サンリオについて
ハローキティなど様々なファンシーキャラクターグッズが有名で、自社開発のキャラクター総数は400種を超える。その他に映画製作、出版事業も行っている。外食産業にも参入しており、埼玉県などの一部の地域で、ケンタッキーフライドチキンのフランチャイズ店を出店している。このほか、サンリオピューロランド(東京都)、ハーモニーランド(大分県)などのテーマパーク事業も手がけている。グリーティングカード事業では日本最大手である。2002年(平成14年)、グリーティング事業に関して、ウォルト・ディズニー・カンパニーと提携を結んだ。
映画事業 [編集]
代表的なサンリオ映画には、『キタキツネ物語』、『シリウスの伝説』、『くるみ割り人形』、『おしん』、『星のオルフェウス』、『小さなジャンボ』(やなせたかし作)、『ユニコ』、『映画:伝説巨神イデオン 接触篇』、『映画:伝説巨神イデオン 発動篇』、『親子ねずみの不思議な旅』、『チリンの鈴』(やなせたかし作)、『妖精フローレンス』、『想い出を売る店』などがある。
1980年(昭和55年)10月、千葉県松戸市に、松戸サンリオ劇場(1スクリーン、のち2スクリーン)を開業、のちに移転して松戸サンリオシアター(4スクリーン)となったが、2006年(平成18年)に松戸シネマサンシャインに統合された。
出版事業 [編集]
定期刊行物として、『いちご新聞』(1975年創刊、最盛期には35万部を発行)、『詩とメルヘン』(やなせたかし編集。季刊→月刊。1973年春の号 - 2003年8月特別号)、『月刊いちごえほん』(『詩とメルヘン』のジュニア版。1975年1月号 - 1982年7月号)、『リリカ』(少女漫画雑誌。1976年11月号 - 1979年3月号)、『サンリオ』(1977年3月創刊)、『あそびの国』(1979年 - 1993年)、『なかよし・ぶっく』(ムック扱い)などを発行。
また、刊行した書籍としては、1978年から1987年まで刊行されていたサンリオ文庫・サンリオSF文庫、1980年頃出版されていた「抒情詩集シリーズ」等がある。「抒情詩集シリーズ」の中では、現在ロックバンド「マッドジョンソンバンド雷神」のボーカルとして活躍しているマッドジョンソンが著した「不良少年って呼ばないで」が特に有名である。また、1981年から1985年まで刊行されたOL・主婦向けのラブロマンス小説シリーズ シルエット・ロマンス(その後ハーレクインに版権が移行し2006年まで刊行)などがある。これらの書籍の刊行は1987年に終了し、以降は以前から刊行していた幼児向けの児童書などを出版している。
音楽事業 [編集]
1977年にサンリオは全額出資の子会社・サンリオ音楽出版社を設立し、音楽事業に参入した。
1977年 - 1980年代頃にかけて、サンリオレコードというレーベルから子供向けの楽曲を中心としたレコードを発売した。これらのレコードは一般のレコード店などでは販売されず、サンリオの直営・フランチャイズ店限定での販売であった[1]。
代表曲
いちご娘(アイリーン)
あの子はキティ(ハローキティ、1977年)
あなたの友だちキキとララ(リトルツインスターズ、1977年)
みんな一緒に(パティ&ジミー、1977年)
やっぱりおめでとう(小椋佳、1977年)
ワンダフルキティ(ハローキティ、1985年)
歴史 [編集]
山梨県の職員だった辻信太郎が、同県の物産である絹製品を販売する同県の外郭団体だった山梨シルクセンターを株式会社化。社名をそのまま引き継いで、創業したのが始まりである。だがその本業で同社は早々に失敗し、小物雑貨の販売に転じた。最初の成功は花柄を付けたゴム草履だったという。きれいでかわいいイラストを付けることで売れ行きが大きく伸びることを知った辻は、キャラクター商品の開発に乗り出した。当初は水森亜土・やなせたかし・トシコ ムトーら、外部のイラストレーターや漫画家にデザインを依頼していたが、やがて自社が著作権を持つキャラクターの開発を目指すようになった。この方針のもとで、山梨シルクセンターは、1973年(昭和48年)に国際的に通用しやすい名前を求めて「サンリオ」に変更し、本社を五反田に移転した。
