。




旧東海道を進みます。




三矢公園。
明治天皇御晝餐所碑が有ります。



公園内に枚方宿本陣跡の碑も有ります。



旧東海道を進みます。



何屋と呼べば良いのだろう。
無人販売のような店だが、女の人が居るから有人店舗。
ヒジキやワカメ。ずいきや切干、むかごが並んでいました。
切り餅や大福も有り、大福を買い求めました。
女性と言葉を交わし、下の石柱に有る様に鍵屋の方へ行かないのかと言われました。
女性と言葉を交わさなかったら直進していました。



女性に言われた指示標識です。
標識に従い鍵屋に向いました。



旧枚方宿問屋役人 旧木南家住宅の前を通り過ぎます。
解説の札が有りますが読み難くなっています。



住宅街の中のような感じがします。
旧東海道を進みます。



枚方宿 鍵屋資料館 そして旧鍵屋旅館です。



館内です。
かつては多くの人で賑わったのでしょう。



鍵屋主屋。
絵から往時の賑わいを想像できます。



鍵屋から西見附へ歩いて来ました。



西見附の解説板を拡大してみました。
枚方宿内の本陣や高札場が書かれています。



西見附から南へ。
そこに綺麗な公衆トイレが有りました。
そして西に来ました。
この橋の下は水面回廊と名付けられ整備して有りました。
この先、枚方大橋の下を通過します。



枚方大橋の下を通過してきて向かう方角が分からなくなってしまいました。
旧東海道は途中から左折して向かうようでした。
兎に角西に向かって歩こうとしました。



直進してきて堤防に上がりました。
さっきの所で左に向かって行っても、結局は堤防に上がって歩くようになっていました。
少し早めに堤防に上がったのです。



堤防でトレーニング?
堤防を歩いている人が居ました。



出口地区の案内図です。
このような案内図が何箇所も設置して有りました。



木屋揚水機場から配水する流出口です。



赤井堤紀念碑が堤防の下に見えました。
赤井堤紀念碑は、枚方市と寝屋川市の境界の淀川堤防に立っています。
ここは堤防が決壊した場所です。
背の高い碑で、明治18年6月の大洪水の翌年に大阪府知事の名で建てられました。



寝屋川市河川敷グランドです。
トイレが完備していました。



淀川新橋の下を通りぬけます。



橋の下を抜けてから堤防に上がりました。



歩く人。
自転車の人。
往来する人が居ました。



鳥飼仁和寺大橋です。
この橋は有料道路となっています。
道路を覆うように有る屋根。あの場所は料金所のようです。



大阪モノレール。
そして鳥飼大橋が見えます。
ここで堤防から下へ降りました。



淀川のキロポストです。
1. 河口から23.0㎞。(13:47)
2. 河口から22.0㎞。(14:00)
3. 河口から20.0㎞。(14:35)
4. 河口から18.0㎞。(15:04)
キロポストを通過した時間と河口からの距離です。
19キロポストと21キロポストを見落としました。
1キロを15分程の時間で歩いています。

 




堤防から下へ降りてきました。
左が大阪モノレール。
右の道路が国道1号線。
その上が天理吹田線となっています。



大日町2丁目のロードサイン。
その下に国道1号線のキロポストが有ります。



地下鉄谷町線大日駅へゴールしました。



スタート時の歩数とゴールした時の歩数です。
2万9千歩余り。17.5キロ歩きました。



反省
道を間違えてしまいました。
京阪牧野駅で下車した後、歩きだしました。
本来の旧東海道は阪今池公園の左側を歩かなければならないのに右側を歩き、こぐまみどり道。そして、その先の小倉池よりも先へ行ってしまったのです。大幅に時間をロスしました。
電車から下車してどの方向に向かうか。事前にしっかりつかんでおくべきでした。