今日から始まるAnniversary。 | やさしい時間

やさしい時間

ときメモGSの妄想小説です。

ネタバレなSSもアリ。
一部限定公開もアリですのでご注意を……。

 目覚ましの電子音が朝を告げる。ベッドの中から手を伸ばし、それを止めてもう一眠り…と寝返りを打ちかけて止めた。そうだ、今日は――。
 のそりと起き上がりあくびを一つ。結局、大してよく眠れなかったような、そうでもないような。柄にもなく緊張してんのか。ぼりぼりと頭をかきながら顔を洗うために洗面所へ向かう。

 数日前から先に俺一人で暮らし始めた部屋は、やっぱり一人で暮らすには少し広すぎる。まあ、その一人暮らしも今日までだ。
 コーヒーとトーストという簡単な朝食を取りながら、リビングから見える空をぼんやりと眺める。いつもはテレビをつけるところだけど、今日はそんな気分にもなれなくて。
 空は抜けるように青く、絶好の洗濯日和といったところか。けど、今日は帰ってくるのが遅いから洗濯をするわけにもいかねぇな。


 食器を片づけて洗い、身支度を整える。忘れもんはないかどうか確認していると、インターホンの音が鳴る。
『よっ!用意できたか?お迎えにあがりましたよ』
 かつての学友のいつもの名調子に苦笑が浮かぶ。
「ちょっと待ってろ。すぐ出るから」
 用意していたカバンをつかみ、部屋を出る。玄関の前にはビシッとスーツ姿で決めた悪友・櫻井の姿。俺の顔を見るとニヤリと笑って片手を上げる。
「悪いな、わざわざ」
「いや、せっかくの晴れ舞台だもんな。んじゃ、行きますか」
 乗り込んだ先は櫻井の車。お調子者のコイツのことだから車中で散々からかわれるかと思いきや、予想外に普段となんら変わらない感じで。仕事がどーの、上司がどーの、取引先の女の子がどーの、といった他愛ない普段と変わらないものばかり。ああ、そういえばこいつはそういうヤツだ。人が本気で突っ込んでほしくない時には変にからかったりしないし、無駄に緊張している時はそれをほぐそうとさりげなく気遣ってくれる。
 思えば、コイツのこういうところに今まで何度も助けられてきた。だからこそ、学生時代から今日まで付き合いも続いているんだろうな。
「そうそう、今のうちに渡しとくわ」
 ぼんやりと外を見ていたら、信号待ちで停車した間に、運転席側から見慣れた袋を差し出された。
「どうせ、今日は散々飲まされるだろ、お前。先に飲んどけ」
 と、渡されたのは『呑む前に飲め』が売り文句のウコンエキス配合のサプリメント。こういうところも抜かりがないよなと苦笑が浮かぶ。
「おう、サンキュ」
「ちなみに姫君への差し入れはこっちな。新婦は大抵緊張して朝メシ食ってこない上に、式の間は食う暇もないって聞くからな」
「…おう」
 ホント、抜け目がない。
「そういや、今日は彼女は実家から?真咲君としては自分で迎えに行きたかったんじゃないの?」
「あー…、いや、今日くらいは、な」
 そういえば、あいつは昨晩をどんな思いで過ごしていたんだろう。電話で少し今日の打ち合わせをした程度で、昨日は結局顔を見ていない。よく眠れただろうか、緊張してあまり眠れなかったとか言わないだろうか。

 櫻井の運転する車は、ゆっくりと今日の舞台へと到着した。駐車場に車を止め荷物を下ろしていると、ホテルの従業員が気が付いて迎えに出てきた。
「真咲様ですね?本日はおめでとうございます」
「あ、ども。今日はお世話になります」
「お荷物、お預かりしてもよろしいでしょうか?お部屋までご案内いたします」
 ポーターに案内をされて、控室へ。少しずつ湧き上がってくる実感と、緊張にため息をつく。それまで黙ってついてきていた櫻井が部屋の中をぐるりと見回し、そしてなぜか両手を腰に当ててにやりと笑った。
「んじゃ、俺は最終打ち合わせに行ってくるから」
「お、おう…」
「次に会うのは式場、だな」
 ひらひらと手を振りながら部屋を出ようとする悪友の背中に、その名を呼びかけた。
「ん?」
「今日の司会、よろしくお願いします」
「うむ、任された。まあ大船に乗ったつもりでまかせろって」
 にやりと笑って出ていく友の姿に、ありがたいような気持ちと何か企んでいるのではないだろうかという勘繰りの混ざった何とも言えない気分に苦笑した。



