アルゼンチンに話をもどそう。
かつて経済学者サムエルソンいわく、「世界には4種類の国がある。先進国、後進国、日本そしてアルゼンチンだ」と。
アルゼンチンというと、日本では、タンゴとサッカーくらいしか知られていない。或いは、経済破綻の国として一部で知られている程度である。

ちょっと数字を見てみたい。
アルゼンチンの一人あたりGDP(2008年)は、購買力平価に換算して、14,413ドルと、ブラジルの4割増しである。経済破綻の頃は、ブラジル以下に落ちたが、今や当時の数倍回復し、破綻前の水準を若干上回る。日本は、2008年34,115ドルであった。
所得格差はどうかというと、日本は戦後から現在まで、世界最小の格差なのだが、中南米がアフリカや中東と並び、格差が極めて大きい世界であるのに、アルゼンチンは、その中では格差最小のグループに属し、日本の約3倍で、米国と大差ない水準である。

しかし、現地で生活してみると、生活の質は、極めて高く、日本より良いかも知れない。野菜も肉も安価で最高にうまい。わが家の野菜嫌いの子供達がアルゼンチンに行って野菜好きになった位である。
その秘密は、大草原パンパにある。パンパの面積は、日本の1.6倍、関東平野の60倍あり、ほとんど起伏がない肥沃なアルカリ土壌で、肥料がいらない。土地は、担保にもならないほど安い。
休暇を郊外の農場で過ごすのも一興。現地ではエスタンシアと呼び、農場と言うよりは荘園で、瀟洒な住宅、プールからゴルフ場までそろい、敷地は、大小さまざまで、東京と埼玉をあわせた位のものもあり、大草原で乗馬も楽しめる。
観光にもことかかない。南米のパリとよばれる首都ブエノスアイレス、世界最大のイグアスの滝、恐竜化石の宝庫バジャ・デ・ルーナ、鯨やペンギンの群れるバルデス半島、パタゴニアの大氷河など。

統計数字だけを見ていると想像も出来ない豊かさである。
しかし、私たちは、数字に頼りがちである。
「星の王子さま」いわく、「大人は数字が大好きだ。・・・でも大事なことは尋ねない。」、「素晴らしい家を見てきた、ピンク色のレンガ、窓辺にはゼラニュームの花、そして屋根にはハトがいた、と言っても、大人にはどんな家か分からない。十万フランもする家を見た、と言わなきゃならない。すると大人は、なんと素晴らしい家だと叫ぶんだ。」と。

それは、1990年代の日本のバブルや、米国のサブプライム・ローンからリーマンショックに至る経緯にも言える。皆右肩上がりと信じ込み、数字の魔術に踊らされてしまった。
前回書いた信号機の話のように、皆が渡っていると赤信号にも気がつかないか、気にとめなくなるわけで、恐ろしいことである。
しかし、少数派だが、サブプライムの破綻を、学問的に冷静に予測(予言とは異なる)したニューヨーク大学のルービニ教授や、「世紀の空売り」(マイケル・ルイス著)に見るように、市場の現実を狂気の沙汰と断じて逆に空売りで大成功した人達もいた。
統計学や指数算式は、必ずしも現実そのものを示すものではない。数字に頼りきらず、事実や現実を見極める要請は、外交の世界だけではないようだ。