1960年8月10日 - 山梨県の外郭団体 山梨シルクセンターを株式会社化し、創業。
1962年 - 「いちご」のデザインを入れた雑貨を発売し、子供たちの間でイチゴ柄が人気となる。これをきっかけとして本格的にキャラクター商品の開発を始める。
1965年 - 水森亜土デザインのキャラクター「亜土ネコミータン」を使用した陶磁器を発売し、人気商品となる。
1968年11月 - サンリオ電機工業を設立。
1969年12月11日 - 平凡社・日本クロス工業・山梨シルクセンターの出資で、サンリオグリーティング株式会社を設立。アメリカのグリーティングカード大手 ホールマーク社の日本代理店であるJPCの業務を引き継ぎ、翌年からメッセージが印刷された暑中見舞い・年賀状、バレンタインデーのメッセージカードの販売を始める。
1970年
キャラクター制作を、外部のイラストレータ制作から自社制作に変更する。
品川区の五反田TOCビルにショールーム「サンリオギャラリー」を開設(のちに同ビル内に本社を移転)。
1971年
直営店「ギフトゲート」の第一号店を新宿区に出店(現 新宿ギフトゲート)。
1月 - 社有車や直営店の店舗用品のリース・社員の持ち株管理を目的として、サンリオリース株式会社(現 清川商事株式会社)設立。
1972年12月 - サンリオ電機工業を吸収合併。
1973年
4月 - 社名をサンリオに変更し、本社を五反田に移転した。
10月 - サンリオグリーティング株式会社を吸収合併し、資本金が2億500万円となる。
1974年
ハローキティ誕生。翌年3月からキャラクター商品を発売。
アメリカに映画製作会社Sanrio Communications incを設立。
5月 - 社員の持ち株管理を目的として、サンリオエンタープライズ株式会社(現 光南商事株式会社)設立。
7月 - アメリカに映画製作・配給会社 サンリオフィルムを設立。
1975年 - いちご新聞創刊
1976年 - アメリカにSanrio incを設立。カリフォルニア州にアメリカ第一号の直営店「ギフトゲート」がオープンする。
1978年 - 映画「キタキツネ物語」公開
1980年 - ドイツ・ハンブルクに駐在員事務所を設立する。
1982年 - 東証2部に上場。
1983年 - ドイツにSanrio GmbH、スイスにSanrio AGを設立。
1984年1月 - 東証1部へ指定替え。
1986年 - 株式会社サンリオコミュニケーションワールド(現 株式会社サンリオエンターテイメント)を設立し、サンリオピューロランド建設の検討を始める。
1987年
品川区大崎に本社を移転(現住所)、サンリオブラジルを設立。
アメリカCBSがテレビアニメ「ハローキティ・フェアリアル・シアター」を制作・放送。
1990年 - 東京・多摩に「サンリオピューロランド」がオープンする。
1991年1月 - 大分県に「ハーモニーランド」がオープンする。
1992年 - サンリオ台湾設立。
1994年 - サンリオ香港設立。
1996年 - 大人向け店舗「Vivitix」一号店が渋谷にオープンする。
2003年 - サンリオ上海設立。
2010年(平成22年)7月6日 - 資本金149億9999万4000円のうち49億9999万4,000円を減少し、100億円に変更(第50回定時株主総会で承認可決)[2]。
2010年(平成22年)8月10日 - 創業50年。
2010年9月30日 - 創業50周年に伴い、1株あたり5円の記念配当を実施[3]。
2010年10月 - 「キャシー」がうさこちゃんに酷似しているとしてディック・ブルーナから著作権侵害で提訴される[4]。11月2日、アムステルダムの裁判所はブルーナの主張を認め、ベネルクス3国での製造販売差し止めと、判決に従わない場合の間接強制(製造販売を取り止めるまでの間、1日につき2万5千ユーロ)を言い渡される[5]。サンリオでは「裁判を通じて、原告の権利を侵害していないと主張していく。」としていた[6]が、2011年6月7日に訴訟にかかる費用を東日本大震災の復旧・復興のために寄付することで和解。[7]。
