未来予想図。 | やさしい時間

やさしい時間

ときメモGSの妄想小説です。

ネタバレなSSもアリ。
一部限定公開もアリですのでご注意を……。

 ぽかぽかと暖かい日。僕は日当たりの良い縁側で猫を膝に抱いて庭を眺めていた。小さいながらにも手入れが行き届いているその庭を眺める時間が、僕はとても気に入っている。
 膝の上に抱いた猫の喉の下を指で軽くさすってやると、猫は気持ちよさそうに目を細めてグルグルと喉を鳴らした。この子もだいぶ老いてきたな、と僕は思う。その猫を撫でるぼくの手も、皮膚のハリがなくなり節や血管が浮いて目立つ。この子が老いたと同様、僕も同様に年老いた。
 そういえば、毎日あくせく働いていたような気がするのに、いつの間にこんなに時間が経っていたんだろう。行き過ぎる日々をぼんやりと眺め、天気のいい日は日向ぼっこをして、時々散歩に出かけて。年に数度あるかないか、かつての教え子たちの同窓会に招待されて、過ぎ去った日を懐かしく思い出す。
 不意に家の奥の方から僕を呼ぶ声がする。それは一番僕の耳に心地よく、一番僕の心に響く声。

 お父さん、とその声は僕を呼んだ。お父さん、ご飯の用意が出来たわよ、と。そう言えば、いつの間にか『お父さん』と言う呼び名が定着してしまったなと僕は小さく笑う。最初は『先生』だった。次に『貴文さん』、そして『お父さん』。
 二人で暮らし始めて家族が増えて、今また二人きりに戻ったというのに、『お父さん』の呼び名だけは定着している。…そういう君も、すっかり『お母さん』になってしまったけれど。

 膝の上に猫を抱いたままそんなことを考えて、何故だかおかしくなって小さく笑っていると、家の奥から君が現れた。お父さん、どうしたの?と小首をかしげる癖は若いころのままだ。
 何でもないよと答えて外を眺める。ふわりと傍らに温かみを感じた。ふと見ると君も僕の隣に腰を下ろして、同じように庭を眺めていた。
 いい天気ですね、後でお散歩に行きましょうか、と君が言う。そうだね、と答えながら僕は思う。

 かつての僕は、一人きりで生きていた。そして、早く僕という存在が無くなってしまえばいいのにと思っていた。ひっそりと誰にも気づかれず無くなってしまえばいい。そう、死期を知った猫が姿を消してしまうように、僕も一人でこっそりと消えてしまいたい。そう、ずっと考えていた。
 けれど君と出会って、君に触れて、君とともに生きて。少しずつ、その考えが変わってきたんだ。

 君の方が年若く、僕は君よりずいぶんと年上だ。だからきっと僕の方が先にいなくなるだろう。この年になれば、それはそう遠くない未来の事。君は交友関係も広く、活発なところもあるから一人きりになっても心配はないだろう。むしろ今より生き生きと過ごすかもしれない。
 辛く苦しい思いもたくさんしてきた。けれどそれ以上に良いこともたくさんあった。それはすべて、君に出会えたおかげ。君に出会って、僕は初めて『若王子貴文』という人間になれたような気もする。

 だから、ねぇ。最後の瞬間は君に手を握っていてほしいんだ。そして笑って送ってほしい。君の笑顔が一番好きだから、君の笑顔にいつも救われてきたから。

 すると君は、少し呆れたみたいに笑って。また改まってそんなことを言い出してどうしたの、とか、そんな先の約束は出来ないわ、とか冗談めかして言って。そして、僕の方にふわりとその身を預けてぽつりと言った。
 先生に出会って幸せだったのは私の方ですよ、と―――。





 ふと目を開けると、そこはいつもの僕のアパート。小さな布団の中には、僕と君が身を寄せ合うように眠っていて。僕の目の前には、少女のあどけなさをわずかに残した君の寝顔。ああ、あれは夢だったのかと思い眠ったままの君を抱き寄せる。
「ん…、貴文、さん?」
 寝ぼけた声の君が僕を呼び、猫のように僕の腕の中に身を摺り寄せた。唐突に、どうしてあんな夢を見たのか分かったような気がして。ぎゅっと腕の中の君を抱きしめて、気が付くと、自然とその言葉は口から零れだしていた。



 きっとあの夢は、遠い遠い僕らの未来。



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9月4日は若王子先生のお誕生日!

と言う訳で先生が幸せなお話を…と考えていたら何だか萌えも何もないような事態に…?w
でも愛は込めた…(つもりw)

何はともあれ、若王子先生お誕生日おめでとうございまっす!