カーネーション。 | やさしい時間

やさしい時間

ときメモGSの妄想小説です。

ネタバレなSSもアリ。
一部限定公開もアリですのでご注意を……。

 5月に入ったあたりから街のあちこちに赤い花のモチーフが目につくようになった。ああ、今年もこの季節がやってきたかと少し憂鬱になる。そういえば店にもちらほらと予約が入り始めていたっけ。
 第2週の日曜日、街のあちこちでは赤いカーネーションを手にした母子連れが目につく。『母の日にはカーネーションを』のあおり文句はいったいいつから使われるようになったんだろう。日曜日はシフトの日じゃないけど、急きょ増員で駆り出された俺は小さくため息をつく。
 そういえば、昨日の夜に今日のバイトのことを伝えたらコウは何か物言いたげな顔をしたまま押し黙っていたっけ。コウが言おうとしてたことなんて分かりきってたけど、あえて知らないふりをしてた。
 ――たまには実家に顔を出せって、言いたかったんだろうな。
 家を出て以来、バイトに追われているせいもあってあまり実家には帰っていない。帰ろうと思えばすぐに帰れる距離だけど、その半端な距離がかえって帰りにくかったりするんだよな。それが分かっているのかどうか、コウもことあるごとに実家に顔を出せと言ってくる。
 別に、家が嫌いな訳じゃない。父さんや母さんに不満がある訳でもないし、すごくいい人たちだと思う。けど、だから……苦しくなるんだ。

 バイトがあるおかげで実家に帰ることを免れた訳だけど、店に来るのは楽しそうな母子連れかサプライズで花束を用意している子供たちがメイン。別に悪いことをしたわけでもないけど、後ろ暗いところがある俺にとってはやっぱりちょっとキツイ状況?板についてきていたはずの営業スマイルが今日ばかりは自信がないや。
 客足が少しゆっくりになった頃に、店長から昼休憩に入るように言われた。バックヤードに入ってエプロンを外す。そういや腹減った…。コンビニで何か食べるものを買ってこようと店を出たところで、見知った顔と鉢合わせた。
「あれ、ルカ君?」
「あれ…、オマエは買い物?」
 天気のいい休日、オマエは一人でショッピングでもしていたのか手に紙袋を下げている。
「うん。ルカ君、今日バイト?シフト入ってたっけ?」
「店長に頼まれちゃってさ。ほら、生活苦だし?」
「あー、そっか!今日は母の日だもんね。稼ぎ時だ」
 と、ふいにオマエが俺の顔を覗き込む。急に近くなった顔にビックリして思わず身をそらすと、オマエは不思議そうに小首をかしげた。
「な、何?」
「んー、ルカ君、何だか元気ない?疲れてる?お店大変なら、私もお手伝いに行った方がいい?」
 ふわり、と甘い香りが鼻をかすめた。参ったな、顔には出してないつもりだったのに。オマエは変なところで聡いから、他の誰も気づかないようなことに気が付いたりする。
「そう?多分お腹が空いてるせいだ」
「そっか。今から休憩なの?」
「うん」
 すると、オマエは右手の人差し指を自分の唇に当てて少し首をかしげる。何かを考えてる時のオマエの癖だ。
「私もお腹すいちゃった。ねえルカ君、ウィニングバーバー行かない?」
「いいよ?」
「やった」
 ニコリと笑ってオマエがくるりと向きを変える。きっと、家に帰ろうとしていたところだったんだろう。オマエの家とウィニングバーガーの向きは逆方向だ。いつもと様子の違う俺が気になってなのか、はたまたたまたま街で出会ったからなのか。もう少し一緒にいたいと思ってくれての申し出なんだろう、オマエの好意が素直に嬉しかった。
「ルカ君?早くいかないとバイトの休憩時間過ぎちゃうよ?」
「だな。俺、何食おうかな~」
「私、新作のアレ食べたい」
「…マジ?」
 オマエと他愛ない話をしながら歩く街。相変わらず楽しそうな母子連れは多いけど、それほど気にならなくなっていた。…うん、そうだな。バイトが終わったら、花を1本買おう。そんで、ちょっとだけ実家に顔を出してもいいかな、そう素直に思えるくらいに。