いつか、肩を並べて。 | やさしい時間

やさしい時間

ときメモGSの妄想小説です。

ネタバレなSSもアリ。
一部限定公開もアリですのでご注意を……。

※注意

・ずいぶん久しぶりなため色々アヤシイ
・GS1初書きキャラのため、色々アヤシイ
・Girl's Side DAYS 2014 White Dateイベ経過設定
・無駄に長い

以上、それでも読んでやるよな心優しい主人公様方はどうぞ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 あいつはいつも俺の先を歩いてく。まっすぐに背筋を伸ばし、明るい道を。いつでも俺は、それを少し眩しい思いと少しの焦りを抱えて見ている――。

 あいつと知り合ったのは偶然みたいなもので。あいつの好きそうな言葉を選べば、たぶんそれは運命的な出会いってやつだったんだと思う。同じ年に生まれ、同じ街で育ったのに、まるで正反対の世界の住人だった俺とあいつ。本来なら、きっとお互い知り合うこともなく過ごしてたはずなんだ。
 出会えた偶然は奇跡みたいなもんで、それをあいつが運命だと言うならきっとそうなんだろう。けど…。


 出会って間もなかった頃は、ただ会えただけで良かった。このままじゃいけないと思いながら荒れた生活を抜け出せずにいた俺に、新しい目標を与えてくれた。あいつと同じ大学に通って、あいつと並んで授業を受けて。そんな普通の奴らなら当たり前のことを、俺にだって出来るかもしれない。そんな期待と希望で、頑張れた。
 浪人時代はがむしゃらだった。今までばかやってきたツケが回ってきたんだと、自業自得なんだと思えた。それでもあいつが待ってると言ってくれたから。一緒に頑張ろうって言ってくれたから。一歩先を行くあいつの背中を、一生懸命追いかけてた。
 大学に入ったばかりの頃は、とにかく楽しかった。ただキャンパスを並んで歩く、そんなことが嬉しくて。新しい自分になったつもりで、イチからあいつとやり直そう。そう思ってた。だけど…。
 一年がたち、二年が終わる頃には、だんだんと焦りみたいなのを感じ始めた。一歩前を歩くあいつと俺の距離は、縮まったようで変わっていなくて。一年間の差が、こんなに重いものだなんて思ってもみなかった。
 そして今。大学四年。俺は卒論や就職活動に追われる日々。あいつはあいつで、社会人になって一年目。不慣れな環境で多忙な日々を過ごしている。一緒に過ごす時間も少なくなった。かろうじて電話やメールで毎日互いに連絡を取り合っているけど、時々不安になる。
 ――このまま、ずっと俺はあいつに追いつけないんじゃないか。少しは縮まったと思っていた距離も、本当は少しずつ開いて行ってるんじゃないか。


 ため息交じりで家路を歩いていると、背後から聞き覚えのある声に呼び止められた。振り返ってみると、はばたき市では知らない者はいないとまで言われてる有名人が立っていた。
「天童。今、帰りか?」
「…葉月!久しぶりだな!こんなところで何してんだ?」
 高校生のころからモデルとして仕事をしていた葉月は、まあ、ちょっとしたいきさつがあって知り合った。はば学出身の人気モデルで、最近じゃ時々ドラマなんかにも出ている、らしい。雑誌やテレビで見てると、無口でクールでちょっとお高く留まってる印象もあったけど、実際に喋ってみるとちょっとボーっとした気の良い奴で。あいつと同級生ってのもあって、なんだかんだで仲がいい。
「俺は撮影の帰りで…お前は?」
「俺?俺は大学の帰り。なあ、せっかくだからどっかで飯でも食っていかね?」
「ああ…いいな、それ」
 そうして俺たちは葉月おススメのサテンに移動した。




