その星の導く方へ。 | やさしい時間

やさしい時間

ときメモGSの妄想小説です。

ネタバレなSSもアリ。
一部限定公開もアリですのでご注意を……。

 校門前で見かけたオマエは数人の友人と笑っていた。声を掛けようかと思ったけれど、その笑顔があまりに楽しそうだったから、邪魔をするのもためらわれて。ほんの一瞬の躊躇、その間にオマエがこちらを見てあっ、と言う風な表情になる。オレが望めば、オマエはきっとそうしてくれただろう。だけど友達と楽しそうに笑うオマエの表情がすごく輝いていたから、それを奪ってしまうのも悪いかと妙な遠慮心が出て。オレは何でも無い風を装って、ただ一瞬目があっただけみたいに笑って軽く手を上げて。そして、オマエに背を向けた。

 正直言えば今日くらいは一緒に帰りたかったな、なんて。格好つけて歩きだして、すぐに後悔。でも、オマエが楽しいならそれでいいかなんて負け惜しみにも似た言い訳を考えてみたり。ああ。何かオレ、カッコ悪い。そんな事を考えてる時だった。
「オイオイ、桜井琉夏くんじゃないですか」
 聞きなれた、けど聞きたくなかった声に思わず眉をひそめる。そしてそのまま無視して通ろうと歩調を速め掛けて、オレは足を止めざるを得ない状況になる。
「……今日はまた、随分と人数集めたんだな」
 ご苦労な事だと内心げんなりしながら呟く。オレの辟易した顔を見て、奴らは嬉しそうに笑った。
「今日はお前の誕生日なんだってなぁ、琉夏。だから俺達で祝ってやろうかと思ってよぉ」
「そうそう、せっかくの誕生日にしょぼくれて1人で帰ってるお前をな」
 その一言がカンに触った。…奴らもそれはあえて触るように言った台詞だろうけど。いつもより人数を集めてきた奴ら、一対多数は一般的に見て一であるオレが不利な状況。でも、そんな事は関係ない。何より、奴らもオレとやり合うのを前提に人数集めてきてるんだろ?なら、それに応えてあげなくちゃ。
「へぇ……。じゃあ、お前らがオレを祝ってくれるって訳?」
 意識して低く呟いた声は自分でもわかるくらい好戦的。多勢である事から生まれた余裕か、奴らもニヤニヤと笑ってそれに応じた。
「ド派手なパーティーと洒落こもうや、琉夏!」


 オレ、やっぱりどっかイカレてる。心の奥から真っ黒い何かが溢れて、満たされていく。それに浸かってしまったら、きっと良くないって分かってるのに、それが時々すごく心地いい。
「ほら、どうしたんだよ…。遊んでくれんじゃなかったのかよ」
 最初は多勢に無勢で息まいてた連中がオレを囲んで尻込みしてる。オレの足元にはオレに殴られて蹴られて、動けなくなった奴らが数人うずくまっていて。オレを取り囲んでいる奴らが、どう手出しをしようか間合いを測ってる。
 腹の底から、ドンドンと黒い何かが溢れて満たされていく。心地いい、そう思ってしまうオレはどうかしてる。オレを見る奴らの眼が、恐怖を帯びる。ゆらり、一歩前へ進み出ると、奴らは気圧されたように一歩下がる。さっきまでの威勢はどこへ行ったと舌打ちしたくなる。
「おいおい、もう終わりかよ?」
 挑発するように笑うと、奴らはじりっと間合いを詰めてきた。それでいい。お前らから吹っ掛けてきておいて、こんだけで終わりなんてつまんないだろ?

 いつからこんな事をしてるのか。いつまでこんな事を繰り返すのか。
 やられたらやり返す。そんな事を延々と繰り返していてもしょうがないのに。
 それは分かってる。いつまでもこんなバカみたいな事許される訳無い。

 でも、こうしている間だけは何もかも忘れられる。
 辛い事も、悲しい事も。何もかも。

 幼い日に失った日常は、もう二度と元に戻る事はない。
 それは分かってる。だけど…。
 今もどこかで、あの日に戻れたらと思う自分が居る。
 そして、そう思う事で傷つく人がいる。
 それも分かってる。

