しぼんだスポンジとオマエとイチゴ。 | やさしい時間

やさしい時間

ときメモGSの妄想小説です。

ネタバレなSSもアリ。
一部限定公開もアリですのでご注意を……。

「明日、アイツが来るってさ」
 何故かニヤニヤしながらルカがそう言ったのは昨日の夜の事。知らずと眉間に力が入っていたのか、ルカのニヤケ面が一層ひどくなる。
「コウ、自分がいない時に何でって思っただろ?」
「思ってねぇよ」
 そう言いつつ内心面白くねぇと思ったのは確かだ。アイツと俺は同じバイト先で、互いのシフトなんて筒抜けだ。土曜はもともとシフトの日じゃねぇけど、センパイに代わってくれと頼まれたのは月初めの頃。当然、店に貼り出されているシフト表はすでに変更済み。俺がバイトに入っているって分かっててウチに来るっつー事は、俺に用はないって事か?
 そんな考えをルカに読まれたみたいで、それも何となく面白くねぇ。
「そんな怖い顔すんなよ」
「ウルセー、元々だ」
 ムスッとしたまま手近にあった雑誌を取り、パラパラとめくる。
「さて、ここで問題です」
「あ?」
「今日は何月何日でしょう?」
 こういう時のルカのフザけた調子は余計に腹立たしくなってくる。けど、それに乗っかってキレたらコイツの思うツボだからあえて知らないふりを決め込んだ。
「フザけんな、テメェとうとう日付も分からないくらいにイカれたか」
「いいから、ちゃんと答えて?」
「…何日って、今日は5月18日だろ」
「はい、正解。じゃあ明日は?」
「明日は5月の……」
 と、言いかけて思い出す。そうだ、明日は5月19日。それに気づいてか、ルカがにやりと笑う。
「そ、明日はコウの誕生日だろ?コウがバイトに行ってる間に、ウチに来て晩御飯作ってくれるってさ」
「おぉ、そうか…」
 さっきまでの腹立たしい感情が、急に気恥ずかしくなってきて黙り込む。ルカがしばらく何だかんだと冷やかしていたが、だんまりで全てやり過ごしていたら飽きたのか、ルカが一言だけこう言った。
「良かったな、コウ」
 その一言で、それまで抑えていた頬がふと緩んだ。


 天気の良い日曜日のガソリンスタンドはまるで戦場だな。親子連れやらカップルやらの車が頻繁に出入りをして、やれ給油だオイル交換だ洗車だ大忙しだ。慌ただしい一日を終え、ようやくバイト上がりの時間を迎えた。
 ルカには大人しくしてろと言い聞かせて出てきたが、ちゃんとうまい事やってんだろうか。まあ、アイツが一緒なら心配ないだろうが…いや、別の意味での心配はあるが。
 SR400に跨り帰路へ着く。きっと二人で大騒ぎをしているだろうと思っていたWEST BEACHは何故か静まり返っていて、俺は眉をひそめた。
「あ、コウ。お帰り」
「お帰りなさい、コウくん」
 家に入ると、カウンターに座っていたルカが気が付いてそう言った。キッチンには何故かしょんぼりとしたオマエ。
「おう、ただいま」
 テーブルの上には、サラダとスープ、そしてメインに大きめのハンバーグが用意されていた。焼きあがって間もないであろうそれからは旨そうな湯気が立ち上る。
「お?なんだ旨そうじゃねぇか」
「うん…そうなんだけどね…」
 その割にはすっかりしょげかえったオマエの様子に、どうしたのかとキッチンへ入る。
「あ、あのねコウくん、これはその、ちょっと失敗しちゃってねっ、だからその、ルカ君とケーキを買いに行こうかどうしようかって話を…」
 慌てた様子でそう言うオマエの手元にはかなり膨らみの足りていないスポンジらしきもの。しょんぼりしていた理由はこれかと見るとオマエは困ったような泣きそうな顔になる。
「んな顔すんな。ケーキなんざなくても俺は構わやしねぇよ」
「でも!やっぱりお誕生日にはケーキがないと!」
「そうだコウ。せっかくコイツが頑張ってコウのために…」
「へえへえ。…ちょっと見せてみろ」
 それは通常の半分にも高さが満たないずっしりとしたスポンジ。こりゃケーキっつうよりもビスケットが近いか?それを手にしばらく考えていると、不安げな顔をしたオマエがじっとこちらを見ているのに気が付いた。しょうがねぇなと小さくため息をつき、サラサラの髪をぐしゃぐしゃと撫でる。
「せっかくオマエが頑張って作ったんだもんな。これは後でちゃんと食う」
「え、でも…」
「ま、こいつは後だ。とりあえず飯だメシ。腹減った」
 ぼさぼさになった頭を押さえながら、オマエとルカが不思議そうに顔を見合わせた。