 はぁ…。今日も何とか一日が終わった。四月から社会人になって働き始めて、自分でお金を稼ぐと言う事の厳しさを改めて感じる。ホント、学生時代のアルバイトなんて気楽なものだったんだ。新しい環境に新しい人間関係、覚えなくちゃいけないことは山積みで、毎日があっという間。
(声、聴きたいなぁ…)
 そういえば、しばらく彼とまともに会ってないような気がする。彼は彼で、今は忙しい時期。卒論に就職活動に、と大学四年の忙しさは去年私も身をもって経験しているからよく分かる。互いに忙しくなって、予定がなかなか合わなくて。少し前まではすぐそばにいるのが当たり前だったのに、今は何だか少し遠い。
 家に着いたら、とりあえず少し何かお腹に入れて…それから、電話してみようかな。…してもいいかな。
 そんなことを考えていたら、背後から良く知る声が聞こえてきた。
「そこの綺麗なお姉さーん。ちょっとそこいらでお茶でもして行かへん?」
「姫条くん!」
「よっ、お久しぶり。元気にしとったか?」
 それは高校時代の同級生。高校卒業後は社会勉強するとか言ってフリーターになっていたけど、起業を目指しているとかまことしやかな噂が流れていたっけ。
「うん、姫条くんも元気だった?今は何してるの?」
「せやなぁ。積もる話もいっぱいあるし、時間あるんやったらそこらの店でゆっくり、どうや?ちょっとナンパみたいやけどな」
 相変わらずの口ぶりに思わず笑いながら私は頷いた。

 久しぶりに会う同級生との会話は、まずは互いの近況報告から始まり、それから同期の近況とかなんとか…。あの子がどうなったとか、この子はどうしてるとか。そんなことを話していると、ちょっとあの頃に戻れたみたいですごく楽しい。
「そういえば自分、あいつとはうまい事いってんのか?」
「え…」
「あいつやあいつ。ほら、天童壬。羽学におった。付き合っとるんやろ?」
「う、うん…」
 返答が歯切れ悪くなったのは、きっと姫条くんが急に壬くんの名前を出したからだけじゃない。自分でもその歯切れの悪い返事に少し驚いたけれど、目の前にいた姫条くんの方が驚いたらしく怪訝な顔をされた。
「なんやなんや~?えらい歯切れの悪い返事やん。何か俺、悪いこと聞いた?」
 茶化すような言葉は彼なりの気遣いだったんだろう。私は少し笑って首を振った。
「ううん。姫条くん、壬くんの事知ってたの?」
「知ってたっちゅーか、ちょっと前に色々あって知り合いになってん。んで、付き合ってるんやろ…?」
「うん…」
「なんや、えらい浮かん顔になってるで?なんかあったんか?」
 つい、話してみようと思ったのはきっと姫条くんが気心の知れた旧友だったからだ。私はそれまで自分の心の奥に抑え込んでいた不安をポツリポツリと語り始めた。

 出会ったのは高2の頃。休日の買い物帰りに声を掛けられた。最初は怖い人かと思った。あと、ちょっと変な人に絡まれた感も否めなかった。だって急に声を掛けてきて、その辺にあったショップに強引に連れ込まれて。挙句「ほら、ナンパ?」だもん。誰だって不審に思う。…まあ、それが事情のあってのことだったと知るのは付き合いだしてからなんだけど。
 声を掛けてくるのはいつも向こうからで。会うたびに、見た目とは裏腹の真面目で実直な性格に惹かれた。ホントは素直で優しくて努力家で。…いつの間にか、街へ出るたびに彼の姿を探すようになっていた。
 一緒の大学に行こうって約束して、一緒に頑張ろうって誓い合って。「中学の頃は勉強ができた」というその言葉に嘘はなく、本気になった彼の成績はみるみる上がっていって。気を抜けば、きっとすぐに追い抜かれちゃう。そう思って、私も頑張れた。
 受験の日、敵対グループに捕まった友達を助けるために去って行った彼の背中を、何とも言えない気持ちで見つめてた。あんなに頑張ってたのに、とか、それでも友達を助けるためだから仕方がない、とか。「ツケは支払わなきゃいけなかったんだ」と後日語った彼、それでもあの時友達を見捨てて受験を取っていたら、私の気持ちは彼の傍から離れていたかもしれない。そういう仲間想いのところも含めて、彼なんだから。

 あの日、高校卒業の日。教会に来てくれた彼を、本当に好きだと思った。この人がいれば何でも頑張れる、そう思った。
 なのに、どうしてだろう。どうして今、私はこんなに寂しいんだろう。お互い忙しいのは分かる。分かってる。なかなか一緒の時間が取れない。それだけじゃない気がして。このまま気持ちが離れて行ってしまったら…。そんな不安が拭えない。