 今の『家族』に不満がある訳じゃない。
 両親も、コウも、こんなオレにいつでも優しい。
 優しくて暖かくて、……それが、ツライ。

 だからオレはこんなバカげたことを繰り返す。
 だって、バカなことでもしてないと、苦しくて悲しくて。
 どうしようもなくなってしまうから。


 不意に、誰かが何かを叫んだような気がした。奴らが焦ったように動き出す。痛みで身動きできなくなってた仲間を抱えて方々へ走り出す。待てよ、パーティーはこれからだろ?お前らから仕掛けてきておいて、こんな中途半端に放り出すなよ。
 そんな事を思って奴らを追おうとしたその時。片手を逆方向に引っ張られて驚いた。
「こっち!早く!」
 オレの手を握る柔らかな小さい手の感触。状況がつかめずにその手が導く方向へ走る。前を見ると、見覚えのある栗色の髪が揺れていた。
「早く逃げないと、捕まっちゃう…!」
 捕まる。誰に?――あの真っ黒い、得体のしれない何かに?
 真っ黒な何かに満たされたオレの頭はひどく鈍ってしまっていたらしい。ぼんやりと導かれるまましばらく走って、ようやく眼の前の栗色の髪の持ち主の名を思い出す。
「オマエ、何でここに…」
 ピントのずれた問いかけに、オマエはようやく歩をゆるめて溜息を吐いた。
「校門でルカくん見かけたから、一緒に帰ろうと思って追いかけたの。そしたら…」
 と、そこで言葉を切って、いきなり怒りだした。
「もう!何でケンカなんてしてるの!?もうちょっと逃げるのが遅れてたら、警察の人に捕まっちゃってたんだよ?それに…」
 延々と続くオマエの小言を聞いてるうちに、段々と意識がクリアになる。繋がれた手は解かれる事は無く、オマエは真っ直ぐ前を見て歩きながらオレの事を怒ってる。いつもの、見慣れた街並み。日はいつの間にか傾いていて、空は赤くなっていた。
「ちょっとルカくん、ちゃんと聞いてるの?」
「…うん、聞いてるよ」
 ぷんすかと怒るオマエの声を聞いていたら、段々と気持ちが落ち着いてきた。さっきまで胸の中を占めていた、あの淀んだ真っ黒なものは嘘みたいに消えていて。代わりに、隣を歩くオマエの手の感触が妙にリアル。
 これだけ怒っているのに、繋いだ手を振りほどこうともしないオマエ。何だか妙におかしくなってきて小さく笑うと、オマエがキッと眼を向いた。
「もう、何が可笑しいの?人がこんなに怒ってるのに!」
「ごめん、だって……オマエ、何だか母さんみたい」
「な…!」
 だって、こんなに怒ってるのに繋いでいる手は優しい。どれだけ怒っても、オマエはきっと許してる。繋がった手の温もりがそう言ってる。
「人が心配して怒ってるのに…!」
 と、噛みつくように振り返ったオマエが突然ビックリしたみたいに眼を向いた。そして立ち止まって、心配そうにオレの顔を覗き込む。
「…ん、どした?」
「ルカくん、どうしたの…?」
「え?」
 そう言われ、ようやく気が付いた。オレの頬が、何故だか濡れている。自分でもびっくりして慌てて頬を拭うと、それは少ししょっぱい透明な液体。
「あれ、オレ…どして…」
 泣いてるんだろう。そう自覚した途端、止まらなくなった。ドンドンと眼の奥が熱くなって、暖かい液体が流れ落ちる。何でオレ、泣いているんだろう。
「ルカくん…?」
「ごめん、ちょっと…」
 何か適当に誤魔化す何かを、と考えているとオマエの手がふわりと伸びてきてオレの頭をそっと撫でた。その手の感触が心地よく、導かれるようにオレはオマエの肩にそっと頭を預けた。
「悪い、ちょっとだけ…肩、貸して?」
「ん…」
 努めておどけた声を出そうとしたけど、それは上手く行ったのだろうか。オレより細くて低い、小さな肩は何も言わずにオレの頭を撫で続けてくれていた。


 どうしてだろう。
 オマエの傍にいると、何もかもが許せるような気がするんだ。

 ぶつける先も分からずに、ただひたすらに憤っていた。
 何に苛立っているのかも分からなくて、周りの物を傷つけた。

 けど、ただオマエが傍にいてくれたら、それでいいと思える。
 頑なに強張っていた感情が、ゆっくりと弛んで溶けていく。


 どれくらいそうしていただろう。ようやく落ち着いてきて、顔を上げる。オマエは少し不安そうにオレを見上げて。その視線が少し気恥ずかしい。
「ごめん、もう平気」
「そう…?」
「うん。……オレ、カッコ悪。コウにはナイショにしといて?」
 おどけていうと、オマエはようやくぎこちなく微笑んだ。
「帰ろうか」
 そう言って再び手を繋いで歩きだす。オマエはもう、小言は言わずにただ優しく頷いた。


 いつか。全てを許せる日が来たならば。あの涙の理由も、分かるんだろうか。
 問いかけるように見上げた空には、気の早い一番星が黙って輝いていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


7月1日は桜井琉夏くんのお誕生日。

ギリギリになって慌てないように、とネタは早くから考えていたのに…。
結局当日になって慌てて書いたというwww

宿題は追い詰められないと出来ない子な主です。

せっかくのお誕生日なのにこんなネタで申し訳ない。
しかし愛は込めた!!




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