 それから、着付けや打ち合わせやと称してホテル側の担当者が入れ代わり立ち代わりやってきて。一息ついたころに、親戚や招待していた友人がやってきて。感慨にふける間もないのは、ありがたい事なのか。
 それらの来客の類も、式の受付が始まる時間になると潮が引いたみたいにいなくなって。こういう時、男側は身支度に時間がかからないから時間を持て余すんだなと思い始めていたころに、再びホテル側の担当者が現れた。
「新婦様のご用意ができたようですよ。会いに行かれますか?」
「あ、は、はい!」
 その一言に妙に緊張して慌てて立ち上がったら勢いで椅子を倒してしまい、担当者が小さく笑った。気まずく思いながらも案内されてたどり着いた一つの部屋。担当者がノックして、扉を開く。
 何か小声で中に告げて、そして中に入るように促された。
「――では、お時間になったら呼びにまいりますので」
 担当者は短くそう告げて、俺たち二人を残して部屋の扉を閉めた。残された俺は、急に緊張が高まってきてつばを飲み込む。
「あー、えっと…」
 どう声をかけていいのかわからないまま部屋の中に足を踏み入れる。椅子に腰かけていたお前がゆっくりと、顔を上げた。いつもと変わらない、黒目がちな大きな瞳。少し不安げな表情はやっぱり緊張しているせいだろうか。
 でも、いつもに増して輝いて見えるのは、やはり今日が特別な日、だから…?
「……」
「……」
 言葉を失うってのは、まさにこういうことを言うのかな。白いドレスに身を包んだお前は、息を飲むくらいに綺麗で。それなのにどこかはかなくて、現実味が湧いてこない。
「元春…?」
 戸惑ったような声に、我に返る。見るとお前は不安そう、を通り越して泣きそうな顔で。どうして今日みたいな日にそんな顔をするのか、訳が分からなくて俺も泣きたくなる。
「やっぱり、変…?似合ってない?ああ、やっぱりあっちのドレスにすればよかったかなぁ」
「へ?」
「だって、元春ったら何も言ってくれないじゃない。このドレス、やっぱり私には大人っぽくて似合ってないんじゃ…」
「いやいやいや、逆だろ!綺麗すぎて言葉が出ないっつーか…」
 戸惑ったお前が小首をかしげる。戸惑ったときのその癖が、こんな時には破壊力抜群だって分かってやってんのか?頼むから、ほかの男の前では…なんてことを考えて、今日でそんな心配とはおさらばだったんだと思い出す。
 気を落ち着けるために何度か呼吸をして、そして、ゆっくりとお前と向き合う。
「初めて会ったときは、お前はまだ高校生だったよな?」
「…うん」
「あの頃は、こんな日が来るなんて思ってもなかった。……いや、」
 そっと、その柔らかな頬に触れる。まっすぐに俺を見つめる眼は、あの頃から変わらない。
「多分、あの時から、こんな日が来ればいいなと思ってたんだろうな、俺は」
「元春…」
「綺麗だ。そのドレスも、よく似合ってる」
 そう言うと、お前は少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「ずっと一緒に、二人で幸せになろうな」
「…はい」


 姫の心を慰めるために花を植えていた庭師は、姫にとっての王子に昇格できたのかどうかは分からないけれど。
 お前を幸せにしてやりたいと思う気持ちは、きっと誰より一番強いから。
 だから、今日から二人で一緒に歩いて行こう。この先も、ずっとずっと、二人で。
 

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うっかり誕生日SSを忘れてしまった真咲先輩に幸せSSを書いてあげたくて考えた一品。
しかしいつ書いても久々になってしまうので、もう少しマメにやらないといけませんな!と、反省中の主でございます(-_-;)