 口数の多くない葉月と一緒にいると、自然と沈黙が多くなる。けど、それが居心地良く感じるから不思議だ。主に俺が喋ってるけど、それにポツリポツリと返してくれる葉月の言葉が、少ないからこそちゃんと沁み込んでいく。そんな感じがするからかな。
 だからかな、ついつい余計なことまで喋っちまう。自分の胸の内に置いていた、ちょっとした不安ってやつを。互いに忙しくて一緒にいられない。一歩先行くあいつの背中がどんどん遠くなっていく。このまま追いつけないんじゃないか。そんな不安。
「…やっぱり、はば学のお嬢さんと羽学の俺じゃ、無理があったのかな」
 ふと呟いた言葉に、葉月が珍しく眉間にしわを寄せた。
「…おまえ、それ」
「え、何?」
「今の…『はば学のお嬢さんと羽学の俺』てやつ。あいつがそんな風に言ったのか?」
 珍しく不機嫌そうな顔に若干怯みながら首を振る。すると葉月は、何か考え込むように口を閉ざした。
「…何だよ?」
「いや…。何か俺、うまく言えないけど…」
 葉月は少し困ったように目を伏せて、それからまっすぐに俺を見据えた。なまじ顔が良いだけに、真剣なまなざしで見据えられると少し威圧感がある。
「あいつは…そんなこと、気にしてないと思う」
「そんなこと?」
「はば学とか、羽学とか…そういう事」
 ゆっくりと語る葉月の言葉に、思わず俺は口をつぐんだ。慎重に選びながら紡がれる葉月の言葉は、だからこそじんわりと沁みる。痛いところにまで。
「あいつはお前だから…一緒にいるんだと思う。だってあいつ…お前の横にいるとき、すごく良い顔してる。俺、びっくりした。初めてお前たちを見たとき。あいつのあんな顔、初めてだったから」
 それは、以前に俺たちがデート中に偶然葉月と出会った時のことを指しているのだろう。あの日のあいつの笑顔を思い出して、何故だか胸がチクリと痛んだ。そうだ、あいつはいつでもああして笑ってくれてた。
「あいつがお前を選んだのは…お前が羽学生だったからとか、そんなんじゃないだろう…?あいつはお前の事が好きだから、お前を選んだ。お前だって…おんなじじゃないのか?」
 そうだ。なんで忘れてたんだろう。あの時、あの教会に向かおうと決めたときの気持ち。そして今まで経験のないくらいに緊張して伝えた想いに、あいつが応えてくれた時のことを。
 あいつと一緒なら、なんだって頑張れる。何だって乗り越えられる。あいつがただ一言、俺を信じてるって言ってくれた、あの日から。
「葉月、俺…」
 言いかけて、上手く言葉にならなくて。深く息を吐き出すと、何かが吹っ切れたみたいに気持ちが明るくなった。目の前の霧が晴れた、そんな感じ。
 葉月は何か察したのか、ふっとやわらかい笑みを浮かべる。
「はぁ…、やっぱ俺ってバカだよな。一番大事なこと、すぐ見失っちまう」
「でも、ちゃんと思い出した。…違うか?」
 うん、と頷いて、そしていてもたってもいられない気分になる。ソワソワとする俺に、葉月が小さく笑った。
「いいよ、行けよ。あいつに会いに」
 見抜かれたように言われて、何だか照れ臭くなる。
「悪ぃな、葉月。サンキュ!」


 慌ただしく店を出ていく壬の背中を見送りながら、葉月珪はゆっくりとほほ笑んだ。
(俺も…)
 自分の感情を表に出すことが苦手な彼は、壬の素直な性格が少しうらやましい。自分もあんな風に素直に感情を表現できれば、そうすればもっと気持ちを伝えられるのに。
 と、ふと思いついたように携帯電話を取り出す。そして液晶画面を見なくても呼び出せるくらい慣れた番号を呼び出した。数回のコール音の後に聞こえてきたのは、耳に心地いいあの声。
「…ああ。俺。…うん。…なあ、今から会いに行ってもいいか?」
 今なら、と彼は思う。壬の素直さに触れた今なら、自分ももう少し素直に感情を表現できるような気がして。