2011年6月10日 - 200,000株(0.2%)を上限とする自己株式取得を発表[8]。2011年6月20日に、200,000株を6億7373万2500円にて東京証券取引所における市場買付をしたと発表した[9]。
2011年6月23日 - ストックオプションとして新株予約権を発行する会社決議が、株主総会で承認可決された[10][11]。
2011年6月24日 - 普通配当10円、創業50周年記念配当5円、合計15円の期末配当を実施(これにより年間配当額20円、うち記念配当10円となった)[12]。
2011年8月16日 - B種優先株式240,000株の全株式を取得(強制償還)。10月3日に消却[13]。
2012年5月28日 - 本社機能を東京都品川区大崎1丁目11番1号へ移転。登記上の本店所在地は東京都品川区大崎1丁目6番1号のまま変更されていない[14]。
特に出典の明記のない参考文献:「月刊いちご新聞」2010年8月号より。
社名の由来 [編集]
社名のサンリオの由来については諸説がある。
まず、公式サイトにもあるサンリオの公式な説明として、スペイン語で「聖なる河」を意味する San Rio に由来するとしている。文明の発祥が大河のほとりにあったように、文化を興す河となることを願ってつけたというものである。2000年に出版された『これがサンリオの秘密です』(扶桑社)で、創業者の辻自身が述べている。
しかし、かつては異なった説明がなされていた。『これがサンリオの秘密です』の21年前に出版された1979年の上前淳一郎『サンリオの奇跡 -世界制覇を夢見る男達』(PHP研究所)では、そういった説明は一切ない。同書は辻やサンリオ関係者に取材したものであるが、サンリオのサンリは山梨の音読みであり、残るオは「オウ、オウ、オウ」という叫び声が聞く者を陶然とさせるからと説明した。また、『週刊現代』の1978年6月8日号に掲載されたサンリオに関するレポート記事では、サンリは山梨、オは何となくゴロがいいからとされた。月刊誌『宝石』の1980年7月号の対談記事では、辻自身がそれを認める発言が存在するという。
山梨の王になるという思いで山梨王(サンリオ)になったという説については、山根一眞の「変体少女文字の研究」の中で辻の言葉としてあげられているが、『これがサンリオの秘密です』、『サンリオの奇跡 -世界制覇を夢見る男達』、西沢正史『サンリオ物語 こうして一つの企業は生まれた』(サンリオ出版、1990年)のいずれもが否定している。また、フジテレビ『トリビアの泉』にて、視聴者から『山梨の王→サンリオ』の説が投稿されたが、フジテレビはサンリオの現在の説明(前述の「聖なる河」説)を正しいものとして、この番組の1コーナーである『ガセビアの沼』にて、「ガセ」として否定した。ちなみに2007年10月に多摩市内で開催された、サンリオ創始の関係者による講演会の中で、オフレコではあるが「サンリオの由来は『山梨王』から『サン・リ・オウ』→『サンリオ』と辻氏が考案した」と明言している。
なお、サンリオの月刊紙『いちご新聞』で辻は「山梨王」ならぬ「いちごの王様」を自称している。
主なキャラクター [編集]
サンリオキャラクターも参照のこと。
ハローキティ
ディアダニエル
チャーミーキティ
マイメロディ
クロミ
マイスイートピアノ
リトルツインスターズ(キキとララ)
シナモロール
シナモエンジェルズ
ルロロマニック
シュガーバニーズ
ジュエルペット(セガトイズとの共同開発)
ウサハナ
しんかんせん
バッドばつ丸
ポムポムプリン
ウイッシュミーメル(Wish me mell)
ラナバウツ
パティ&ジミー
ボタンノーズ
マロンクリーム
ポチャッコ
けろけろけろっぴ
アヒルのペックル
おさるのもんきち
コロコロクリリン
みんなのたあ坊
ハンギョドン
ザシキブタ
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