君に捧ぐ愛の歌。 | やさしい時間

やさしい時間

ときメモGSの妄想小説です。

ネタバレなSSもアリ。
一部限定公開もアリですのでご注意を……。

 若王子先生、遅いなぁ…。
 人のいない化学室はやけに広く感じられる。窓際の席に教科書とノートを広げて陣取っていた私は、手を止めてぼんやりと窓の外を見る。天高く…と言うけれど、秋の空は本当に高く感じられる。青い空にうっすらと浮かぶ白い雲。グラウンドから聞こえる野球部の声が、かえってこの部屋の静けさを感じさせるから不思議だ。
 入学したての頃は本当に勉強が苦手で、最初の中間テストの成績は散々なものだった。でも…、と思わず口元に笑みが浮かぶ。
 きっかけは、たぶんあの補習。他の子たちは部活があるからとか、用事があるからとか言っていつの間にか姿を消してしまっていたけれど。あの補習があったから、きっと私は少しだけ勉強が好きになれた。そう、こうして自主的に放課後質問に来るようになるほどに。

 今日の授業で分からないところがあったから、担任である若王子先生に質問に来たのだけれど。先生は職員室からの呼び出しで行ってしまったきり戻ってこない
「遅くなるといけないから、明日にしましょう」
 だから待たなくていいよ、と先生は言い残していったけれど。何となくこのまま帰ってしまうのも惜しい気がして、ここで宿題をしながら先生を待つことにしたんだっけ。外を見ると、空は日暮れが近いのか少しずつ色を変えていっている。もう少し待とうか、そろそろ帰ろうか。ぼんやりと考えていると、窓からは行って来た風に少し金木犀の香りが混じっていて。ああ、すっかり秋だなぁなんて思う。
 それにしても、先生遅いなぁ。若王子先生は人気者だから、もしかしたら他の生徒たちに捕まっているのかもしれない。ふとそんな事を思い、同時に何だか面白くない気分になって私は小さく頭を振った。先生、早く戻ってこないかなぁ…。



 やや、すっかり遅くなってしまった。時計を見ながら廊下を早足で歩く。さすがにもう帰っているだろうけれど、万が一まだ待っていたらいけない。
 放課後、時折化学室まで質問に来る生徒の顔を思い浮かべながら小さく笑みを浮かべる。入学したての頃はあんなに苦手にしていたのに。だからこの年頃の子供たちは面白い。ほんのわずかな期間で、劇的な変化を見せてくれるのだから。
 僕のクラスのある生徒は、1年生の頃は本当に勉強が苦手で。でも、努力家で、それを何とかしたいと頑張ってくれた。今では自ら僕のところまで質問をしに来てくれる。本当に、面白い。
 今日もノートを片手に来ていたのだけれど、彼女の勉強を見出して数分後に校内放送で呼び出されて。そして今に至る訳だけれど。あまり遅くなるようだったら先に帰るように言い残してきたから、もう帰っているとは思うけれど。こんな時間まで待っていたら、そう思うと自然と足が早まった。

 ガラリと開けた化学室、その窓辺には机に手をついてうつらうつらと眠る少女の姿。
「先に帰る様にって、そう言ったのに」
 小さく呟きながら、自然と頬が緩む。少女の手元にあるノートを覗き込むと、どうやら今日の質問事項は僕を待っている間に解けてしまったようだ。気持ちよさそうに居眠りをしているところを起こすのは申し訳ない気もするけど、このままここで寝かせておくわけにもいかないし、と手を伸ばしかけてあることを思いつく。
「コーヒー一杯分の時間くらいは、大丈夫でしょう」
 すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てる君が風邪をひかないように、と着ていた白衣をそっとその肩にかけて。僕は化学準備室の奥へと足を向けた。



 あれ、いつの間に寝ちゃったんだろう。気が付くと、肩には先生がいつも来ている白衣。そしてどこからともなく漂ってくるコーヒーの匂い。先生、戻ってきたのかな。化学準備室の方から聞こえるのは…歌?
 物音を立てないように気を付けながら準備室を覗くと、慣れた手つきでいつものビーカーコーヒーを淹れる若王子先生の姿。先生はとっても機嫌がいいのか、珍しく歌を口ずさんでいて。その歌はどこかで聞いたことがあるような気がしたけれど。そういえば、いつだったか先生のおうちにはラジオしかないから、聞きたい音楽があるときは自分で歌うって言っていたっけ。そんなことを思い出した。
「やや、目が覚めましたか?」
 私の気配に気が付いたのか、先生は歌うのをやめてしまった。
「ちょうどよかった。一緒にコーヒー、飲みますか?」
「はい」
 先生の歌をもう少し聞いていたかった気もしたけれど、先生のニッコリ笑う顔を見たら何だかそれだけでうれしくなって。先生の差し出したビーカーを受け取った。


 薄暗くなった帰り道、先生と一緒に歩きながらふと思い出す。
「そういえば先生?」
「はい、なんですか?」
「さっき、先生が歌っていた歌はなんていう歌ですか?」
「やや!聞いていたんですか?」
 と、先生は足を止めて何故か少し恥ずかしそうに私を見た。そして少し考えて。
「もう少し、君が大人になったら教えてあげます」
 きょとんと首をかしげる私に、先生はそう言って子供のように笑った。




 
 ~Love me tender, love me true, all my dreams fulfill,
  For my darling, I love you, and I always will~