 ため込んでいた思いは、押さえつけていた分話し始めると止まらなくなってしまったみたいで。気が付くと私一人で延々と喋っていたみたい。その間、姫条くんは時々相槌を打ちながら黙って聞いていてくれていたけれど。
「…そりゃあまあ、しゃーないんちゃうか?」
「え?」
 空になったグラスの中で氷をコロコロと玩びながら姫条くんが言った。
「考えてみ?天童はまだ大学生、あんたは社会人や。働き出して1年目言うても、どう考えてもあんたの方が確実な収入がある。かたや自分は、まだ就職先も決まってない、先がどうなるかも分からん不安定な状態や」
 姫条くんの言っている意味が分からなくて、私は首をかしげた。
「どういう事?」
「せやから、焦ってるねん。あんたの方が常に先を行っとる。何せ自分ははば学主席やろ?かたや天童は羽学のやんちゃ坊主や。引け目を感じてないはずがない」
 そしてニヤリと笑って身を乗り出してきた。
「なあ、そんな男止めて、俺に乗りかえへん?実は俺、高校の時から自分の事ええなー思っててん」
「ちょ、姫条くん?」
「俺の方が将来有望株やし?な、どうや?」
 にこにこと笑う姫条くんに、思わずため息がこぼれた。
「冗談やめてよ。大体姫条くん、可愛い彼女さんがいるじゃん」
「あ、バレてもた?」
 軽く睨むと、彼はごめんごめんと笑いながら座り直す。そして、ふと笑みを浮かべる。それまで浮かべていたからかうような笑みではなく、優しくて柔らかい笑み。
「男っちゅーのはなぁ、しょうもない生き物やねん。女から見たらしょうもないような事を気にしとる」
 でもな、とグラスの氷をコロリと転がして彼は言う。
「そんな1年ちょっとの差なんて、ホンマは大したことない差やねん。だって考えてみ?60や70の爺さん婆さんになったら、1年や2年なんて、ホンマ大したことない差や」
「うん…」
「でもな、あいつはそれを今、気にしとる。そんなずっと先の事が見えんようになってるからや」
 ちょっとの辛抱やで、と姫条くんは笑った。
「あいつが社会に出て、ちょっと落ち着いたら見えてくるはずや。だからほんのちょーっとの間、辛抱して待ったってや。自分がそのずーっと先まで、あいつと一緒におりたいと思うんやったらな」
「…うん」
 優しく諭されるように言われ、何だかそれまで抱えていた不安が姫条くんの言うとおりに思えてきて、素直にうなずくことができた。
「あーあ、なんか俺、あてられてしもた気分や」
「そ、そういう姫条くんはどうなの?その、彼女さんとは」
「俺?俺のとこはそりゃあもう順風満帆……ヤバ、噂したらメールきたわ」
 タイミングよく鳴り出した携帯電話を取り出すと、姫条くんの表情がみるみる間に曇っていく。
「あっちゃー…ごめん、タイムリミットや」
「ん?彼女さん?」
「色々と口うるさぁてなぁ…。自分も焼きもちやきはほどほどにしとかんと、彼氏は大変やで?」
 冗談めかした口調に思わず笑いながら、私たちは店を出ることにした。

「姫条くん、色々ありがとね」
「なんのなんの。これくらいお安い御用や」
 駅に向かいながら話していると、今度は私の携帯電話が鳴り出した。液晶に浮かび上がった名前を見て口元が緩む。
「…何や、天童からか?」
「…うん」
「ほな俺はここで。天童によろしゅうな」
 ひらひらと手を振りながら立ち去る姫条くんの背中に改めてありがとうと声を掛けて通話ボタンを押す。聞こえてきたのは、今日一日ずっと聞きたかった声。



『もしもし?俺。――なあ、今から会いに行ってもいいか?』




 俺はバカだから、きっとまた大切なことを見失って迷走することもあると思う。けど、あいつと一緒に歩いて行こうと決めたから。迷ってもいい、何度壁にぶつかってもいい。いつか必ず、お前に見合う男になる。そんで、ちゃんと肩を並べて歩くんだ。