 オマエが用意してくれたメシはどれも旨くて、やっぱり誰かに……オマエに作ってもらうっつーのは悪くねぇなと思う。いつもは文句を言って野菜には手を付けないルカも、今日ばかりは大人しくサラダを口に運んでいる。
 さっきまでしょげていたオマエは、飯を食いだした途端にいつもの調子を取り戻すからやっぱり単純で。でも、腹が膨れりゃ機嫌が直るのは俺もルカも人のことは言えねぇからオマエばかりを笑う訳にもいかなくて。
 普段は二人でモソモソと食う飯も、オマエがいるだけでこんなに華やかになるものかと少し驚いた。

「…で、どうするの?」
 すっかり晩飯を平らげた俺たちは、問題の膨らんでないスポンジを前にしていた。冷蔵庫を開けると、オマエがケーキの材料用に買ってきたと思われる生クリームとイチゴがあった。とりあえずボールに生クリームと砂糖を入れて泡だて器とともにルカに渡す。
「え、俺?」
「とりあえず泡立てとけ」
 ブツブツ言いながらかき混ぜ始めたルカはそのまま置いといて、次はイチゴだ。
「お?こりゃずいぶんと張り込んだな。高かっただろ?」
「うん、だってせっかくのお誕生日だもん」
 大粒で赤く熟れたイチゴが詰まったパックをオマエに渡し、洗ってへたを取るように告げる。あとは…まあ、何とかなるだろ。小鍋に水と砂糖を入れて煮溶かし、少しとろみが出るまで煮詰める。ほとんど膨らんでないとはいえ中央がわずかに膨らんでいるスポンジの表面を包丁で削り、平にしたら小鍋の中のシロップを薄くまんべんなく塗りつけ、オマエが準備したイチゴを並べた。
「コウ、こんなもんでいい?」
「お、上出来だ」
 表面一面にイチゴを並べられたケーキを切り分け、それに生クリームを好みで添える。ちょっとしたタルト風のものの出来上がりだ。
「…コウくん、スゴイ!」
 たっぷりとクリームを添えたソレを一口頬張ったオマエが目を輝かせた。甘いものは大して好きじゃねぇけど、オマエの作ったスポンジ(と言うには不格好な代物だったが)は甘さ控えめで俺でも食うことができた。
 そうして3人でバカみたいに騒いで、時間はあっという間に過ぎていた。キッチンの片づけをしている間にルカは部屋に戻ったらしく、静かになったWEST BEACHにオマエと二人。何だか少し気まずい。
「オウ、オマエそろそろ時間だろ。送ってく」
「あ、うん…」
 ソファから立ち上がったオマエは、そのまま何故か俺の顔をじっと見つめる。
「なんだ、どうしたよ?」
「ううん、やっぱりコウくんはすごいなあと思って」
「あ?何がだよ?」
「来年はちゃんとバッチリ美味しいケーキ焼いてお祝いするからね!」
 高らかにそう宣言したオマエに、思わず笑いが込み上げてきて。何で笑うのと怒るオマエを宥めながらSRに跨った。

 来年。来年も、オマエがいりゃそれだけでいいんだよ。そんなことは照れくさくて口にはできねぇけどな。